「民主主義の立場に立てば(大多数を占める)貧しい人々が世界を統治するべきであるのに、そういう状況にはなってないどころか、彼らの存在は全く考慮されていない。つまり現在のグロバリゼーションは、最も連帯から遠い世界で生み出されているものなのだ。」と結論づける。ラモネは言う。「ヨーロッパの牛は日に1頭4ドルの補助金を受けている一方で、人類の三分の一が一日1ドル以下で生活している。私たちは1頭の牛が他の大陸の人間1人より 価値を持つ世界に生きているのだ。現在20億人が電気なしで生活しており、5人に3人が電話がなく、インターネットがあるのはたったの100人に3人だ。 この不公正を終わらせなければならない。問題はどう行動するかだ。」

「このフォーラムには実践的なことを行うという目的がある。この点を避けて通るべきではない。」とした上で、「飢餓と貧困と闘う世界規模の保健機関を設立する。いわゆるタックス・ヘイブンをなくす。貧しい国々の対外債務を取り消す。人類のために飲料水については支払猶予期間を設置する。世界の巨額な富に対して連帯税を制定する」という5つの提案を示行い、「なぜなら、ユートピアとは永続的な真実の形ではなく、私たちが変えてかなければならない世界のことなのだ」と締めくくった。

「実際に今日の世界は、ドン・キホーテの登場人物が逆説的であるのと同様に、逆説的なものだ。」と、エドゥアルド・ガレアノは言う。「キホーテという不死の小説が生まれたのは、ミゲル・デ・セルバンテス・サーベドラが、まるで今日のラテンアメリカの人々のように、借金が原因で牢獄にいたときであることを、忘れるてはならない。 それでも結局のところ、私たちの国々の政治家が、こうした危機を前にして自分たちを正当化するために、繰り返し引用している『人々が吼えている。サンチョ、我々の道を進めということだ。(「人々が口うるさく批判するのは、私たちが正しいからだ」という意味)』というフレーズが、小説に出てこないという事実はほとんど知られていない。」

「ドン・キホーテの登場人物は、表面上はとてつもなく滑稽に見える。痩せこけた駄馬に乗って、洗濯桶の甲冑を身に着けているのだから。しかし、それは『親しみやすい』ものであったから、年月の流れとともに歴史的なスケールのアンチヒーローへとなった。」とガレアノは付け加えた。「王立アカデミーの辞書は『la quijotada(ドン・キホーテ的な行動)』を自分の都合よりも理想を優先し、正義と考えるもののために無私無欲で行動しするものの、成し遂げることができないことと定義しているが、最後の部分について、私は納得できない。というのも、ドン・キホーテ自身は、闘いの場面から道義的には勝者として立ち去るからだ。そして、このことが現在においてもキホーテが影響力を持つ理由の一つである。コンゴ、そしてボリビアに向かう1965年、チェは両親に宛てた別れの手紙を書くが、そこで彼が引用したのはカール・マルクスではなく、キホーテであった。『かかとの下にロシナンテのあばら骨を感じています。盾を手に旅路に戻ります。』と書いているのだ。」

「イギリス人のトマス・モアが著書『ユートピア(どこにもない場所)』で語ったのは、つまり、生を分かち合うという夢であった。それからというもの、私たちが生きているこの世界も、私たちが必要とする世界も、どちらもが同じように現実的であることを私たちは忘れてしまっている。」こうガレアノは締めくり、一つの例を思い起こす。『ベネズエラに住んでいたときに、バルガスという名の画家を知った。奇跡的とも言える才能を持つ芸術家で、彼の作品は生への賛歌であった。にもかかわらず、西洋に最も多くの石油を供給することで、悲惨な状況になってしまった村から、彼自身は生涯一度も出ることがなかったのだ。バルガスは現実主義者であった。人は(実際にある現実でなく)必要としている現実を描くときも、現実主義者なのだから。この世界はもう一つの世界を孕んでいるのだから。」(次回に続く)

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