パリのセルバンテス文化センターは、このフランスの首都で最も重要な文化施設の一つになっている。席があればどんな会議も討論会も展示も欠かさずに行くようにしている。というのも、ときどき満席で中に入れないことがあるのだ。

2、3ヶ月前に私はドン・キホーテ出版400周年記念の討論会に出席した。そこでは、ジャン・カナバッジオ [1]やエウヘニオ・トリアス [2]、 レドンド教授など著名なセルバンテス研究家たちの、実にためになるのコメントを耳にすることができた。私はこの討論会で、現在存在している全て版の中で一 番推奨できるものはどれかという質問をして、この著名な人々からなる最高法廷の判断をうかがうことにした。私の「クレメンシン版かビセンテ・ガオス版が私にとっては一番なのです」という意見を分析した後に、テーブルにいた1人の専門家が出した結論は、分析や文献学的研究からいって、今日最も推奨できるのは最新の版400周年記念版ということだった。

私はマドリッドのキオスクでそれを購入した(9ユーロと安い)。マエストロの教示はおそらく正しかったのだろうが、バルガス・リョサ [3]の序文を読んだ後では、その先を読む気がしなくなってしまったというのが実のところだ。

どうしてマリオ・バルガス・リョサには、このセルバンテスについての意見発表の場を、政治経済についての自説を長々と披露するために利用するなんてことができたのだろうか?

彼が何年も前からかけている色眼鏡越しには、すべてがロナルド・レーガンやマーガレット・サッチャーの色に染まって見えるのか、この序文の著者は、セルバンテスのこの著作がこのカップルが着手し、そして現在その継承者であるジョージ・W・ブッシュが完成させようしている経済的見解を先取りしたものだと言って、私たちを説得しようとしているのだ。

「ドン・キホーテは自由をどういう概念として捉えているだろう?」とバルガス・リョサは問いかけ、「18世紀以降、それはヨーロッパにおいて自由主義と呼ばれるようになる。自由とは、一個人が、とりわけ知性や意思の観点から、圧力をかけられたり、条件付けされたりすることなしに、自分の人生を決めることを可能にする主権のことだ。つまり、何世紀か後に、イサイアス・ベルリンが«否定的な自由»と定義するもの、思考し、表現し、行動するために干渉や強制に煩わされない自由のことだ。こうした自由の概念の中心にあるものは、権威や権力、全ての権力が犯しうる違法行為に対する深い不信感だ。」と自ら回答し ている。

マリオ・バルガス・リョサは、この偉大な作品についての何万という研究を無視している。もしドン・キホーテの中に、政治的な意味を探そうとするので あれば、謙虚に私はセルバンテスをカール・マルクスの先駆者と位置づける。それはサンチョの要求に基づいている。「結局のところ、あなたに仕えている間、 毎月の給料がいくらになるなのかを教えて欲しいてことなんです。あなたが自分の農園からの上がりで支払ってくれる給料です。私は支払いが遅れたり、金額が減ったり、全くもらえないなんてことになるのはいやですから。私のとり分は神様からの思し召しなのです。結局のところ、私は、多い少ないに関わらず、いくら稼げるのか知りたいんです。卵よりも雌鳥が大事。多くても少なくても何がしらにはなります。稼いでるうちは何も失いませんからね。あなたが約束どおり私に島をくれるなんてことが、本当に起こったら(私は信じてもいないし、期待したりもしていませんが)。私はそれほど恩知らずでもないし、たてがみを掴むよ うに物事を進めもしません。その島の地代で生活するということに価値を認めたくなし、その量によって私のお給料の金額 [4]から差し引いてもらいたくないのです。」

ドン・キホーテは答えた。「わが友、サンチョよ。時には雌猫も雌ネズミを同じくらい素晴らしいものになるのだぞ。」サンチョは言う「わかっています。雌猫ではなく雌ネズミと言っておくべきだったのでしょうが、そんなことはどうでもいい。あなたが私の言うことを理解してくれたのですから。」

もっと先の第18章で、サンチョは再び金銭で報酬をくれという要求を持ち出すが、その熱意ときたら、レーニンもガスパル・リャマサレス [5] もかなわないほどだ。「トメ・カラスコのところで働いていたときは、賄いを別にして毎月2ドゥカドス稼いでいました。あなたのところで何がいただけるのか分かりませんが、さすらいの騎士の従者は、木工のところで働くより大変なのは知っています。毎月2レアル上乗せしてもらえれば十分だと思います。」

これがセルバンテスが書いたことであり、妄想に取り付かれ説教じみた知識人が手塩にかけた品なんかではないのだ。要するに、400年の記念にバル ガス・リョサは新自由主義という自分の風車に水を引きこもうと、「私の行うことではなく、私が言うことをしなさい」というルールを実践したのだ。

憂い顔の騎士がいたと本当に信じているのであれば、ロシナンテのくぼんだ目でこの愛しい書物を読んだのでなければ、これほどたくさんの賞(フォルメ ントール賞やまさにこのセルバンテス賞、レアル・アカデミアへの加入などたくさんの名誉)を受賞した人物なのであるから、「フリア叔母さん」(バルガス・ リョサの著作「La tia Julia y el escribidorフリアとシナリオライター」)の著者のような物書き(escribidor)になることを夢見ている初心者、緑の騎士ガバンの息子に キホーテが与えた忠告を適用するべきであろう。「二番手になるように努めなさい。一等は贔屓目や人物の偉大さで決まり、二等は紛れもない公正さで決まるので、三等が二番手だということになる。こうした数え方だと三等になる一等は、大学の卒業資格のようなものだ。しかし、こうしたことから、偉大な人物とい うのは最初の名前…」

2005.3.10.Quijote de Vargas Llosa

Notas

[1] フランスのセルバンテス研究者

[2] スペインの哲学者

[3] ペルーの作家。80年代からリベラル(新自由主義)派として政治活動を開始、1990年の大統領選に出馬するが、アルベルト・フジモリに敗れる

[4] gataはスペイン語で雌猫の意味もある

[5] スペイン統一左派の党首も勤めた筋金入りの左派政治家。元々医学を志しており、キューバのハバナ大学にも留学していました。彼の写真を元にFBIがオサマ・ビンラディンの現在のモンタージュを作成したので、ご存知の方も多いはず

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