LJ-腰を据えて映画を作っていた時期があったよね。

MC-撮影も編集も大好きなんだ。好きなものにかける情熱は暴君みたいなものだね。音楽もそうだけど、一端捕われたら最後一日24時間、週7日間君を拘束するんだ。ちょっと強迫観念みたいなものだね。アルバムをレコーディングしているときと同じ。一時夢中になったけど少し身を引くことにしたんだ。ギターを手に取ってないことに気が付いた瞬間に我に返ったよ。とは言っても、映画を作るのは今でも大好きで、脚本もたくさん書いてある。カメラで撮影して編集するのが好きなんだ。今は数年前と比べると手軽にできるようになったよね。今ではポケットに入れて持ち歩ける小さな機械で何でもできる。今持ってるこれで、映画も撮影できるし、次のアルバムも作れるし、なんでもできるんだ。これは大きな自由を与えてくれるよ。僕の問題は、一日に十分な時間がないことだね。それで、音楽と映像の両方に自分を振り分けているんだけど、近頃は音楽の方に傾いてるね。

LJ-映画作家としての視点や具象芸術への興味が、君にもたらしてるものってどのくらいある?

MC-いつもたくさんのことをもたらしてくれるよ。僕の歌の多くは映像を編集しているときに生まれたものなんだ。だって映像には音がつきものだからね。僕やマジッドが朝の6時に歌っている映像なんかが、一曲作るためのアイデアを与えてくれることもある。そこにギターを加えて、再び録音して、ここから一曲生まれるんだ。僕の歌の多くは「映画」を編集しているときに生まれたんだよ。どんな芸術活動も全ての要素が一緒になんているんだと思う。これは芸術というより、情熱と言った方がいいのかもしれないね。全てがお互いにに栄養を与え合う。一つ一つが閉じたものではないんだよ。

LJ-君にとって文化って何?

MC-僕にとって文化は、すでに存在している文化が持つ知恵であり、次に自由だね。どこの国でも、その文化を理解して何らかの形で実践してみるために、自分を取り巻いている文化に染まってみるのはいいことだと思う。その次に来るのが自由だ。文化とは自由で、創造とは自由のことだと思っている。だからといって、そういうことを考えてばかりでは、何も創造されない。考えてばかりいたら、クンビアもルンバもレゲエもレコーディングできない。型を破らなければならないんだ。ちょっとくらい冒涜した方がいいものなんだよ。

LJ-じゃあ、マヌ・チャオにとって冒涜って何? 君は良くも悪くも世界をちょっと冒涜していると言えるんじゃない?

MC-難しいテクニックだね。冒涜にはいつでもある種の敬意がないといけないんだ。文化の世界の中でも僕が行くようなところではだいたいにおいて、ちょっとくらい冒涜を実践しても悪くないと思っている。だって、ほとんどの人々があらかじめ決められた型に合せて作業しているからね。僕を夢中にさせたり、新しいものを運んできてくれたりするアーティストは、いつもちょっと冒涜的なんだよ。予想もしてなかったものを聞いたり、見たりするのは素敵だよね。周囲の人たちが行っていることを吸収するのはとても素晴らしいし、それが学ぶということの基礎だとは思うよ。でも、その後で少しばかり背徳的なことをしないとだめなんだ。

LJ-3年前に反帝国主義広場で行ったコンサートで君は「ジョージ・ブッシュは、僕たちや僕たちの子供たちの未来にとって、世界で最も危険な人間だ!!!」と叫んだよね。今ではもうブッシュはホワイトハウスにいないけど、君はどういった方法で世界を変えていけると思っている?

MC-ブッシュが去ったことは何はともあれポジティブなことだよ。あれは最悪だったからね。注意して見ていないといけない。世界中のバランスが物凄いスピードで変わっているからね。今は不穏であると同時に熱い時代なんだ。確実なことなど何もない。明日の世界が今日作られているのだから。経済の世界もテクノロジーの世界も物凄いスピードで変化している。不幸なことにそんなスピードで変えることができないのが人間関係の世界だ。でも、資本主義システム、結局のところこれがこの世界を支配しているんだけど、このシステムが最期に近づいているか、さもなければ、僕たちを集団自殺に追いやっていることに気がつく人が日ごとに多くなっている。以前よりたくさんの人たちが、このまま資本主義の社会が続いていったら、地球が終わることに気づいている。日常生活を変えて、自然の法則にもっと合った方法で生活しようとする人が増えているんだ。ここに希望があるんだよ。

LJ-ラテンアメリカの隅々をあっちこっち訪れた後で、アメリカ大陸の変化についてはどんな展望を持っている?

MC-ラテンアメリカを日ごとに反動的になっているヨーロッパと比較するなら、ラテンアメリカで起こりつつあることは総じてポジティブなものだ。成果が目に見えるようになるまではまだまだ時間がかかるだろう。けれど、以前は身の毛もよだつほど酷い状況だったのだから、それは5年や6年で改善されるものではないんだよ。15年とか20年とかの単位で考えるべきものだ。それでも自分たちの道を歩んでいるよ。その方法は国ごとに違っているけどね。もっと公正な社会を目指すための希望となる実験室が、ラテンアメリカにあることは明白だ。今日のヨーロッパはそういう状況ではないからね。

LJ-未来に対する信頼を失っていない?

MC-この先の未来には厳しい危機に何度か見舞われるだろう。中期的な視点で見る未来は暗雲に覆われている。きっと困難なものになるだろう。必要不可欠な変化が起こるからね。アメリカ合衆国の覇権が終焉して、中国の台頭を止めることはできない。新しい世界の均衡が生まれようとしているんだ。僕たちは凄まじい変化の時代にいるから、この先起こることに対して備えるのは非常に難しい。でも長期的に見てみれば、この夢と日々の闘争は、いつの日か太陽が顔を出すためのものなんだ。(完)

インタビュー原文はこちらをご覧ください.

前回ご紹介したアルゼンチンのプロジェクトLa Colifataを扱ったドキュメンタリー映画『LT22 Radio la Colifata』のワンシーンから。

「気が狂った人とそうでない人の間に引かれた境界線や、国と国の間に引かれた政治的な境界線というのは、僕には全くもって非現実的なものに見える。実際はそんなもの全て偽物で、誰もがそれぞれの狂気を抱えているんだ。おそらく現在のこの世界で僕が知っている最も気が狂った人物は、ジョージ・ブッシュって言うんだけど、どこの精神病院にも入ってないんだよな。」

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