このインタビューはマドゥロ大統領自身が内容のチェックを行った、いうなれば「公認」のものであるため、公開にあたってラモネ氏から「無編集で全文掲載」という指示がありました。そのために、従来の長い記事のように分割せずに、一つのエントリーで全文をアップしています。こうした事情から、もし本記事を転載される場合には、事前に4gatsbooks*gmail.com(*を@に換えてください)まで連絡をお願いいたします。A4で10ページを越える長い記事なのでニコラス・マドゥロ・インタビューPDF版も用意しました。

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ニコラス・マドゥロへのインタビュー―特派員: イグナシオ・ラモネ

「“路上の政府”は革命の中の一つの革命だ」

去る414日に民主的に選ばれたベネズエラ大統領ニコラス・マドゥロの正当性にケチをつける企てが失敗に終わったあとも、反対派は来たる128日の地方選に向けてすでに準備を進めている。そうした見通の中で反対派は最近、国際的右派とおなじみのメディアという共犯者からの支援を受け、マドゥロ大統領はベネズエラで生まれていない、したがって、憲法が規定しているように、その選出は無効となるだろうとの流言を流した。

この毒に満ちた新たなキャンペーンやその他の時事的なテーマについて、私たちはニコラス・マドゥロと―カラカスからタグワネスグワリコ県へ向かうヘリコプターの機内で―話をした。その日は、ボリバル共和国の大統領としてちょうど任期100日目を迎えた日であった。

イグナシオ・ラモネ(以下IR): ベネズエラの反対派が、あなたはベネズエラではなく、コロンビアのクカタ生まれで、二重国籍である、そのため、憲法に従うとあなたは大統領としては不適格となるだろうと主張するキャンペーンに打って出て、国際メディアの中にはそれを受け売りしているものもあります。この糾弾についてコメントはありますか?

ニコラス・マドゥロ(以下NM): 支離滅裂なパナマの極右が流したその流言の目的は、政情を不安定化させる状況を作り出すことです。彼らは選挙でも、 クーデターでも、経済的破壊工作でも達成できなかったものを手に入れようとしているのです。彼らは失望しています。そして、それはベネズエラのブルジョワと右派が常にコロンビアの民衆に対して抱いてきた反コロンビアのイデオロギーに基づいています。

その点については、もしも私がクカタで、あるいはボゴタで生まれていたとしたら、私はコロンビア人であることを幸せに思うことでしょう。なぜならそこはボリバルが創設した土地だからです。もし私がキトやグアヤキルで生まれていたとしたら、私はまたエクアドル人であることを誇りに思うでしょう。なぜならそれはボリバルによって解放された土地だからです。あるいはリマ、(サン・ルイス・)ポトシ、ラ・パス、コチャバンバでも、私はペルー人であったり、ボリビア人であったりすることを幸せに思うでしょう。そしてもし私が、オマール・トリホスの土地、ボリバルのグラン・コロンビアの一部であった誇り高き土地パナマで生まれていたなら、私はパナマ人であることを誇りに思うでしょう。しかし、私は解放者(ボリバル)の揺り籠である街、カラカスで生まれ、カラカスで育ちました。いつも怒りに震え、反逆的で、革命的なそのカラカスにおいて。そして、大統領としてここにいます。この常軌を逸した行動は、ボリバル革命という灯台を消そうともくろむ国際的な右派がしばしば陥る神経症的な絶望による危機の一つとして、思い起こされることになるでしょう。

IR: 一方で、国民議会議長ディオスダード・カベージョは先日、命を奪う目論みで、あなたに対する謀略が発見されたと発言しました。

NM: はい。内務大臣ロドリゲス・トーレス、国民議会議長ディオスダード・カベージョ、そして私自身が、7月24日に計画されていた殺害計画の一つを明らかにしました。その日はシモン・ボリバルの誕生日にあたり、マラカイボ湖での戦いの190周年記念でした。彼らには私たちが反故にすることに成功した一連の計画があり、その大元はいつも同じ国際的右派です。そこには、例えばアルバロ・ウリベ(元コロンビア大統領)の名前があります。彼はベネズエラとチャベスの子供たちに対して強迫観念を抱いています。また、マイアミの古くからのマフィア、ポサダ・カリレスの組織もあり、彼は米国の重要な権力層の支援を得ています。バラク・オバマ政権はポサダ・カリレスのマフィア組織を解体することを望みませんでした。カリレスは犯罪が立証され自白もしたテロリストで、1976年10月にクバーナ航空(キューバの国営航空会社)の飛行機を爆破したことから、私たちの国の法律によって訴追されています…。

