ブラジル人マシャード・デ・アシスは“幸運にも精神病院が存在しているおかげで、我々は気が狂った人とそうでない人を 識別することができる”と言った。以前にこのフレーズを引用したことがあったとしても大目に見て欲しい。年月の経過は繰返しと忘却を伴うものなのだ。その 綴りが私の脳裏から徐々に消えていくアセイメール [1]氏とかいう症候群よりも記憶を消していく。私は20年ほど前から、マシャード・デ・アシスのこのフレーズに疑いを感じるようになった。子供の頃にこのフレーズを学んでいればよかったのかもしれないが。

それについては、私の村をぶらぶらしていた穏やかな二人の気狂いの行いが証明していると確信していた。1人はプマリーニョといって、人差し指をお尻に入れて匂いをかぐと「気狂い、気狂い! 僕たちは腐ってる!!」と推論した。みなさん、これには非常に考えさせられる推論ではありませんか。

もう1人の 精神に障害がある人、もしくは心の病人(幼少時代に私たちは政治的に正しいこのような言葉を使ってはいなかったから、その頃に憶えた言葉を使い続けようと思う)はモデストという名前で、ビジャルバ唯一の郵便配達人だった。

子供だった私たちは、残酷なことが大好きで、彼に同じいたずらをいつも繰り返していた。彼が来るのを見ると、ハエを一握り捕まえてワインのコップの中に入れる。その飲み物を差し出すと、彼は「しゃがんで、トンネルを通り抜けるんだ」と ディプテラル [2]に向かって命じるのだった(ディプ テラルという言葉の意味は辞書で調べた)。

最近、この数ヶ月、私は狂人の側に立つことになった。私は今までいつもそこにいたのだが、そのことに気が付いていなかったのだ。10年程前に、雑誌カンビオ16の取材で、父親の生き方についてどう思うか質問された私の息子マヌは、私にこんな賛辞を捧げてくれた。“うちの親父?どう思うも何も、俺よりイカレてるんだぜ!!”。

バルセロナでラ・コリファタの連中を知った今では、私はこの賛辞を戸惑うことなく受け止めることができる。ラ・コリファタという アルバムは、ランブラス通り付近での演奏を禁じられたラテンアメリカ出身ストリートミュージシャンが集結して、マヌと共演して製作したものだ。

このアルバムを是非、みなさんにお勧めしたい。商業的な経路では流通していないので、購入するためにはバルセロナかブエノスアイレスまで行かなければならない。利益は市の決定 [3]によるミュージシャンの損害を埋め合わせるため使われる。

すべてはブエノスアイレスから始まった。すでにご存知だと思うが、アルゼンチンはこの地球上で1平方メートルあたり精神分析医の数が最も多い国で、 首都にはジグムント・フロイト区として知られる地区があるほどだ。そこにはエル・ボルダと呼ばれる精神病患者保護施設(精神病院)がある。

あるとき、そこ で世話役として働く1人のアルフレド・オリビエラに、治療を目的としたラジオを創設しようというアイデアがひらめく。狂人が語り、自分たちでニュースを書いては読み上げ、歌う。彼らが行う討論会は、ここ [4]で度々耳にする 言い合いよりずっと混乱が少ない。アルゼンチン人は自分たちが狂人の国に住んでいると考えているから、何百万人もが毎週ラジオ・コリファタを楽しんで聞いている。

ラ・コリファタのイニャキ・ガビルドンドはガルセスだ。ひょろひょろと背が高く、歯が抜けていていつも大きすぎるてぶかぶかのコートを着ている。彼 曰く“私は狂っているというのは、出任せばかり言うとか、分裂病だとか、偏執狂だとかいう意味であって、馬鹿だということではない”。“狂気の状態では、 分別がある状態ではありえないが、合理的な判断をすることは可能だ。治りたいと思っている狂人もいれば、このままでいたいと思っている狂人もいるのだ。” とオリベイラは説明する。私はこの後者のケースにあたる。

キホーテの忠実な読者として、私は教訓を一つ学んだ。アロンソ・キハノはセルバンテスのこの小説を「狂気に生きて、正気で死んだ」と終わらせている が、私の見解はこの片腕の名士とは違う。 [5]ドン・キ ホーテは正気に戻ったから死んでしまったのだと思っている。

いざというときのために、私はラジオ・コリファタのパリ特派員となることに決めた。そして、マシャード・デ・アシスが正しかったことを証明するのだ。“閉じ込められている狂人もいれば、私たちのように自由に街を歩いている狂人もいる”

P.-S.

文中で著者ラモンが自ら断りを入れているように、この記事には政治的に正しくない言葉がたくさん使われていますが、著者の意向ということでそのまま訳出しました。

2004.04.29-”Soy un colifato”(ラジオチャンゴJPより転載)

Notas

[1] アルツハイマーのこと

[2] ギリシアの建築様式のひとつで、二重の円を描くように並んだ柱のこと

[3] バルセロナ市が通りでの演奏を禁止するという法令を可決したこと

[4] 常人が住む世界

[5] アロンソ・キハノはセルバンテスの本名。彼はレパントの海戦での負傷して片腕を失いました

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