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昨年2013年の始めに、 OWEN JONES オーウェン・ジョーンズ著『Chavs: La demonización de la clase obrera(チャブズ―労働者階級の悪魔化)』という一冊の本が話題になりました。

チャブズは、2011年夏の「ロンドン暴動」でも注目を浴びましたが、英国の貧しい地区で勉強も仕事もせずに、生活保護で暮らす若者たちで、人種差別的、粗野でアル中、高級ブランド(特にバーバリー)の偽物を身に付け、趣味の悪い身なりをしている…というようなイメージが一般的でしょうか。ジョーンズは著書の中で「チャブズ」という概念が英国の政府とマスメディアが一体になって押し進めた新自由主義プロパガンダの一貫であり、これによって英国の市民が新自由主義を受け入れる価値観が浸透したことを、実例を挙げながら明かしていきます。

ジョーンズによると、チャブズに対する拒否感は、労働者階級が悲惨な状況にいるのは彼ら自身の責任であるとすることで、富の大部分を蓄積するエリート層の存在を正当化することを目的とした新自由主義者たちの戦略がもたらした結果の一つ。「貧困と失業はもはや社会問題ではなく、個人的な欠点と関わりで認識される。貧しいのは、怠け者だからというのだ。だとすれば、福祉国家は何のためのものなのか?」。

振り返ってみれば、日本の場合も、新自由主義政策を一気に押し進めた小泉政権下では、全ては個人の責任という「自己責任」という言葉がマスメディアに溢れていました。マスメディアを通じて私たちが触れる、一見新自由主義とは何の関係もないように見えるニュース報道やTVの娯楽番組などが、新自由主義的な価値観を植えつけるプロパガンダの役割を果たしているというジョーンズの説は、説得力があり示唆に富むもの。邦訳が出るといいなと思っています。

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月曜日にバルセロナで著者オーウェン・ジョーンズの講演会があったので行ってきました。『Qui té poder, avui?(今日、権力を持つのは誰か?)』というタイトルの講演は、連続講演『La idea d’Europa(欧州というアイデア)』の一つで、有料(3ユーロ)だったにもかかわらず、会場は満席。ガーディアン紙のジャーナリストではあるものの、著作一冊だけということを考えると、意外なほどの大盛況でした。欧州議会選挙まで一週間を切り、さらに英国で極右政党UKIP(英国独立党)の優勢が伝えられる中で、英国の現状を知りたいという人たちがたくさんいたようです。私もその一人でした。

司会者のコメントにもありましたが、距離的には近いにもかかわらず英国の状況というのは、マスメディアを通じてほとんど入ってこないのが実情。これは他の欧州諸国に関しても同じで、特に各国の大手マスメディアが取り上げることのない左派の動きというのは、全然伝わってこない。だからこそ、『チャブズ』のスペイン語訳が出版されたとき、新自由主義の聖地とも言える英国から、突如「労働者階級」というコンセプトを掲げる20代の若者(現在29歳)が現れたということが、かなり衝撃的で大きな注目を集めたわけです。

講演は、労働者階級が存在感を持つ福祉国家であった英国が、ソ連の崩壊を社会主義の終焉と位置づけ、オルタナティブはないと主張する新自由主義者たちの手によって、どのように変化していったのかを説明し、緊縮政策を阻止するために労働者が国境を越えて連帯する必要性を説くものでした。ジョーンズは、昨年2013年2月ガーディアン紙に掲載された公開レターがきっかけとなって、翌3月に創設された緊縮政策に反対する組織People’s Assembly Against Austerityの呼びかけ人の1人です。

緊縮政策に苦しむ欧州の国と言えば、スペインを始め、ギリシャ、ポルトガル、イタリア、アイルランドと、いわゆる「PIIGS」を思い浮かべますが、実は新自由主義という方針を取っているEUの加盟国はどこでも、程度の差はあるものの同じような緊縮政策が進められているのです。そして、英国やフランスなどでは、新自由主義イデオロギーで切り捨てられた「チャブズ」、つまり貧しい白人の労働者階級が極右の支持基盤になっています。

「緊縮政策に苦しむのは、怠け者で身の程知らずの生活をしたのだから、自業自得」と、国民全体がチャブズのように扱われた南欧諸国においては、極右の勢力がさほど拡大していないことも、偶然ではないでしょう。ちなみに、ギリシャに関しては極右政党「黄金の夜明け」がマスメディアに度々取り上げられますが、実際に勢力を伸ばしているのは急進左派連合SYRIZAに他なりません。それにしても、二十歳そこそこの学生にしか見えない英国人の若者が「欧州の労働者よ、団結せよ!」と語るのは、かなりのインパクトでした。

正味3日間のスペイン滞在だったのですが、確認しただけでもエル・パイスエル・ムンドと大手も含めた新聞6紙で取り上げられた他、雑誌GQサイト版にもインタビューが掲載されるなど、左派の論客にしては異例の注目度。どうしてだろうと不可解に思っていたら、彼の著作はスペインで一番売れたそうです。

講演の際にジョーンズは労働者階級の社会主義者一族の四代目だと紹介されましたが、話を聞いてみると、いわゆる社会主義者にしては相当ラディカル。エル・ムンド紙の記事によると、「バクーニンの話しかしないような男たちに囲まれて育った。そして、ジャーナリスト、ローザ・ルクセンブルクを過剰なまでに賞賛する女たち。祖父はスターリンがクレムリンに腰を据えるまでは、共産主義の主張を固く信じていた。両親は、参加していたトロツキー主義者のグループの会議で知り合った…」とかで、そのあたりがスペインの左派の人々の共感を呼んだのかもしれません。

また、チャブの語源はジプシー(ヒターノ)の言葉で若い男を意味する「チャビ」ということなのですが、バルセロナ生まれのジプシー音楽ルンバ・カタラーナにはそのままズバリの『チャビ』という歌があります。

これは、ルンバ・カタラーナの王様と呼ばれるペレがヒターノの言語Calo カロで歌ったもの。このルンバは民主化後の70年代後半になると、鉄くずなどを集めて売ることで生計を立てる人々を意味する「Quincallero キンカレロ」から派生した「Kinki キンキ」と呼ばれる労働者階級の若者のサウンドトラックとなります。

くず集めで生計を立てるのが主にヒターノだったことから、キンキは主に犯罪とドラッグに手を染めるヒターノの若者を指す言葉となり、実在のキンキを主人公にした映画『Perros callejeros (野良犬)』がヒットしたことで、一つのブームとなりました。当時の社会問題を反映した現象という視点から2009年にはこのブームを扱った展示『Quinquis dels 80. Cinema, premsa i carrer』も企画されました。

キンキが住むとされるのは郊外のベッドタウン。このキンキという言葉によって、民主化の原動力となった労働者が多く住む地域が、「ヤバい」地域というレッテルを貼られました。ただ、キンキが現在の英国の「チャブ」と異なるのは、社会システムから疎外され、生き延びるには法を犯すしか術がない中で、自由になろうともがく彼らの姿が一部から共感を持って受け止められたことで、ルンバのヒット曲には、彼らへの理解を示す歌がいくつもあります。Los Chichos ロス・チチョスの『 El vaquilla』もその一つ。

キンキについては音楽方面の興味から知っていたのですが、この「悪魔化」が民主化後の労働者運動に与えた影響は少なくないはず。スペインの左派の人々が「チャブズによる労働者階級の悪魔化」に反応したのは、こういう歴史があってのことなのかもしれません。

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Chavsチャブズと新自由主義” への1件のフィードバック

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