私たちは自己防衛し、そういった計画を反故にし…それに打ち勝ち続けると、私はあなたに保障できます。もし彼らが目的を果たしおおせたなら、考えたくもない状況が生まれるでしょう。そのようなことが起こった際に一番損害を被るのはベネズエラの右派です。私たちの国の政治地図から300年間は姿を消すことになるでしょう…。なぜなら革命が別の性質のものとなるからです。それがさら深く、さらに社会主義的で、さらに反帝国主義なものになることに疑いの余地はありません 。転覆計画が決して成功しませんように。彼らにとって深刻な状況を招くわけですから。そうなったとき、私は天国からそれを眺めることになりますが…。

IR: 不安定化を招く試みにおいて反対派が失敗したのは、あなたが推し進めた政策によるものだと考えていますか? それとも来たる12月8日の地方選挙を前にして反対派自身の姿勢に変化があったからだと考えていますか?

NM: それは第一にベネズエラの民主主義の制度的な強固さと、その強固さをよりどころにして私が選択した、暴動と暴力の企てを早急に打ち負かすという決断によるものです。それを無効にすること。その拡大を許さないこと。彼らは4月15日、16日と主要都市のレベルで、一種の暴動を起こそうとしました。

IR: 暴力のレベルはどの程度まで達したのでしょうか?

NM: 11人の慎ましやかな人々が殺されました。その中には男の子一人と女の子一人がいます。またおよそ100人の負傷者が出ましたが、それについてはほとんど話題になっていません。重傷を負った人々は生涯後遺症を負うことになりました。

反対派は、クーデター主義者という本当の顔を見せました。民主的で行儀が良いように見せかけていましたが、(3月5日)チャベス少佐が死ぬと、選挙結果を認めずに、力づくで―おそらくは米国やその他の右派政権からの国際的な支援を受けて―革命を不安定化させるための作戦をごり押しすることを決めたです。私たちはそれらをごく初期に鎮静化し、打ち負かすことに成功しました。もはや彼らには、選挙を通じて市町村の権力の座に就くことを再び目指す以外の道は残っていません。私たちがそうであることを彼らに強制したのです。それが憲法を尊重するという私たちの決断によるものでなかったとしたら、彼らは私たちの国を内戦状態に導いていたでしょう。

IR: 最近の声明で、あなたは革命の団結にほころびが出てきていることに注意を呼びかけました。あなたはチャベス主義の分裂を恐れていますか?

NM: 分裂派や風紀を乱す勢力は、つねにあらゆる革命を脅かしてきました。グループや個人の権力への野心は、社会主義的性格を持ち、無欲と犠牲を要求するボリバル革命の計画そのものの否定です。チャベス司令官が大統領だったのは歴史の状況が彼をその座に就かせたからです。そして私が今大統領であるのは、個人的な野心、あるいはある種の経済団体や政治団体を代表しているからではありません。そうではなくて、私が大統領なのは、チャベス司令官が私に準備をさせ、私を指名し、そしてベネズエラの民衆が自由で民主的な選挙によって私を承認したからなのです。

そういうわけなので、このような分裂派の勢力は全て常に存在していくでしょう。しかし革命には、その力を分裂させるあらゆる意図に打ち勝つための、倫理的、政治的、イデオロギー的な力があります。私はそれをベネズエラの熱帯平原リャノで言いました。まさにそこで、私の前で一人の人物が自分はチャベス主義者だと言うのを私は自分の目で見たていたからです。しかしながら、彼はこっそりと地主たちから資金を受けており、そして彼は分裂させるためのチャベス派の演説を手にしていました。革命が自分をその地方の町長候補者に指名しないと気づいたとすれば、彼は自分の力でなんとかしようとする…ということもあり得ます。私たちは全国ほとんど全ての市町村で統一候補を擁立するのに望ましい状況にあります。そして、チャベス派だと言ってはいるものの、結局のところ反革命勢力の仲間になるという、こうした党派の分裂派を打ち負かすために、私たちは大きな努力をすることになるでしょう。

IR: 施策してきた政策に関してですが、あなたは様々な変化を導入してきました。例えば、治安の悪さの批判や汚職の弾劾、そしてなにより“路上の政府”と呼ばれるものです。なぜあなたはこれらのテーマにこだわる必要性を感じたのでしょうか。また“路上の政府”に関してどのように総括していますか?

