キャンプなど抗議活動に参加する人々のことを、マスコミは『Indignados(怒れる人々)』と呼んでいるのですが、昨日(5/27)のバルセロナは、怒れる人々とカタルーニャ広場の話題でもちきりでした。

朝早く、市の清掃班が清掃の名目でカタルーニャ広場に入り、同行した州警察が広場にいる人々の強制排除を始めたからです。広場の清掃に関しては早い段階から、Acampada BCNが清掃はキャンプ参加者で行うことで、市当局と合意に至っていたのにもかかわらず。

そして、この様子は全国放送のTV局ANTENA 3を通じて、テレビとネットで生中継されました。何よりも人々を驚かせ、そして怒らせたのは、平和的な抗議に参加していた無抵抗な人々に対して、当局が容赦なく暴力を使ったこと。

この結果、双方合せて少なくとも121人が負傷したと言われています。そして、清掃班はテント20以上、音響設備3組、パソコン15台を撤去しました。その様子はAcampada BCNの写真ギャラリーをご覧ください。

選挙前にキャンプが始まって以来、PSC(カタルーニャ社会党)のバルセロナ市長ジョアン・エレウは容認の姿勢を取っていたのですが、選挙後にキャンプを取り巻く状況は少しずつ変化の様相を見せていました。

まず、5月23日選挙翌日の月曜日に、今回の選挙でPSCを第一党の座から引きずりおろしたCiU(カタルーニャ同盟)代表チャビエル・トリアスが、自らが市長に就任する6月11日に先駆けて、キャンプの解散を手伝う用意があるとエレウに伝えたという報道されます。

そして、26日に大きな問題が持ち上がります。ここがとってもバルセロナらしいところなのですが、その問題というのがFCバルサの試合。土曜日28日にチャンピオンズ・リーグの決勝戦が行われることでした。

というのも、バルサの重要な試合があるときは、カタルーニャ広場に巨大スクリーンが設置され、勝利すれば、広場につながるランブラス通りの始まりにあるカナレタを中心に、お祭り騒ぎが繰り広げられるのが恒例となっています。サッカーにおいては歓び、Acampada BCNにおいては怒りと、カタルーニャ広場は常に人々が集まって同じ感情を分かち合う場として機能しているのです。

ところが、Acampada BCNは日曜日までのキャンプ継続を宣言していましたから、試合当日はまだカタルーニャ広場にいることになります。ここで、カタルーニャ広場のキャンプが現実的な不都合を引き起こすこととなります。さて、キャンプをどうするか。

結局、バルセロナ市は巨大スクリーンをルイス・コンパンチ大通りに設置することを決めるのですが、カタルーニャ州政府の内務大臣フェリプ・プッチは、バルサのファンとの衝突を避けるために、キャンプを立ち去るように要請します。

そして一夜明け、当局の暴力的な介入という非常に残念な出来事が起こったのでした。しかし、州警察が立ち去ると『怒れる人々』はカタルーニャ広場のレコンキスタ(再征服)を開始、19時からカタルーニャ広場で当局の暴力行為に抗議する集会を呼びかけました。

また、再度の暴力的介入が起こるのを阻止しようと、彼らを支援する人々も広場に集結します。その中には、フランコ独裁政権への抵抗運動を象徴するシンガーソングライーター、ルイス・ヤックの姿もありました。

同時に、今回の件の責任者として州内務大臣プッチの辞任を要求する署名がインターネットを通じて呼びかけられて、集会前の時点で3万2000の署名が集まったと発表しています。

ちなみに、プッチが所属するのはCDC(カタルーニャ民主集中)党。ちょっとややこしいのですが、トリアスが代表するCiUとは、このCDCとUDC(カタルーニャ民主同盟)の二つの地域政党の連合政党で、昨日はUDCのお膝元レイダのキャンプも強制的に排除されています。

そして、私たちも19時の集会に向けて、カタルーニャ広場へ向かいました。

広場に向かう通りの何本かは市民警察によって閉鎖されていました。閉鎖された通りの入り口には『怒れる人々へ。19時に全員カタルーニャ広場へ』の案内が。

閑散とした歩行者天国の状態。

広場に近づくと状況は一変します。

広場の外まで溢れる人、

人、

人。

断続的に響く『Puig dimissió(プッチ、辞任しろ)』や『El pueblo unido jamás será vencido(団結する民衆は決して敗北しない)』などの声。非暴力的な抵抗を象徴するために、花を持ったり手を白く塗ったりしている人たちの姿も多く見かけました。

『Toma la plaza(広場を占拠)』で始まった広場の集会が『Toma la calle(通りを占拠)』にまで広がっていました。そして、恒例の21時からのCaceroladaは数日前からバルセロナ中に広がっていて、広場に来られない人々もベランダや家の前の通りに出て、鍋やフライパンを叩くようになっています。もちろんこの日も、22時までの1時間バルセロナ中が抗議の騒音で包まれていました。

この日一番多く耳にした言葉が『Quina vergonya!!(なんて恥ずかしい)』。フランコ独裁時代に表現の自由を奪われていたカタルーニャ人は、表現の自由に関して非常に敏感です。今回それが暴力によって弾圧されたことが、今まで傍観していた人々を刺激して、怒れる人々に対する連帯を深めることになったと同時に、今まで「政治家と銀行家」という漠然とした存在だった敵に、ひとまずフェリプ・プッチという顔を与えることとなったようです。

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