“何年も後に、 銃殺班を前にしたアウレリアノ・ブエンディア大佐は、彼の父親が氷の発見に連れていってくれた、遠い昔の夕刻のことを思い出すことになるだろう。”
———————– “父が初めて私を忘れられた本の墓地に連れて行ってくれたあの明け方のことを、私はまだ覚えている。”

«百年の孤独»と最近フランスで外国書籍最優秀賞を獲得した«風の影»の最初のフレーズを比較するのは、その類似を非難しているからではない。それ どころか、その反対だ。ガルシア・サフォンの本は、彼の中に足跡を残してきた小説についての記憶から出来ているのだから。

この本の中で私たちは、ガルシ ア・マルケスやボルヘスなど、とりわけ、幻想小説、バロック小説、レアル・マラビリョーサ(驚異的現実)といった小説の断片の上を歩くことになる。

慎み深い古書商の男性が、息子ダニエルを選ばれて会員となった者しか入れない場所に連れて行く。“今日君がこれから目にすることは誰にも話してはな らないよ。友達のトマスにも。誰にもだ。”と父親はあらかじめ忠告する。この10歳の男の子は、世代から世代へと伝えられてきた儀式を経験しようとしてい るのだ。

“慣わしで、最初にこの場所を訪れた者は、本を一冊選ばなければならない。好きな本を選んで自分のものにして、その本がこの世界から消えてなく なったりしないように、永遠に生き続けるように守ることを誓うんだ。これはとても大切な約束だ。一生続く。今日は、君の番だ。”この会の会員は、全ての ページが蘇った本の図書館に戻って生き続けるように、忘れ去られた本を修復するのだった。

到着するやいなや適当に選んだ一冊は、ダニエルを秘密と冒険の迷宮へと導くことになる。フリアン・カラクスとかいう作者の«風の影»は、途方もない 状況の下で残酷な運命に翻弄される登場人物によって紡ぎ出される豊穣な物語だ。18世紀小説のように語り手は鏡の役割を果たす。登場人物の一人一人が彼に 自分の物語を語り、彼はパズルを解くようにしてバラバラになった物語を完成させる役割を担うのだ。私たちは一気にサフォンの語りと、ひたひたと忍び寄って くる陰謀の中に入り込んでいく。

フリアン・カラクスとは誰なのか? フリアンの捜索に乗り出したダニエルは、破壊するために小説を探して街を歩き回る見知らぬ謎の人物の捜索にも身 を投じることになる。二つの心を揺さぶる愛の物語と官能的で底知れない何かを抱えた女性たちが描かれるこの年代記は、共和国派の敗北で傷ついたバルセロナ から始まる。全ての大都市がそうであるように、バルセロナは一つのフィクションの世界を構築する。

サフォンは恐怖が日常生活を支配し、警察が一切の咎めもなく恐ろしい蛮行に従事していたフランコ時代の物語を、ガラスのように繊細描写で展開してい く。カルロス・ルイス・サフォンは、人生と文学を解きほぐすことが不可能なまでに混ぜ合わしてしまったのだ。

私たちは、レイ・ブラッドベリの«華氏451度»に出てくる、権力機関が燃やす前に本を暗記しようと森の中に身を隠す人物“本(あるいは自由な [1])人間”を思い出すだろ う。もしくは、全てのアルファベットのありとあらゆる組み合わせからなる、完全な図書館という原理にスポットを当てたボルヘスの«バベルの図書館»。そし て、司祭と理髪師の間で行われるドンキホーテの本の精査。

ルイス・サフォンは、忘れ去られた本を中心にして、陰謀、失踪、殺人、アウト・デ・フェ [2] を混ぜ合わせる。その小説にちりばめられた忘れ去られた本は、読者が救い出してくれるのを待っているのだ。その読者はあなたかもしれない。

2004.11.22-”La sombra del viento”(ラジオチャンゴJPより転載)

Notas

[1] スペイン語で本はLibro、自由はLibreという類似を使った言葉遊び。

[2] 異端審問による有罪判決。火刑の意味もある。

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