NM: 第一に“路上の政府”は、この新たな段階において革命が集合的方向性が持つための方策を作り上げました。第二に、地方の民衆の力と国家政府の権力層の間に、仲介役が存在しない政権システムが作られました。具体的な問題の解決に寄与するものですが、とりわけ社会主義、コミューン、社会主義経済の建設、そして、総合的で無料の質の高い公的医療システムや、無料で質の高い公教育システムの強化などの役に立ちます。“路上の政府”とは革命の中の一つの革命なのです。

IR: それは官僚主義と闘う方策でもあるのでしょうか?

NM: それに打ち勝つための方策です。他のシステムを提案することによって。なぜなら私たちが受け継いでいる統治モデルは、それ自体がラテンアメリカにおける植民地の遺産であるブルジョワ国家を統治するモデルを体現しているからです。チャベス大統領は公的政策の新たな運営モデルを構築したミシオン(訳注:チャベス政権が開始した一連の社会プログラムで、教育、食糧、医療、住宅など多方面に渡る)を通じてそれを打ち負かしてきました。私たちは、ミシオンに“路上の政府”を付け加えているところですが、“路上の政府”はチャベス司令官の直接の指示であると言ってもいいでしょう。彼が私たち、当時副大統領だったエリアス・ハウアと、政治副大統領の私に、地方化された―彼は“民衆的”と呼びました―政府システムを作り上げていくようにと命じました。私はそれに“路上の政府”と名付けたのです。すべては、一つの社会主義モデルの哲学の範疇にある指示と指導で、そこにおいては権力はエリートのものであってはなりません―ブルジョワエリートのものでも、官僚主義化したり、ブルジョワ化したりする新興エリートのものであってもならない―だめなのです! 私たちは権力が民主化していること、そしてそれが官僚主義やブルジョワ化に対するワクチンとなること、さらには、それが私たちに“社会主義的効率”の獲得を可能とするものであることを望んでいます。

IR: もし12月8日の地方選挙で反対派が勝ったとしたら、2015年に憲法廃止の国民投票を呼び掛ける可能性があります。この点に関してはどう見ていますか?

NM: 私たちはあらゆる場面に備えて準備をしています。民衆には常に真実を伝えていきます。もし反対派が12月8日の選挙戦でかなりの票を得ることに成功したならば、彼らは私たちの祖国を分裂させ、独立をなきものにし、ボリバル共和国の概念を再び掲げたチャベス司令官の革命を終わらせるために、政情不安定化を押し進めようとするはずです。彼らはまず暴力的な政情不安定という状況を強要して、それから米国が今日ラテンアメリカが有しているレベルの独立と団結を破壊しようとするでしょう。

私たちには大きな責任があります。私たちの地域でもう一つ世界を実現可能なものとし、米国の帝国主義という経済的、軍事的、政治的な覇権なしで、多極的な世界を構築することに寄与する可能性がある計画を、私たちが護っているからです。南の民衆の権利―欧州が新自由主義から逃れるために、欧州の民衆の権利も含めて―を尊重するもう一つの世界の誕生の大きな部分は、私たちはもはや米国の“裏庭”などではないという考えを強固にするため、ラテンアメリカにおいてパワーとバランスのブロックを構築するという考えが決定的に勝利するかにかかっています。そうしたことすべてが、かなりの部分において、ここで起こること次第なのです。

IR: 去る4月14日の反対派の結果について、どう説明しますか? また来たる12月8日の選挙をどのように勝利しようと考えていますか?

