15M運動の最大の理解者で支援者の一人ホセ・ルイス・サンペドロ氏が96歳が4月8日にこの世を去りました。2011年5月Democracia Real Ya!(真の民主主義を今すぐに)のマニフェストに賛同し、自ら15Mへのデモへ参加を呼掛けて、一貫して15Mの運動を支持してきたサンペドロ氏。

ステファン・エセル著『Indignaos! (憤慨せよ!)』がスペインで本国を凌ぐ影響力を持ったのも、彼の序文があったからこそ。15M運動には指導者は存在しませんが、もし彼のような著名な知識人が積極的に支援していなかったとしたら、「怒れる人々」の抗議活動は若者の無分別な怒りの爆発として片付けられ、これほど広範な支持を獲得することはなかったかもしれません。

今回紹介するのは、15Mに先立つこと2年以上の2009年1月に行われた新聞のインタビュー。まさに15Mが起こることを予感していたかのような内容になっています。これを読んでいただくとわかりますが、15Mの反資本主義的なメッセージが広く受け入れられたのは、サンペドロ氏のような経済学者たちが現在の経済システムの問題を指摘し、経済危機が長引く中でその「正しさ」が人々の目にも明らかになった結果でもありました。つまり、「システムを変えろ!」という自分たちの言い分に正当な根拠があることを人々が知っているからこそ、今だに抗議活動が継続しているわけです。

また、インタビューでも触れられていますが、「9歳でイエズス会士に、19歳でアナーキストになろうとした」と語るマルクス主義経済学者の彼が著名知識人の仲間入りをしたのは、小説家としての成功がきっかけでした。

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ホセ・ルイス・サンペドロ・インタビュー「現在私たちは野蛮の時代にいる」

彼の小説、とりわけ『エトルリアの微笑み』での成功は、ホセ・ルイス・サンペドロ(1917年2月1日バルセロナ生まれ)の経済学者としての面が影に隠れてしまったことをほんの一部説明するだけだ。

サンペドロ自身によると、主要モチーフはシステムが資本主義の衰退を告げる学説を覆い隠していることだという。そして、サンペドロは、フランシス・フクヤマや先行する自由市場の伝道者たちが告げた「歴史の終わり」という誘惑の言葉には耳を傾けることなく、60年以上に渡って憤慨したマルクス主義の観点からそのことを言い続けてきた。

彼の妻オルガとコンプルテンセ大学のカルロス・ベルソサは、とりわけ60、70年代に彼が執筆した経済に関する文章の中から代表的なサンプルを『Economía humanista. Algo más que cifras(人間主義の経済。数値以上のもの)』(Debate)という一冊の本にまとめた。昨日サンペドロは冬の間暮らすコスタ・デル・ソルから向かったセビーリャでこの著作の発表を行った。「昔は(冬の間)カナリア諸島にいたのですが、空港がどうしようもないんです。ベルトを外すのが彼にとって屈辱的だそうで…」とオルガは語る。『El amante lesbiano』の作者は、饒舌で聡明さ(毎日プブリコ紙の数独で発揮している)を見せてくれるが、高齢のため短いインタビューにならざる得なかった。サンペドロは、慌ただしい講演会の終わりに、彼のスピーチのほぼ完全な要約といえるタイトルのエッセーを記者たちに配った。それは『西欧の没落』。「シュペングラーはなんと的を得ていたことか!」と驚きの声を上げる

―30、40年前の自分の文章を読み返してみて、現在も同じ見解を持ち続けていますか?

全般的にはイエスだが、自分が的を得ていたと言いたいのではない。概して私の意見は的中したと考えていて、いずれにしても訂正はしないがね。率直なものだったからだ。執筆で幸運を手にしたから、私は作家であると思われてきた。しかし、とりわけ一つの理由からだ。私のように考える者には新聞雑誌には発表の場がなかったんだ。

―あなたはどのように考えていたのですか?

豊かな人々の富を増やすのに従事する経済学者と、貧しい人々の貧困を減らすのに従事する経済学者がいる。私は常に市場をコントロールする必要性を擁護してきた。もちろん、それだから私には演壇がなかったんだ。特に68年( パリ五月革命)に右派が驚愕して、サッチャー、レーガンなどが到来して以降はね。

―演壇を持っている経済学者の例がノーベル賞のミルトン・フリードマン、そして演壇がない例がジョン・ケネス・ガルブレイス。

二人とも2006年に亡くなった。私はガルブレイスの方だったが、演壇があった方のフリードマンはまた、ピノチェトに助言をした経済学者でもあった。

―フリードマンはネオコン(新自由主義者)にとって正真正銘のグルですね。

私にとってネオとは、洗礼志願者であっても自由主義者であっても、新しいものではない。ネオという接頭辞をつけなければならないとき、もはやそれは新しくはない。あるものが新しいときには「聞いてください。私は新しいのです!」言う必要はない。ただ単に人々が「あなたのような人は今まで見たことがありません」と言うだろう。

―あなたは今でも自分は社会主義者であると考え続けていますか?

そうだ。

―マルクス主義社会主義者として?

まずは、社会主義とは何かを理解しなければならない。社会主義とは生産手段の公的所有を擁護することだった。そして、現在の社会主義者と呼ばれる人々はこのことを口にしない。私はそうした社会主義者ではない。違う。

―ソ連陣営で起きたことにもかかわらず、あなたは古典的社会主義者であり続けているのですか?

ソ連も社会主義ではなかった。奥底にあったのは国家資本主義だ。社会主義とは、公的-真の意味での公的、つまり真に民主的-な所有と管理であると理解するならば、私は社会主義者だ。もちろん、私が知っている真の社会主義は、今まで一度も適用されたことがない。

―そして、今なら道が開ける可能性があると考えていますか?

