こうして、冊子の内容を使って本を作ろうという話が浮かび上がってきたのですが、その頃はまだ、どういう形態で本を作るか(私家版にするか書籍として一般書店に置けるものにするのか)未定の状態でした。ただ、いずれにしても私が個人的に作成した冊子版よりも、幅広い形式で流通させることは決定していたので、著者のラモンにコンタクトを取った方がいいんだろうとは考え始めていました。とは言っても、さて、どうやってラモンのコンタクトを入手したものか…。

そんなときに、予想外の方面から追い風が吹いてきたのです。

ラジオチャンゴは、元々ラモンの息子でミュージシャンのマヌ・チャオのファンが立ち上げたもので、マヌと非常に関わりの深いサイトです。その日本語版ラジオチャンゴJPはnahokoさんが、バルセロナ旅行の際に知り合ったラジオチャンゴ主催者の許可を取って始めたものでした。そこに私は参加したわけなのですが、本拠地バルセロナにいたものの新しい生活に慣れるのに精一杯で、本家とコンタクトを取ることまでは手が回らない状態でした。

話がちょっと飛びますが、私はバルセロナ生まれのジプシー音楽ルンバ・カタラーナという音楽が大好きで(興味のある方はこちらを参照ください)、関連イベントには欠かさず参加しています。年の瀬も迫った頃開催されたとあるワークショップで、たまたま隣になって言葉を交わした人が、なんとラジオチャンゴの主催者の一人エル・マゴと同じ職場で働いていたのです。なんたる偶然! そんなわけで、年が明けるのを待ってエル・マゴを紹介してもらうことになりました(この辺りの詳しい顛末が知りたい方はこちら)。

その後日本語版の公式認定などの件でやりとりするうちに、彼ならラモンのコンタクトを持ってるかもしれないと思いつき、早速聞いてみると「もちろん知ってるよ」とあっさりラモンのアドレスを教えてくれたのです。

ところが、いざメールを書こうとすると、とたんに行き詰ってしまいました。というのも、相手にとっては母語、自分にとっては外国語というはなっから不利な状況で、言語を生業とする作家、それも敬愛する作家にメールを書くというのは、今までに感じたことがないほどの大きなプレッシャーだったんです。

それに翻訳を出版する許可をお願いするといっても、出版時期や部数はおろか、どんな形態で出版するかも決まっていない状態…。さらには、どこの馬の骨とも分からない外国人から突然送られてきたメールを、果たしてまともに相手にしてくれるものだろうかという至極当然な不安もありましたし。

とは言っても、ここで私が一歩踏み出さなければ何も始まらないので、誠意と心意気で勝負しようと覚悟を決めました。これまでの経緯と出版計画に対する思い入れを、せつせつと語る手紙を作成。推敲に推敲を重ねて何とか納得がいく内容のメールが完成した頃には、すでに春が近くまでやって来ていました。

Radiochango ラジオチャンゴは、音楽とオルター情報を扱ったバルセロナ発のサイトです。そこに名を連ねるアーティストの楽曲が発するメッセージや、日本での報道とは全く異なる内容を伝える社会的な記事は、ラモンの著作と同様に、世界を別の角度から見ることを可能にしてくれます。その記事を日本語に翻訳しようという試みがラジオチャンゴJPというわけです。

このサイトと出会ってから、考え方やものの見方が大きく変わりました。自由というのは、民主主義と呼ばれる社会に住んでいることで保障されるような漠然としたものではなく、失敗を恐れずにやりたいことを実行できるというような身近で具体的なことだと気がついたのも、ラジオチャンゴのおかげです。

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