NM: 常に反対派に何となく投票してきた有権者が存在します。しかし4月14日に私たちに投票しなかった人々の大部分は、不満や上手く出来なかったこと、蓄積してきた問題などが原因でそうしたのです。しかしながら、これらの有権者は、右派のクーデター主義的で反ボリバル主義的な無謀な計画にはけっして同調しませんでした。そういったベネズエラの人々に対して継続的に、私たちはつねに路上にいて、物事を改善するために働いていると言っています。彼らはそれが簡単なことではなかったことをわかっています。また最も英雄的な偉業は、4月14日前夜にウゴ・チャベス司令官の死という歴史的悲劇を凌駕したことでした。集団として喪を乗り越えること。人は喪に服すとき、絶望的な精神状態に陥り、何も信じられなくなることがあります。ベネズエラの民衆の多くは、深い喪に服しました。そして私たちの国を脅かす心理戦のエキスパートたちがその瞬間とその弱った状態を利用し、激しい攻勢を仕掛けてきたのです。それゆえ私たちの4月14日の勝利は本当に英雄的なものでした。

私たちが今実施していること―“路上の政府”、経済の復興、街の治安の悪さや汚職といった差し迫った課題への対応―が、12月8日の大勝利のために大きな力を私たち与えてくれるでしょう。そして、それは21世紀の社会主義構築への道が再びクリアになることを保証するものとなるでしょう。

IR: 汚職との戦いをどこまで進めようと考えていますか?

NM: 最後の結果までです。私たちは全力で進めます。私たちは、腐敗しきって衰退の段階にいる第四共和国の相続人である汚職まみれの右派と対決しています。しかしまた、私たちは革命の領域に、あるいは政府内部に巣食う汚職とも対決しているのです。停戦はありえません! 私は清廉潔白な調査官たちによって構成される秘密グループを作り、彼らはすでにいくつもの重大なケースを暴き出しました。すでに私たちは最高幹部からも数人を逮捕しましたし、私たちは厳しく追及し続けていきます。彼らは裁かれ、行くべき場所へ行くことになるでしょう。刑務所です。

IR: 経済の状況をどう見ていますか? 何人ものアナリストがインフレが高水準であることを警告しています。

NM: ベネズエラ経済は、南アメリカとラテンアメリカの統合で築かれる新たな経済的な場の構築という枠組みにおいて、“21世紀の社会主義”的で多様化した新しい生産モデルへと向かう移行期にあります。忘れてはならないのは、今私たちがメルコスール―現在私たちはメルコスールの臨時議長国を務めています―のメンバーであり、さらにはALBA(米州ボリバル同盟)のメンバーでもあり、ペトロカリベを率いていることです。これら全ての地理的-人口的-経済的な塊は、この大陸の24カ国を取りまとめるものであり、それによって―メルコスール+ALBA+ペトロカリベは―ほぼ世界第四位の経済となるのです…。私たちはベネズエラの経済を変容させ、この新しい経済の枠組みの発展と連結させ、そして私たちは私たちで世界経済へ-有利な状況で-一体化しなければならないのです。それは依存であってはなりません。それだからこそ、私たちは移行期にあると私は言うのです。

インフレに関して言うならば、私たちは私たちの通貨に対する極めて冷酷で投機的な攻撃に苦しんだものの、現在それを克服しつつあるということです。そしてまた、様々な商品供給における破壊工作もあります。それらすべてがインフレを引き起こすのです。しかし、私たちはすでにそれを制御し、均衡させることが出来るようになり始めています。そして、後期の残りの期間でこの状況を克服するだろうと私は確信しています。

私たちは通貨を安定させていきます。すでに供給は安定し始めていますが、この金利生活者的で依存的なモデルから脱却していくために最も重要な鍵は、私たちの生産を多様化することです。私たちは食糧生産、農産加工業、重工業といった鍵となる分野への大きな投資に着手しています。私たちは外貨を呼び込み、技術をもたらす国際資本を引き付けているのです。最近私たちは欧州を周ったのですが、フランス、イタリア、ポルトガル…からの資本が来るだろうという、極めて明るい見通しを持っています。私たちは、ベネズエラの中間工業を発展・多様化させる技術とともに、ブラジル、インド、中国からの資本が来ることを望んでいます。ベネズエラが多様化した独自の動力を持ち、石油だけに依存しないために、さらには、この先の50年、80年のために最強の動力を構築するために。私たちが忘れてはならないのは、ベネズエラは地球上で最も重要な石油埋蔵量を有し、ガスの埋蔵量は第四位ということです。ベネズエラは、金融的、経済的に大きな力を持つ経済なのです。これから、とくに2014年からは、ベネズエラ経済の押しの強さと成長のレベルの回復を目にすることになるでしょう。

IR: 国際的報道機関から大きな批判を受けた供給の問題は、どう説明できますか?

