ついに最終回。本稿ではサパティスタの思想を理解する上で、重要な記述が含まれています(最初から読みたい方はこちらからどうぞ)。

サパティスタとアナキズムの関連は良く指摘されるところですが、マルコス副司令官の愛読書の一つセルバンテスの『エル・キホーテ』は、読書を自由をこよなく愛するスペインのアナキストたちの愛読書でもありました。

20世紀前半のスペインで大きな勢力となったアナキストたちは、キホーテが所有を非難し、国家を否定し、自由を賞賛したことから、セルバンテスはアナキズムという最新の思想を先駆者であったとみなしたのです。スペインのアナキズムの祖父と呼ばれるアンセルム・ロレンソは、もしセルバンテスが生きていれば、自分たち(アナキスト)の1人であっただろうと語り、キホーテはアナキストという解釈で『現代のキホーテ』というソネットまで制作されています。

バクーニンとトルストイを読んで

脳が錯乱した信奉者は

未来の社会を設立するという

とんでもない罪に着手する 

信仰で胸を膨らませ 冒険へと歩む

白い影を伴う謎の幻視家 

Trastornado su cerebro por la lectura

De Bakunins y Tolstoi, el sectario

Comienza con un delito extraordinario

A organizar la sociedad futura 

Lleno de fe el pecho, camina a la aventura,

Con sombra blanca el místico visionario

P.Valbueno『Un Quijote Moderno』

(『Visiones del Quijote』Alvaro Armeroより)

また、ドゥルティの部隊で市民戦争を闘い、フランス亡命後もボルドーでCNTを設立、最後にはピレネーの山村バナットに居を構えたCNT組合員フアン・ヒメネス・アレナスは、キホーテ好きだったことから「バナットのキホーテ」として名を残しています。

そして、CNTが発行したタバコ引換券にはキホーテの絵が!

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後にバルセロナがアナキズムの都となることを考えると、 行く先々でからかわれてきたキホーテとサンチョがバルセロナで盛大に迎えられる続編の中の場面が預言的なものに思えますね。

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六つ目のピース―メガポリティクスと小人

6はいたずらがきで作られる

私たちは、国民国家が金融市場から攻撃を受けて、メガシティへと分解せざる得ないことについて話をした。だが、新自由主義がその戦争を進めているのは、国や地域を「結合させる」ためだけではない。その上、破壊/絶滅、再建/再編というその戦略は、国民国家の中に亀裂を生み出しているのだ。これが、第四次世界大戦にあるパラドックスの一つである。境界線を消し去り、国家を統合する定めにあることから、境界線の増加と国家の紛糾を誘発する。

もしまだ、このグローバリゼーションが世界大戦の一つであるということに疑念を持っているならば、国民国家の経済基盤と経済全体を打ち砕くこの危機の犠牲者であるソ連、チェコスロバキア、ユーゴスラビアの解体によって生じた数々の紛争のことを考えて欲しい。

メガシティの構築と国家の解体は、国民国家の破壊がもたらす結果のひとつだ。これらは別々の出来事なのか? 起こりつつある危機の兆候なのだろうか? 無関係なことなのか? 商業上の境界線の撤廃、通信コミュニケーションの急増、情報ハイウェイ、金融市場の力、国際的な自由貿易協定はすべて、国民国家の破壊に貢献している。逆説的ではあるが、グローバリゼーションが生み出すバラバラになった世界は、せいぜい経済の架け橋で連結された小さな密室の集まりにすぎない。割れた鏡に写る世界は、新自由主義のパズルという無意味な世界的な統合だ。

しかしながら、新自由主義が世界を破壊するのは、単にその統合を望むからではない。この戦争を指揮する政治的・経済的中枢を生み出すためでもあるのだ。メガポリティク(メガ政策)について語ることが急務となる。メガポリティクは各国の政策を組み込んで、それを彼らの理論、つまり市場理論で動き、グローバルな利益を有する中枢と連結させるのだ。その名によって、戦争、予算、商品の売買、外交的な承認、貿易ブロック、政治的支援、移民法、国交断絶、投資が決定される。つまるところ、国家全体の生存が。

金融市場は各国の政治的傾向など気にもかけない。その目に留まるのは経済プログラムに関するもの。金融の規律があらゆるものに課される。世界の主が左派政権の存在を容認するのは、市場の利益を害する可能性のある政策は一切用いないという条件においてのみだ。支配的なモデルから乖離した政策を、彼らは決して認めない。

