私はガルシア・マルケスの方が好きだけれど、二人とも古くからの友人だ。

古さで言えばバルガス・リョサの方。彼とは同じ歳で27歳の頃に知り合った。私も彼も当時Radiodifusión francesaという名であったラジオのイベリア言語部門で共に働いていたのだ。彼は(叔母のフリアとともに)情報番組を担当し、私は文化番組を担当していた。マリオは当時からずいぶんと変わったものだが、変わると言うことはいいことだ。私から見て良く変わったこともあれば、悪く変わったこともある。あの当時アメリカ大陸からやってきたばかりの青年は、断固として植民地主義に反対する姿勢を見せていた。そして、スペインを旧抑圧勢力と同等に扱った結果として、彼の明白な反フランコ主義は倫理と正義に純化されていた。

その後も彼については様々なことを耳にしたが、その中でも私が信じたいと思うのが、エルネスト・ゲバラがパリに立ち寄った際に、自宅に匿ったという話だ。しばらくしてBiblioteca breve de Seix Barralという賞を得た後に、バルセロナに引越した。そこで彼がスペインの民主主義者たちに頼まれて、フランスの新聞や雑誌を買いに車でたびたびペルピニャンを訪れていたことを私は知っている。

カタルーニャにおいてはガボ(ガルシア・マルケス)と非常に仲が良く、『百年の孤独』について『Historia de un deicidio(ある冒涜者の歴史)』というまるで未来を予言すうよるようなタイトルで、50ページにも及ぶ長いコメントを執筆した。間もなく彼は進化を遂げたのだから。自ら崇拝していた人物とひどい形で仲違いし、スペイン国籍を取得(ペルー人であることをやめずにだ)、現在では政治イデオロギーに関して新自由主義の大合唱を素晴らしいコーラスで飾る人物の一人で、マーガレット・サッチャーに近い考えを抱いている。彼はこれら全てを誠実さと信念を持って行っている。

ガボのことはノーベル賞受賞より前、20年ほど前から知っている。私たちの間に友情が芽生えた状況は、非常に興味深いものだ。あれほど相応しい瞬間はなかっただろう。

もしこの二人を比較しなければならないのであれば、ガボは私に大してとても自然に振る舞ったのに対して、マリオは常に礼儀正しかった。マリオの方は野性的に見えるのだが、二人とも同じくらい都会的だ。おそらくこの誤解はそれぞれが実践している文学から生じたものだろう。マリオはきっちりしていて理知的。そしてガボは口が悪く空想的。同様にガボも変わった。彼と知り合ってから、彼の親類によるとそれより以前から、左と呼ばれるものに向かって滑降していった。そして、サルトル的倫理に手を染めるようになったのだ。

例えば現在のキューバの件、海賊の誘拐犯の処刑とジャーナリストの拘束について、一人はフィデルを非難し、もう一人はフィデルを容認する。二人とも誠実なのだ。マリオは唯一の思想という自分の倫理に忠実だが、ガボは事実関係を分析している。ガボはキューバは戦時下だと判断したのだ。40年以上前からアメリカ合衆国が課している冷酷な禁輸措置が、キューバの発展を妨げ、その結果がキューバ国民に悲劇をもたらしている。そこに付け加えなければならないのが、ハバナに対する絶え間のないイデオロギー戦争だ。フロリダにあるマルティ・ラジオやテレビを通じて、冷戦時代と同じようにキューバをどっぷり浸している。フロリダにおいては、北米当局と共謀して侵略を夢見る亡命パラミリタルの活動範囲が増大しているのだ。

キューバは米国による何重もの攻撃に立ち向かっている間にも、驚くほどの倫理的な進歩を成し遂げた。人種差別の撤廃、女性解放、識字率の飛躍的な向上、幼児死亡率の劇的な低下、国民の文化レベルの向上など。教育、保健、スポーツに関しては、この小さな島国はこの世界で先進国の間に名を連ねている。しかし、自由に関する状況は異なっている。アムネスティ・インターナショナルの最新の報告書は、逮捕や弾圧が行われているケースを示しているが、キューバがちまたで言われているような強制労働収容所ではないことは認めている。

また、この報告書は拷問や「失踪」、殺人には全く触れていない。「民主的な」隣国-グアテマラ、ホンジュラス、ハイチ、そしてメキシコ、コロンビア、ブラジルも含む-では、労働組合員、ジャーナリスト、聖職者、市長といった人々が殺害されているというのに。こうした国々においては、経済的、社会的、文化的な権利に対して絶え間ない侵害が行われており、高い幼児死亡率、低い識字率、ストリート・チルドレンなどの問題もあることも、付け加えておくべきだろう。アムネスティ・インターナショナルの報告書を読むと身の毛がよだつ。

イラク侵攻以降米国タカ派がキューバに対して行っている脅しと共に、こうした状況全てをガボは考慮したのだ。私は彼が処刑を認めたとは思っていない。ただ、キューバは戦争状態にいて、全ての戦争においては婉曲的に不可避的な「副作用」と呼ばれるものが必ず存在している。

2003.05.16 Entre Gabo y Vargas Llosa

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