NM: 供給は“沈黙の戦争”の戦略の一部で、そこでは国内と国際的な経済勢力に伴われた政治勢力が、昨年12月から今年3月にかけてのチャベス司令官の深刻な容態を見ながら、ベネズエラの経済プロセスのキーポイントを攻撃し始めました。また、これはベネズエラの為替システムに生じた失策によっても後押しされたのですが、この失策を私たちはすでに改善しました。この反ボリビア主義勢力が、私たちが輸入している商品の供給を徐々に攻撃し始めたのです。さらに、ある種の商品の不足について説明するには、ベネズエラ国民の購買力が増大を続けていることを考慮しなければなりません。私たちの失業率はわずか6%で、ここの都市部の最低賃金はラテンアメリカで最も高いのです。もう一つ重要な点は、FAO(国際連合食糧農業機関)が認めているように、私たちは世界で最も飢餓と闘ってきた国であることです。こうしたことすべて-これを考慮することはとても重要です-が国民の消費力を生み出し、毎年10%を越えて増大しています。消費は国の生産力と私たちの輸入による供給メカニズムの容量を超えるリズムで成長しているのです。

チャベス司令官と最後に個人的に話をした2月22日、私たちは経済状況を評価し、供給停止について話したのですが、彼は私に「私の病と深刻な病状、そして新たな大統領選挙が行われる可能性を利用するために、“経済戦争”が勃発した。今回の場合ブルジョワジーは帝国の支援を受けて、ボリビア主義革命に強烈な一撃を加えるため、困難な経済状況を作り出そうとするだろう」と言いました。

私たちはすでにこの状況から抜け出しつつあります。ベネズエラ国民に食糧が不足したことは一度もありませんでした。一度たりとも。どこでもいいので庶民的な地区へ行ってみてください。私はそこの1980年代の様子を知っていますが、子供たちは痩せこけ、人々は一日一食、時には犬の餌を食べていました…。この国にある最も貧しい地区、好きなところに入って行って、食糧貯蔵庫を開ければ、肉、米、オリーブ油、牛乳などが手に入るでしょう。国民は食糧を保証されていて、彼らが私たちに対して行った“経済戦争”の最悪の状況においてもそれを手にしていました。決して、それが欠けることはなかったのです。

それだからこそ、私たちには社会的・政治的安定があるのです。現在、この戦争は11年前のものとは大きく異なっています。当時は、財界の長カルモナ・エスタンガが出てきてゼネストを呼びかけました。古ぼけた官僚主義的な労働組合の長カルロス・オルテガが出てきてストを呼びかけました。彼らが表に出て、経済における妨害工作を引き受けたので、2002年から2003年には社会的爆発というような状況を誘発する寸前までいった大規模な供給停止がありました。しかし、今は違います。今は“静かな戦争”であり、“ソフトな戦争”、ワシントンのスローガンによると“ソフトな外交”です。2002年から2003年に統治していたジョージ・W・ブッシュは粗暴でした。「私は侵略する!」と言って侵略し、「私たちは○○政権を倒す!」と言ってそれを倒しました。現在それはソフトなもので、隠蔽されており、ファシズム的傾向の右派が現れて、微笑みながら「この政府は、商品を供給できないから無能だ」と言うのです。彼らこそが、国際的な経済界とともに、国に損害を与える計画の背後にいるというのに。しかし、私たちはこれを克服しつつあり、自分たちにワクチンを打っているところです。将来は、彼らがこの同じメカニズムで攻撃することは不可能となるでしょう。

IR: 経済において、民間セクターにはどんな役割があると見ていますか?

NM: 歴史的にベネズエラの民間セクターはほとんど発展していません。国内の中産階級が存在したことは一度もなかったのです。基本的に民間セクターは、石油が現れたときに、むしろ石油収入の所得に関連する要素として発展しました。ベネズエラのブルジョワジーの巨大な富はほとんど全て、米ドルの操作に関連しています。それが商品を輸入するため(商業ブルジョワジー)であっても、収入を得て、それを国外の巨大銀行に置くためであってもです 。こういうわけで、100年に渡って私たちは、例えば、ブラジルやアルゼンチンが有するような生産的なブルジョワジーを有することがありませんでした。今がまさに、 国のための真の富の生産に関連する計画を伴って、民間セクターが再生しているのを私たちが目の当たりにしているときなのです。