そう思っている。問題は私たちが野蛮に教育されていること。人類の状況はきわめて未熟である。私たちは作業する方法に関しては理性で動くが、基礎においてはすべてが感情的だ。

―例えば?

ブッシュが再選されたり、ベルルスコーニに投票する人がいたり。

―オバマについてはどう思いますか?

そうだね、私は喜んでいるよ。だからといって過大な期待はしていない。 無駄だから。彼のことを救世主が降臨したかのように扱っているのを御覧なさい。

―現在の人口爆発に環境問題の悪化や進行しつつある資源枯渇が加わって、革命が起こる可能性があると考えているのですか?

彼らが言う持続可能な発展は持続不可能だ。世界の人口は1900年から現在までで三倍になったが、もちろん地球の再生能力が三倍になったわけではない。それを維持することはできない。不可能なのだ。

―つまり、革命があると考えているのですか?

もちろん。私がよく引用するマルクスの言葉は、資本主義は全てを商品に変えるというもので、それはこの問題の真理だ。このシステムがいつまでもつかわからないが、疲弊していると考えている。

―あなたがシステムの衰退と考えるものは何ですか?

この本の第一章を私は1947年に英国で発表した。専門課程を終えたばかりの若造だった私は、30年代の後進地域における世界大戦の結果に関する研究を行っていて、国家が失業中の労働者に融資し、支援し、助成金を出していたのを目にした。彼らのために仕事と彼らの子供のための学校を探したんだ。人々を分配し直す手段があったんだね。しかし、人々は移動を拒絶した! それに引き換え、産業革命が始まったときには、労働者は農村地帯から都市部の工場へ行った。彼らには一世紀後の孫の世代にはない冒険心があったんだ。これが資本主義に起きていることだよ。

―どういう意味において?

今あるのは恐怖だ。16世紀においてヨーロッパでは自発性が爆発していた。宣教師、戦士、農民が、未知のものに乗り込んでいった。知性の分野では人文主義や印刷が始まった。現在では世界で最も重要な国、最も強靭で力のある国、アメリカ合衆国で人々が恐怖を感じている。本物の恐怖だ。

―所有しているのが原因ですか?

そしてまた、冒険心を完全に失ってしまったからだ。

―私たちは安全の代わりに自由を放棄してしまった…。

だが、それは見せかけの安全で、その上十分ではない! 私たちは絶え間なく監視するためのメカニズムを捜し求めている。飛行機に乗る人を裸にするような。何のために? 今オバマが…と言われているが。彼が何かをしてくれるといいが、私にはわからない。

―危機から抜け出すための措置を信じていますか?

せいぜい、金銭の面で以前のあったような状況に戻すぐらいだろうが、実体経済、環境、生産の悪化を伴うことになる。

―システム全体が信用を失うことになるのでしょうか?

私が懸念していることが一つある。基本的な価値観がどこまで崩壊していくのかということだ。私が言っているのは、もはや人権のことではなく、正義、尊厳、自由といった文明の構成要因のこと。野蛮とは文明という価値観を攻撃することなんだよ。

―私たちは今、野蛮の時代に生きているのでしょうか?

私にとっては、ローマ帝国の崩壊に対応した時代だね。帝国が終わり、野蛮が始まった。ガザのことは野蛮だ。ヒットラーとスターリンの収容所は野蛮だったし、イラクへの攻撃も野蛮である。私たちは正義の意味を破壊しつつあるんだ。私たちは現在システムの再構築を強いられる野蛮の時代にいるのだと思うよ。それは資本主義が悪だからではなく、すでに疲弊しているから。15世紀には推進力がある建設的なものだった。現在は疲弊している。これから先の計画とはどんなものか? 同じことの繰り返し。15年以内に貧困はなくなると言って、15年後にそれを繰り返す。

―それでは、どんな希望を見ていますか?

科学だと思う。現在資本主義は崩壊している。なぜなら死こそが生命の価値だから。社会は生物で、腐敗する。異なる基礎的下部構造が同時に機能することはない。アナクロニズム、ジストニアがあるんだ。科学を除いては。

-どんなアナクロニズムですか?

教会は17世紀に植えつけられた。現在の経済が基づいているのは、市場は良く知られた見えない手よって、利己主義の総和が公益をもたらすことになるという原理である。嘘っぱちだよ!! だが、そうした18世紀の基礎的な前提の上にすべてが乗っかっていまる。政治は、フランス革命の結果として作られた議会制代表は歪んでいる。世論の形成をコントロールしている少数の権力者集団が命令しているんだからね。唯一進歩しているのが科学で、宇宙や物質、コミュニケーション手段や情報科学、遺伝学、ナノテクノロジーについての知識をもたらし続けている。私が生まれた世界と現在の世界の違いを考えると、若者たちが生きることになる世界を想像して…。

-あなたが予想する野蛮は新しい権力主義の形を取るのでしょうか?

そうだろう。しかし、また階級をともなう昆虫社会のようなものになる可能性もある。大きくなりつつある情報格差を考えてごらん。一定の魅力的なものを提供しながら、みせかけの自由という状況を作るエリートが統治するかもしれない。しかし、自由とは凧のようなもの。結び付けられているから空を飛び、その紐が責任だよ。

-サンペドロさん、あなたのことを、結局すべてかつての方が良かったと言う、すでにベテランの知識人の一人だと考える人にはなんと言いますか?

私は、かつての方が良かったとは言わない。かつて資本主義は発生期にあったが、現在では持続不可能だと言っているんだ。その衰退の最も良く言い表したのがブッシュだった。「私は市場を救うために市場のルールを一時停止した」と言った。つまり、市場は自らのルールと両立できないのだよ。

2009.01.22 “Ahora entramos en una época de barbarie” 

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