メガポリティクの目には、金融という巨人の命令に従うべきである小人たちが各国の政策を押し付けているように写っている。このような状況は永遠に続くだろう…。小人が反逆するまでは。

これがメガポリティクが示す図だ。そこには一片の合理性も見出すことができない。

七つ目のピース―抵抗のポケット

7はポケットを描いて作られる

「始めにまず、抵抗と政治的反対を混同しないように。反対は権力に反対することはなく、その形式は最終的には野党となる。それに対して、定義の上で、抵抗が政党になることはない。つまり、統治のためではなく、抵抗するためのものなのだ。(トマス・セゴビア『申し立て』メキシコ1996年)[1]。

外見上のグローバリゼーションの無謬性は、現実の執拗な不服従にぶつかっている。新自由主義がその戦争を継続している一方で、抗議する人々のグループ、抵抗の核が地球を横断するように形作られる。ポケットをふくらませた金融帝国は抵抗のポケットという反逆に直面しているのだ。そう、ポケットだ。あらゆるサイズがあって、色や形も様々。その唯一の共通点は「新世界秩序」と第四次世界大戦が象徴する人道に対する罪への「抵抗」という意志である。

新自由主義は何百万という人間を服従させようとし、「余剰」はすべて処分しようと考える。しかし、その「使い捨て」の人々が反逆する。女性、子供、老人、若者、先住民、エコロジスト、ホモセクシャル、レスビアン、HIV感染者、労働者といった新秩序の行く手を阻み、組織を作って闘うすべての人々。「現代性」から追放された人々が抵抗を編んでいく。

例えば、メキシコにおいては、テワンテペク地峡総合開発計画の名の下で、当局が広大な工業地帯を建設しようとした。この地帯はメキシコ産原油の三分の一を精製して、石油化学製品を生産する「組み立て工場」から構成されることになる。海洋を繋ぐルート、つまり道路、運河、地峡横断鉄道が建設されるだろう。200万人の農民がこうした工場の労働者となるはずだ。メキシコ南東でも同様に、ラカンドンの密林で始まっている長期地域開発計画は、尊厳や歴史だけでなく、石油やウランでも豊かな先住民の土地を資本が自由に使えるようにするという目的を伴っている。

これらの計画はメキシコを、南とそれ以外に分断することになる。実際に、これは反乱に対する戦略の中に含まれており、1994年に生まれた反新自由主義の反逆を包囲する目的のペンチのようなものだ。その中心には、サパティスタ民族解放軍の反逆する先住民がいるのだから。

反逆する先住民という問題については、括弧が必要である。サパティスタは、メキシコにおける民族の主権の回復と防衛は反自由主義[2]革命の一部であると考えている。だが、逆説的なことに、サパティスタは国の分断を望んでいると非難されているのだ。現実には、分離主義に言及しているのは、石油が豊富なタバスコ州の企業家とチアパス選出の連邦議会議員、そして制度的革命党(PRI)のメンバーであるのに。サパティスタは、グローバリゼーションに立ち向かうには、国民国家の防衛は必要不可欠であり、メキシコを粉々に壊すという試みは、先住民の自治という正当な要求ではなく、統治している集団に由来するものだと考えている。

EZLNおよび全ての民族的先住民運動は、先住民がメキシコから分離することを望んでいるのではない。彼らは、その特異性を保ったままで、国の不可欠な部分として認知されることを望んでいるのだ。彼らはまた、メキシコが民主主義、自由、正義を伴うことも熱望している。EZLNが護るものが民族の主権であるなら、メキシコ連邦軍が護るのは、重要な基礎を破壊し、巨大な外国資本や麻薬密売人に国を差し出す政府である。

新自由主義に対して抵抗する人々がいるのは、メキシコ南東の山の中だけではない。メキシコの他の地域、ラテンアメリカ、米国、カナダ、マーストリヒト条約の欧州、アフリカ、アジア、オセアニアにおいて、抵抗のポケットが増殖している。それぞれに、固有の歴史、特異性、類似性、要求、闘争、成果がある。もし、人類が生き延びて、向上することを望むのであれば、唯一の希望が残っているのは、疎外された人々、取り残された人々、「使い捨て」となった人々が形作るこうしたポケットの中である。