ベネズエラの社会主義モデルにおいて、民間セクターには経済の多様化において果たすべき役割があります。常日頃からウゴ・チャベス司令官は、それが小企業でも、中企業でも、大企業でも民間セクターとの関係を支援し、混合企業の発展と国際民間資本の到来をを支援しました。ベネズエラには、どの分野に外国からの投資が必要かを選択するために発展してきた経済的思想があります。どんな資本がどんな条件で来ることができるのか。例えば、私たちの石油は国有化されていますが、オリノコ油田地帯において世界のあらゆる資本からの投資を可能にする様々な様態が存在しています。そこには世界中からの企業、国際資本40%でベネズエラ資本60%の混合企業があります。私たちは、彼らからしかるべき税金-かつては1%でしたが、現在は33%-を徴収しています。ベネズエラは、国際資本を受け入れるための憲法上の保証を全て提供しているのです。

IR: 為替管理は維持するつもりですか?

NM: 為替管理は成功したシステムです。去る2月には経済と通貨に対する冷酷な攻撃から身を護るため、私たちは通貨ボリバルを、いわゆる適正化しなければなりませんでした。ベネズエラは、現在あるこの為替のタイプを操作することができていて、それをさらに改良中です。私たちは通貨を強化し、投機的攻撃に対するワクチンを打って、兌換可能な外貨取り扱いシステムを改良しなければなりません。

IR: あなたは先ほど“効率”を口にしました。“効率”に関しては、とりわけ経済の分野においてどのような進歩が見られましたか?

NM: 第一に、CADIVI(外貨管理委員会)システム、ベネズエラにおいて為替管理を扱う機関に実質的な改善がありました。実際に、事前管理、事後管理、経済界が必要とする外貨の割当において大幅に改善されたのです。もう一つの極めて重要な要素はSICAD(外貨管理補助システム)の創設でした。これは完璧に機能している競売メカニズムである上に、現在では一般の人々が参入できます。誰もがSICADに行くことができるのです。ごく普通の人々が、一切の検問を受ける必要なしに日常生活のための外貨を入手できる。それらが具体的な進歩です。

しかし、また私たちは、金融副大臣ネルソン・メレンテ率いる経済を指揮するための参謀本部を設置しました。そこには経済分野の大臣が全員います。各大臣はベネズエラで起こる各トピックを監督、支援、指揮しなければなりません。私たちは重要な58のトピックを選出しました。私たちは、そうした商品の一つ一つの生産状況、どんな投資が不足しているか、何が国内での商品化の足かせになっているのかといったことを永続的-日ごとの場合も、週ごとの場合もあります-に追跡調査しています。言ってみれば、私たちは経済を支配するために鍵となるメカニズムを獲得しつつあるのです。一国を政治レベルで支配するのと同様に、経済を支配しなければなりません。私たちは社会主義を構築しようとしているのですから、なおさらです。

資本主義とはアナーキズムの王国です。経済的なものにアナーキズムが存在するときには、最も力を持つ者が支配します。金融資本です。今日、実際に欧州を支配しているのは誰でしょうか? 金融資本です。欧州においてはこの金融資本が、第二次世界大戦後に築かれた福祉国家を解体しています。ベネズエラでは違います。私たちは社会主義を建造するための経済政府を構築しているのです。経済はなんの役に立つべきでしょうか? 市民に健康、食糧、まともな住居、無料の教育…を保証するためです。こうした普遍的権利は誰のおかげなでしょうか? フランス革命と啓蒙運動で、それは私たちの大地に到達し、シモン・ロドリゲスの手でラテンアメリカ的混血へと解釈され、ボリバルがそれを護りました。それは最も偉大な人類の遺産の一部です。しかし、金融資本はこうしたもの全てを否定するのです。

IR: 政権のこの100日において、私たちの印象では、ベネズエラの最も重要な外交政策上の危機はコロンビアとのものでした。現在ボゴタとの関係はどうですか?

