La Jiribilla(以下LJ)-今回君がキューバで参加した二つのコンサートはチェへのオマージュだった。今までに何回かチェについては生まれたときから、世界的な左派のリーダーだという以上のことを知っているとコメントしているよね。マヌ・チャオという個人にとって、チェって何?

マヌ・チャオ(以下MC)-マノ・ネグラの持ち歌の中にあるフレーズで描写できるような人間の実例だね。”entre lo dicho y lo hecho, el camino es derecho(言ったこととやったことの間、道はまっすぐだ)”ってやつ。つまり、彼はいつでも考えたとおりに行動したってことなんだけど、こういう人間はほとんどいない。実際の彼を知らないけど、行動が思想と同じレベルにあったと感じさせるんだ。彼についてはいろいろ読んだよ。物凄く強力なシンボルだ。ヨーロッパでは、つねに若さや青春の象徴で、ロックの場にはいつもチェがいた。もう一人の兄弟みたいなものさ。チェは世界レベルで知られている。アフリカに行ったとき、マリで仕事をするためだったんだけど、 ちっぽけな村にでも、そこの人々がチェについて話してくるんだ。ラテンアメリカと関係あるってわかるから、すぐにチェのことを話してくる。「彼は僕たちのために闘った」って。

LJ-それでキューバに来ると、今度は人々が神話としてのチェではなく、人間としてのチェのことを君に話してくるんだ?

MC-だからこそ、記念博物館を訪れたのは強烈な体験だった。彼の持ち物や身の回りのもの、時計やマテ茶の器といった細々としたものを見たときには、心が震えたよ。遺骨の前で感じたのは尊敬の念だったけど、博物館で彼の人間としての側面を表すものを前にしたときは、深い感動をおぼえたよ。

LJ-家ではボーラ・デ・ニエベを良く聴いていて、それからlos Van Van ロス・バン・バンやEliades Ochoaエリ アデス・オチョアと来たって言ってたけど、チェと音楽の以外に君をキューバに結び付ける理由はなんだろう?

MC-最も強力なものはチェと音楽だよ。子供時代からの最も強く僕をキューバに結び付けているものはボーラ・デ・ニエベで、これは僕の人格形成から絶対に取り除くことができない。48歳になっても、僕の人生にとって非常に重要なものだ。彼の音楽が僕にとって、最初の先生で最初の音楽のヒーローなんだから。

LJ-カルペンティエル[1]が君のお父さんのラモンに贈ったのが、君の人生最初のマラカスだった…

MC-僕にちなんだカルペンティエルのちょっとした逸話があるよ。父が数年前に話してくれたんだ。よく憶えてないんだけど、確かカルペンティエルが父に僕がミュージシャンになるだろうって言ったとかなんとか。彼が僕の将来を家族に予告したんだ。

LJ-ちょっと前に君が参加したフランス共産党新聞ルマニテ祭では、キューバに関連するさまざまな催しが行われていたと思うけど、ヨーロッパにおいて私たちの国キューバのイメージはどんなものだと思う?

MC-いつくかのレベルがあるよ。僕たちのライブに来るような 人々のレベルではポジティブなイメージ。問題はマスコミなんだ。彼らが描きたいと思っているキューバの姿ときたら、それはそれはひどいもので、あんなのは情報でも、ジャーナリズムでもない。正真正銘の反キューバのプロパガンダだよ。新自由主義陣営の大手マスコミがどんなものかは、君も知ってるだろう? 君を叩いて叩いて叩き潰す。絶え間なくキューバは独裁国家だという見解を繰り返す。キューバの悪い点ばかり話して、キューバが教育や医療において成し遂げたことについては決して語ろうとしない。明らかに成果を上げているというのに、それについては一言もない。

つまり、毎日の仕事はそのプロパガンダを解体すること。だから、向こう(ヨーロッパ)でインタビューを受けるときはいつも、そういう質問に答えたり、そういう質問をされるように仕向けたりする。こんな状態は公正ではないからね。キューバがラテンアメリカの悪魔であるかのように、大手マスコミが取り上げているのを見ると、腸が煮えくりかえる思いがするよ。

キューバやこの地域のほかの国々をを旅行した人間なら誰もがわかる。 先日も「僕が地獄を見るのはキューバの中ではなく他の国々の中で、キューバ以外の国の方に、もっと困難な状況やとても容認できないような暴力の姿を見る。」とコメントした。闘争はそこにある。情報のバランスを修正するということ。とにかく、キューバについて異なる情報を発信している人々はたくさんいるんだけど、マスメディアが問題なんだよ。

LJ-旧大陸(ヨーロッパ)でキューバの文化はどのように受け止められているの?

MC-キューバのミュージシャンは素晴らしい大使だよ。 キューバについてだいたいのことを知っていて、現状から取り残されないようにいつも情報を探している人たちもいるけど、それ以外の多くの人々は、Buena Vista Social Clubブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブの映画に感化されたんだ。この映画は、ヨーロッパ全土で民衆レベルまで強烈に浸透した。大陸の果ての寒村までだよ。どちらかというと映画よりも音楽がよく耳にされた。フランスの忘れ去られたようなちっぽけな村に行っても、こうした曲のどれかを歌うと、みんな一緒に歌いだすんだ。もうキューバのフォークロレの一部になっているみたいだね。あらゆる階層、あらゆる年代の人々の心に届くんだ。これがきっかけで、たくさんの人がキューバの音楽に興味を持って、他のグループを知るようになったんだよ。(つづく)

[1] キューバの作家Alejo Carpentierアレホ・カルピンティエルのこと。ラモン同様ジャーナリズムの出身で、二人は親友だった。

ここでBuena Vista Social Clubが演奏している曲は、Carlos Pueblaカルロス・プエブロの手による『Hasta Siempre Commandante Che Guevara』。チェをテーマにした最もポピュラーな歌です。

※本当はこの記事は金曜日にアップする予定でいたのですが、14日がチェの誕生日だったことを思い出したので急遽更新しました。

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