『トービン税のようなものは当時はとても革命的に見られたが、今ではある程度定着している。まだ実際に用いられるところまでは行っていないが、現在ではサルコジすらこの措置を擁護しているのだからね。』

前回ご紹介したインタビューの最後にラモネはこのように語っています。これは9月に行われた国連総会において、フランスのサルコジ大統領とスペインのサパテロ首相が『世界の貧困と飢餓の問題を解決する目的での金融システムへの課税』を提案したことを指しての発言でした。

この発言からはラモネ自身の喜びが感じ取れます。というのも、この『世界の貧困と飢餓の問題を解決する目的で、金融システムへの課税』こそが、90年代末から彼を始めとするアルテルムンディアリストたちが提案してきたことなのです。

そもそもの始まりは、ラモネが自らが主幹を務める月間紙Le Monde diplomatique ル・モンド・ディプロマティック1997年12月号に発表した「金融市場を非武装化せよ」でした。

新自由主義を掲げる国際通貨基金(IMF)、世界銀行、経済協力開発機構(OECD)、世界貿易機関(WTO)が推し進める規制緩和に真っ向から反対し、金融市場への規制の必要性を訴える中で、その具体策としてとり上げられたのがトービン税の導入でした。この記事が反響を呼び、翌年1998年6月にトービン税の導入実現のために活動する組織ATTACがフランスで誕生します。この運動は各国に広がって支部が生まれ、日本でもATTAC JAPANが活動を行っています。

そしてこのATTACの設立直前の1998年5月に、ラモネはもう一つ重要な論文をル・モンド・ディプロマティック上に発表します。それが世界を動かすシステムを変える必要性を訴えた「もうひとつの世界は可能だ」です。このスローガンの下、ATTACとブラジル労働党が中心となって、2001年1月ブラジルのポルト・アレグレにおいて第一回世界社会フォーラム(WSF) が開催されました。

スイスのダボスで毎年開催される世界経済フォーラムという、経済界のエリートが世界の未来を話しあう会議があるのだから、市民が自分た ちの手で未来を話し合う場があってもいいだろうということで生まれたのがこの会議。ここでも、トービン税の導入が具体的な目標の一つとして扱われていま す。世界社会フォーラムは現在まで毎年開催されていて、日本にもWFS JAPANという組織があります。

トービン税について詳しく知りたい方は、『トービン税入門』(社会評論社)の著者Bruno Jutinブリュノ・ジュタン氏が来日時に行った講演の記録「ブリュノ・ジュタンさんと語るもうひとつの世界–講演録」をご覧ください。

ラモンの息子でミュージシャンのマヌ・チャオはATTACの名誉創設者で、2004年に発表されたATTAC支援のブックレット付きアルバム¨『ATTAC』にも参加しています。そのほかには、Orquesta nacional de Barbés、Emir Kusturica、Femi Kuti、The Skatalites、Lee Scratch Perry、Idir、Salif Keïta、Grandaddy 、Massive Attack。そして執筆陣もJosé Bové、Noam Chomsky、Ignacio Ramonet、José Saramago、そしてサパティスタのマルコス副司令官と非常に豪華な顔ぶれになっています。

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