NM: この100日で私たちは、大陸の新たな独立を保障するために、新しい地域の地政学と戦力システムの構築に向けて、全ての戦略的関係の軸を強化することに成功しました。コロンビアとの意見の不一致は、明白なことですが、対話を通じて処理されました。私たちはそれを乗り越える方向に向かう方針を立案したのです。私はフアン・マヌエル・サントス大統領の言葉を信じており、話し合ったことを達成できるように望んでいます。私たちが二つのモデルの間で平和的でプラスとなる共存関係を持てるだろうと、私は信じています。ベネズエラモデルのように社会主義的で、21世紀のキリスト教的革命であり、平等主義、民衆の民主主義というモデルと、もう一つのモデル、私はそれを評価することはしませんが、私たちのものとは異なるモデルです。私たちはシャム双生児のように、共存することを余儀なくされています。私たちは共存が可能であることを示しました。願わくば、コロンビアで支配的な政治界と経済界、そして政権を指揮するサントス大統領が、共存と敬意が私たち二カ国の発展にとって基本であることを理解してくれればいいのですが。

IR: ワシントンとの関係はどうですか?

NM: まず最初に言いたいのは、バラク・オバマは状況が生み出した大統領だということです。米国を支配するエリートの内部の状況です。どうしてオバマが大統領になったのでしょうか? 帝国主義的な計画で米国を支配する軍-金融-通信の複合産業の利益にとって都合が良かったからです。おそらく、米国とその拡大の歴史を深く知る者であれば、それが現在まで存在してきた中で最も強力な帝国であり、世界支配という計画を携えていることを認識するでしょう。そのエリートたちが、自分たちの利益に応じてオバマを選び、そして、計画していた目的の一部を達成しました。ジョージ・W・ブッシュ時代に評判が失墜し、孤立した国となった米国を、オバマの恩恵によって、再び影響力と支配力を持つ大国にすることです。かつてないほどにワシントンの見解に服従している、欧州のケースを見ればわかるでしょう。

欧州の4カ国がその領空への進入を拒んだときに、ボリビア大統領エボ・モラレスに起こったことは、どのように欧州の政府がワシントンから操られているかという深刻な状況を証明するものです。実際に非常に当惑する状況です。欧州の人々がそれを知っているのかどうか私にはわかりません。なぜなら、存在する通信のコントロールによって、しばしばこうしたニュースが陳腐化されて、脇に置かれてしまうからです。しかし、極めて重大なことです。オバマは、帝国の政治的影響力における拡大を達成したのです。

米国は、軍事的・経済的支配において拡大するという新たな段階に向けて準備を進めています。ラテンアメリカにおいて、その計画とは、私たちを再び彼らの裏庭へと戻すために、変革の進歩主義プロセスを逆行させることです。それだからこそ、彼らは私たちを経済的に支配し、同じ過去の方式を再開するためにFTAA(米州自由貿易地域)計画を-別の名前を使って-再開しているのです。 オバマの任期下であったことに注目してごらんなさい。ペンタゴンから指揮されたホンジュラスのクーデタ。エクアドル大統領ラファエル・コレアに対するクーデタの企ては、CIAの遠隔指揮によるものでした。ワシントンが動いたパラグアイのクーデタは、大統領フェルナンド・ルーゴ排除のためでした…。誰もペテンとは呼べません。もし米国が有利な条件があると見なしたのならば、再びラテンアメリカを暗闇と死で埋め尽しにやって来ることでしょう。

それだからこそ、オバマ政権と私たちの関係は分裂症的なものなのです。彼らは、私たちを“ソフト外交”で騙すことができると考えています。私たちが彼らに“死の抱擁”をさせると思っているのです。私たちはこれについて極めて明快に計画しました。あなたたちにはそこであなたたちの帝国主義的計画があり、私たちにはここで私たちの解放の計画がある。安定した永続的な関係が可能となる唯一の形式は、彼らが私たちを尊重することなのです。それだからこそ、私は言いました。「ヤンキー とそのエリートの無礼に対しては許容ゼロ。私たちはこれ以上それを許容しない」

もし私たちを侮辱し続けるのであれば、私たちはその攻撃ごとにさらに強い力で応じるでしょう。許容ゼロのときが来たのです。

IR: 最近のALBA首脳会議において、あなたはALBA-メルコスール-ペトロカリベの連結を提案しました。それは太平洋連盟[1]に対する応答ですか?