これは、抵抗のポケットの一例であるが、それほど注意を払わなくてもよい。例ならば抵抗の数と同じようにたくさんあり、この世界の数々の世界のように多種多様なのだ。あなたが好きな例を描くといい。このポケットの場合は、抵抗の場合と同じように、多様性が豊かさである。

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この七つのピースを描いて、色を塗り、切り取った後で、あなたは組み立てるのが不可能なことに気がつく。これが問題である。グローバリゼーションは、はまるはずのないピースを組み立てたいと欲しているのだ。この理由があるからこそ、そして、本文では触れることのできない他の理由があるからこそ、もう一つの新しい世界を築く事が必要なのだ。無数の世界を、全ての世界を中に収めることが可能な世界を。

愛の中に潜む夢を語る追記

海は私の側に横たわる。彼女はずっと以前から不安と不確かさ、数々の夢を共にし、現在は森林の熱帯夜の中で私と眠っている。私は、夢の中で麦のように波打つ彼女を見て、私は以前と変わらない彼女に再会しまたもや驚く。私の側で温かく、瑞々しい。息苦しさが私をベッドから追い出し、私の手はペンをつかむ。何年か前のように今回も、老アントニオを連れ戻すためだ…。私は川下の探検に同行してくれるよう、老アントニオに頼む。私たちは食べ物を少しだけ持っていく。何時間も気まぐれな流れに沿って進み、空腹と暑さが私たちに襲いかかる。私たちはイノシシの群れを探して午後を過ごす。彼らに追いついたときにはほとんど夜になっていて、一頭の巨大なイノシシが群れを離れて、私たちを攻撃する。私は自分の軍事的知識を総動員する。武器を取り出し、一番近くの木に登る。老アントニオは攻撃を前にしても平然としたまま、走る代わりに雑木林の後ろに身をおく。巨大なイノシシが全力で彼を目掛けて直進し、彼は枝と棘に身を埋め込む。そこから出てくる前に、老アントニオは古びたカービン銃を持ち上げ、あっという間に夜の食事を手にいれる。夜が明け、近代的な自動ライフル(M16、口径5.56ミリ、射程距離460メートル、照準眼鏡付、90発装填可)の清掃を終えると、私は戦場日記を書く。起こったことを省略して、「イノシシに追いつき、A.が一頭殺害した。高度350メートル。雨は降っていなかった」とだけ記す。

私たちは肉を焼こうと思っていたのだが、私は老アントニオに自分の分はキャンプで行うパーティのために使おうと言う。「パーティだって?」火をおこしながら彼は私に訊く。「はい。あなたにそう言いました。何月であっても、いつも祝うべきことはあります」。そして、私はサパティスタの歴史カレンダーと祝事について輝かしい論述を続ける。老アントニオは私に黙って耳を傾けている。彼には興味がなさそうだと思ったので、私は寝仕度をする。夢の中に落ちてゆきながら、私は老アントニオが私のノートを掴んで、何か書くのを見る。翌日、朝食の後で、肉を分け合って、それぞれが自分の方向に立ち去る。キャンプに戻ると、報告書を書き、何が起こったのか知るためにノートを見せる。「これは君の字ではないね」と言って、私にノートの1ページを示す。そこには、私が書いた後に、老アントニオが大きな字でこう書いていた。「君が理性と力の両方を手にすることができなければ、いつも理性を選んで、力を敵に渡してしまう。数々の戦闘においては力によって勝利を手にすることができるが、戦争で勝つのは理性のおかげだ。権力者は決して自らの力から理性を得ることはできないが、私たちはいつでも自らの理性から力を引き出すことができる」。

そして、もっと下の方に小さな字で「楽しいパーティを」と。

明白なことだが、私はもう空腹ではなかった。サパティスタのパーティは、いつものことだが、本当に楽しかった。

マルコス副司令官

サパティスタ民族解放軍(EZLN)

メキシコ、チアパス州

[1] 訳注:セゴビアは共和主義者であったことから、メキシコに亡命・帰化したバレンシア生まれの詩人

[2] 訳注:スペイン語でリベラルは、ネオリベラルと同じ「新自由主義」という意味で用いられるようになっていおり、反保守という意味合いではProgresistaプログレシスタ(革新)が用いられることが多い

第四次世界大戦が始まった(1)-マルコス副司令官

第四次世界大戦が始まった(2)-マルコス副司令官

第四次世界大戦が始まった(3)-マルコス副司令官

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