この金曜日8日にパリでは、月刊誌ル・モンド・ディプロマティック創刊50周年が祝われた。同じ考えを持つ約5000人の人々でサロン・デ・デポルテはぎっしりだった。イグナシオ・ラモネ率いるこの新聞が擁護する考えだ。

1930年の良く知られた反ファシズム知識人会議以降、この日ほど多くの作家やアーティストが一同に介したことはなかった。全ての名前は挙げなくとも、レジス・ドゥブレ、ジョゼ・サラマーゴ、エドゥアルド・ガレアーノ、アントニオ・ネグリ、ノーム・チョムスキー(ビデオで参加)、ナオミ・クラインときりがない。もちろんイグナシオは除いてだ。

新自由主義がモラルを攻撃する現代において、この出版物が持つ重要性を誰もが認めていた。この出版物は「唯一の考え」という表現から始まった。「唯一の考え」は最初イグナシオ・ラモネが社説の中で生み出したものだ。ここから始まった、ポルト・アレグレの社会フォーラム、ATTACという組織、国際コミュニケーション・メディア観測所が、彼の仕事場で動いているのだ。

控えめにイグナシオは、様々な国や言語で40以上の版があり、スペイン語では4つ、カタルーニャ語版(インターネット)もあるという新聞の健康状態を述べるにとどめていた。全ての翻訳版を含めると毎号150万部近くが発行されている。

セレモニーは夜中の12時まで続いた。その報告で読者をうんざりさせるようなことはしないで、会合でエドゥアルド・ガレアノが読んだ自作の詩の一部を翻訳するにとどめよう。

フクロウ、コウモリ、ボヘミアンや泥棒の目線からは、夕暮れが昼ご飯の時間。観光客にとって雨は呪いだが、農民にとっては良い知らせ。地元民から見れば、風変わりなのは観光客の方だ。カリブのインディアンたちにとっての羽根付き帽子を被ったクリストファー・コロンブス。赤いマントの彼は、今まで見たことないほど大きなオウムに見えたことだろう。

南の視点から夏は冬。虫の視点からスパゲッティ一の一皿は酒池肉林の宴会。インド人が聖なる牛を見出すところに、巨大なハンバーガーを見出す人々もいる。ヒポクラテスやマイモニデス、パラケルルスの視点からは、消化不良は存在していたが、それは飢餓と呼ばれる病ではなかった。コロンビアの一地方チョコの人々の祖先にあたる賢人たちによると、アダムとイブは黒人で、その子供カインとアベルも黒人だった。カインが弟を杖の一撃で殺したときに、神の怒りが荒れ狂った。神の激怒を前にして、殺人者は恐怖と罪の意識で顔面蒼白になった。あまりにも蒼白になり、人生の最後の日まで白いままだった。私たち白人はカインの子供たちなのだ。

もし福音書を書いた聖人が女性だったら、キリストの人生の最初の夜に何が起こっていただろうか? 聖ヨセフは機嫌が悪かったと聖人たちは書いた。生まれたばかりの幼子イエスが藁のベッドで光り輝いている馬槽で、彼は唯一不機嫌な顔をしていた。誰もが微笑んでいた。処女マリア、天使、羊飼い、ヤギ、牛、ロバ、四人の賢人とベレンに彼らを導いた星。聖ヨセフ以外誰もが微笑んでいた。彼はいかめしい顔をして、うなだれて呟く。「女の子が欲しかったな。」

2004.05.10 Le Monde Diplomatique

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