キホーテは最初のアルテルムンディアリスモ小説だ

第5回となる’Antonio López Sánchez-Pradoアントニオ・ロペス・サンチェス-プラド会議に参加し、学生たちを前にジャーナリズム、文学、人生について、独自の見解を披露したラモン・チャオ氏。また、同氏はカストロが政府からペレス・ロケとラゲを遠ざけたのは過ちとみなしているともコメントした。

ハビエル・サカノ/SUR紙

言葉の旅人ーラモン・チャオはいつも著作の登場人物に付き添われて旅する

ラモン・チャオ(1935年ルゴ県ビラルバ生まれ)は、彼の物語の登場人物たちと決して離れることがない。彼らは17個のタトゥーとして彼の肌に張り付いて一緒に旅をするから、チャオを一人にすることは決してない。ラモン・チャオはジャーナリズムにおいての伝説的人物で、20世紀後半の歴史の一片をなす。そして彼はまた、ワォズニャクやサウラの絵を所蔵する移動式現代芸術ギャラリーでもある。まもなくそこにはバルセロの絵が追加されるだろう。

彼が生み出した登場人物、40年に及ぶキャリア、ラジオ・フランスで培われた知識、ガルシア・マルケス、カルペンティエル、ベネデティ、ラウルとフィデルのカストロ兄弟といった友人たち、息子のマヌとアントワーヌ、ル・モンド・ディプロマティクでの経験…。ラモン・チャオはこうしたもの全てを携えて、第5回アントニオ・ロペス・サンチェス-プラド・ジャーナリズム会議に参加するためにセウタを訪れた。

愛想が良くて冗談好き、言葉を巧みに操り、次から次へと逸話を繰り出すチャオは、ときにはユーモラスな優しく、またときに真剣な厳しく、硬軟巧みに織り交ぜた語り口でインタビューする者を催眠術にかける。この後で、会議に参加を希望したジャーナリズム専攻の学生たちも、同じように彼の催眠術にかかるだろう。そこには、ラモン・チャオのようなジャーナリストになることを夢見ている若者たちもいるだろう。

-もし現在ジャーナリストとしてのキャリアを始めたとしたら、あなたは今私たちが知るような姿のジャーナリスト・作家ラモン・チャオとなっていたでしょうか?

-いやいや、全く違うだろうね。言ってみれば、私は自分自身の倫理的な変遷と共にここまで辿りついた。政治的な変遷ではなくね。こうした自分の内部の変遷をそのまま用いることが可能であったマスメディア、ラジオ・フランシアとともにここまで流れてきたんだ。幸運だったと思うよ。だが、もし現在から自分の倫理的形成が始まるとしたら、50年前のようにはならないだろう。これほどまでしっかりと根が張った資本主義と新自由主義の前に服従していたかもしれない。つまり、私は丸め込まれていたかもしれないということだ。幸運にも、あの時代は共産党が力を持っていてキューバ革命もあった。こうしたもの全てが、私がコミュニズムに目覚めるを手助けをしてくれた。私がここで言っているのは、いわゆる共産主義のことではなく、もっと大きな文脈で捉えたもののことだ。ラジオ・フランスにおいてはこの考え方を用いて、カルペンティエルやボルヘス、ベネデティといった偉大な作家にインタビューをすることができたんだ。ベネデティもラジオで働いていて、一緒に番組を制作した。マリオ・バルガス・リョサも同僚だった。

-出発点を共有するバルガス・リョサとは、現在は異なる道を歩んでいますね。

-マリオは非常に左寄りであった一方で、反スペイン主義者だった。敢えて反フランコ主義とは言わない。反フランコではあったのは確かだが、反スペインでもあったんだ。

-パリに着いた1956年は文化的にも政治的にも、その後の歴史を左右するような時期でした。名前が出たカルペンティエルやボルヘスのような友人、そしてイグナシオ・ラモネとの出会いは、あなたに大きな影響を与える出来事でしたか?

-間違いないね。そうした出会いは私の中に痕跡を残したよ。例えば、私はフアン・カルロス・オネッティととても仲が良く、彼のことが大好きだった。私のタトゥーはみな彼との会話から生まれたものなんだ。ある日、彼に。「フアン、死が目前までやってきたらどうする?」と訊いてみると「私は死を恐れていない。死ぬときには、自分が創作した登場人物を呼んで、最期をみとってもらおうと思ってるからね。」と言うんだ。それで私は彼に「フアン、じゃあ私はそれをタトゥーで彫ることにするよ。」言ったんだ。

-ラモン・チャオ、イグナシオ・ラモネは、ル・モンド・ディプロマティックという類い稀なプロジェクトにおける二人のスペイン人…。

-ガリシア人だね。

-そう、ガリシア人ですね。

-イグナシオは、ル・モンド・ディプロマティクの3代目編集長で、今ある遺伝子を持ち込んだ人物だ。ル・モンド・ディプロマティクは、そもそもフランス人外交官のための情報誌だったんだが、彼が左に回転させ、ついにはアルテルムンディアリスムにしてしまったんだよ。イグナシオ・ラムネがすべて発明したんだからね。世界社会フォーラムもイグナシオの発明だし、ATTACも、トービン税を使うというアイデアも同様だ。

-友人のイグナシオ・ラモネは、あなたがキホーテを何度も読み返していることを強調していますね。

-私はフランスで生活していることが、執筆活動に影響を与えることをとても恐れているんだよ。だから一冊小説を完成するたびにキホーテを読んでいる。キホーテは15冊程度、キホーテに関する本も同じ位持っている。内容はもう頭に入っているよ。キホーテについても書いたものもかなりある。ちょうど最近、マリオ・バルガス・リョサがキホーテの序文にキホーテは最初の新自由主義小説だという書いた。だから私はそれに応えて、他の本の序文で最初のアルテルムンディアリスム主義小説だということを示したんだ。

まず、サンチョ・パンサが賃金を要求する場面はキホーテに何度も出てくる。あらゆる被雇用者には賃金を得る権利があるからだ。そしてもう一つ重要なのが風車だ。風車の怪物というのは根拠のないものではない。風車は多国籍企業Kluegerクルーガーが所有していて、クルーガーはレパントの闘いの費用を負担するかわりに、すべての風車の用益権を手に入れたんだ。キホーテは多国籍企業を、その象徴の一つを攻撃したというわけさ。多国籍企業に対する直接的な攻撃が描かれた最初の小説なんだよ。(後編はこちら

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