NM: そうではありません。それは歴史的な必要性なのです。私たちは獲得してきた経済的な場を強化しなければなりません。メルコスールは極めてプラスの変化を経験してきました。そして、現在ベネズエラの加入と、次のボリビアの加入、そしてありうるエクアドルの加入によって、メルコスールは南アメリカにおいて最も重要な場を占めるようになり始めるのです。

ペトロカリベは、カリブ18カ国のエネルギー、経済、金融、社会の安定を可能にした素晴らしい現実です。そして、ALBAは先駆的なもので、そこではラテンアメリカの交換単位スクレ(地域統一決済システム)、あるいはALBA銀行、そして、経験と場を獲得しつつある”国営大企業”のようなその他の経済的な試みが行われました。

新しい経済モデルを規定するために、すでに勝ち取った全ての場を結びつけるときが来たのです。そのメルコスール-ALBA-ペトロカリベという広大な場にを一つにするときが来ました。繰り返しになりますが、それは私たちの場においてほぼ世界第四位の経済となるでしょう。そして、それは偽の自由貿易ではありません。なぜなら自由貿易は偽りなのです! サメとイワシがいる海洋で、サメがイワシを食べてしまうことなしに、自由な往来が可能だと思いますか? 不可能です。自由貿易は黄金の種をちっぽけな鏡と交換するようなもので、500年前に私たちを植民地化したシステムです。私たちは、その金融と通貨メカニズムによって多様で補完的な発展した経済区域を強化し、私たちを強力な経済ブロックへと変えなければならないのです。そして、そこからロシア、インド、中国、南アフリカと関係を持つ。欧州、米国と私たちの貿易・経済関係を定義し直す。そこで私たちは二度と植民地の役割を担うことはありません。

IR: EUとの関係をどう見ていますか?

NM: EUは世界を均衡させる大きな勢力となる機会を喪失しました。私たち地球上の全ての人々は、EUが世界を均衡させる力となることを切望しました。しかし、そうはならなかったようです。金融資本と300年に渡って欧州を指揮してきたエリートの植民地主義的な古い複合体が、欧州の人々の大多数の民主主義的、民主化的な意識を支配していくようです。私たちはEUに何を望んでいるのでしょうか? その政策を変えて、ワシントンの前に膝まづいているのをやめ、世界に視野を広げること、そして、社会主義的福祉国家を取り戻し、私たちと平等、繁栄、成長に基づく関係を確立するための大きなチャンスとしてラテンアメリカを見ることです。当然のことながら、共に発展するために、私たちはEU-ラテンアメリカ・カリブ同盟を発展させていくこともできるのです。私たちはそのための準備をしています。私たちは西欧の文化を完璧に理解していて、混血という独自性があるものの、私たちはその一部をなしているのです。ところが、欧州のエリートたちは私たちを理解しません。それが克服されるといいのですが。

IR: チャベス大統領は、ベネズエラを“多極化した世界”の“大国”とすることを望んでいました。対外政策において、その方向性は続いていますか?

NM: もちろんです。短い人生においてチャベスは、思想、インスピレーション、シンボルとしてボリバルを救い出しただけではなく、その戦略化を成し遂げました。世界に二つのモデルを共存させることに成功したのです。新自由主義-資本主義モデルと、正義と社会主義に基づくボリバル主義-独立-チャベス主義モデルです。今日の地球上全てで、この二つの計画について議論されています。米国の帝国主義という単極の覇権への回帰というモデルか、もしくは、多極化した複数の中心を持つ世界というモデルか。

チャベス司令官は、帝国主義に支配された世界を解体するために、力の軸、力の核、力の輪を発展させる政策を形作りました。そして、とりわけ、国際関係の新しいシステムを構築するためでした。その国際政策が発展しなければ、人類は存在してゆくことができないでしょう。もう一つは、何もしないでいて、帝国が世界を征服し、それを再び支配し、遅かれ早かれ私たちを奴隷化するのに屈服することです。私たちはそれを許しません。

(2013年7月30日インタビュー)

(訳: 高際裕哉・海老原弘子)

[1] チリ、コロンビア、メキシコ、ペルーによって構成される貿易ブロック

 Entrevista A Nicolás Maduro “El ‘gobierno de calle’ es una revolución dentro de la Revolución” -IGNACIO RAMONET

Traducción : Yuya TAKAGIWA e Hiroko EBIHARA

 (ル・モンド・ディプロマティク・スペイン語版2013年9月号より)

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