ところが、ブラジル大統領ルラの顧問Luiz Dulciルイス・ドゥルシの参加で、ユートピアについての議論は崩壊してしまう。なぜ彼がこの議論に参加したのか、誰にもわからなかった。彼が「WSFによるもう一つの世界は可能だ」と言ったときに、勇敢にもまばらな拍手を贈った人がいたことはいた。しかし、今日においてユートピアとは何かと問いかけ、『可能な』ユートピアと『不可能な』ユートピアがあると答えた上で、社会主義のユートピアは歴史的には失敗したと主張してブラジル政府を不器用に正当化し始めると、この拍手は不満とやじに変わった。

ポルトガルの作家ジョゼ・サラマゴは、「今日においてはユートピアという概念が、完全に役に立たないものになってしまったという意見には私は反対だ。(セルバンテスがキホーテを書いたのは)トマス・モアが著名な作品を1516年に出版した後だから、この本がミゲル・デ・セルバンテスに決定的な影響を与えたことは確実である。」と語った。また、『ユートピア』という言葉は厳密には何も意味していないとし、「アルフォンソ・キハノは、あまりにもたくさん読書をしたので、想像の果てに真の生活は他の場所にあることに気がついてしまったのだ。多くの人が政治とは不可能の技術だと言う。しかし、もし私たちにとっての意味でユートピアという言葉を用いるならば、それは現在を築くことなのだ。そして、そのためには、まず今何が起こっているのかに触れなければならない。巨大な金融機関は民主主義的ではないし、貧しい国々は自らの未来を決めていない」と指摘し、フォーラムとは何かについて語った。

ガレアノが行った3つの引用は、その後の議論の空気と上手く合っていたようだ。一つ目は、メキシコに移住したタバラ(スペインのサモラ県)出身の詩人León Felipe Caminoレオン・フェリペ・カミノの詩で、その中で詩人はキホーテに関して問いかけている。『それで…、今は何時だろう? 私たちの詩の中では、何時になるのだろうか? それは、田舎者が国王に見えたり、ガラの悪い売春婦が伝説のお姫様に見えるような時間だ。そして、アルドンサ・ロレンソがドルシネアに変身するような時間…』

二つ目は「現実をあるがままに見る者は『どうしてなんだ?』と問いかけ、現実を今までなかった姿で観る者は『どうしてダメなんだ?』と問いかける。」と書いたイギリスの劇作家George Bernard Shawジョージ・バーナード・ショー。

三つ目は彼の友人でアルゼンチンの映画人だったFernando Birriフェルナンド・ビリ。『ユートピアは何の役に立つのか?』ときかれた彼は、『その問いについて私も毎日考えている。ユートピアは地平線にあって、10歩進むと10歩遠ざかり、20歩進むと20歩遠ざかる。何歩進んでも決してたどり着くことはない。だからこそ、ユートピアは役に立つのだ。前に進むために。』

この不公正な秩序を終わらせるための行動はどこにあるのだ?

空間的なものでもなく、時間的なものでもないユートピアという概念によって、この議論にの中ではフォーラムが抱える矛盾から、一刻を早い解決が必要な切迫した人類の問題まで、多岐にわたって考察することが可能となった。しかし、一般参加者が発言を始めると、 こうした議論のトーンは がらりと変わる。民主主義的精神から、スピーカーに質問をしたり、感想を述べたいと思う人は、演壇に登って発言できるようになっていた。そのときに、ポルト・アレグレ2005のもう一つの顔が姿を現した。当たり障りのない感想を語る人もいたが、その大多数は、「この我慢ならない不公正な秩序を終わらせる具体的な行動はどこにあるんでしょうか?」のような苦情を訴え、発言をした名士たちを引きつった表情にさせた。その頃には、すでに多くの人々が席を後にして、昼の40度の暑さをしのぐために、椰子の木陰を探しながら、レデンサオン公園の黄色がかった芝の上を歩いていた。ドン・キホーテが通るのを目撃した ポルト・アレグレで

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この記事の元になったシンポジウムの映像です。

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