監視帝国に対抗して

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ブエノスアイレス(アルゼンチン)では去る3月12日から14日に文化省と国民思想戦略調整局長リカルド・フォルステルの主催で大きな意義のある解放と対等のための国際フォーラムが開催され、米国、ラテンアメリカ、欧州から錚々たる顔ぶれが集まった。ラテンアメリカだけではなくいくつかの欧州の国々でもまた、ラテンアメリカで実施された革新的な進歩を理解する新しい政治組織(Syriza シリザとPodemos ポデモス)が状況を変革して「緊縮」政策の拒否と社会参加という解決策をもたらそうとしている。こうした国々において、まさにその真っ只中を生きつつあるこの時機について考察しようとするものだ。

その稀に見る邂逅の枠組みにおいて私たちは、世界で最も著名な知識人の一人で米国の友人ノーム・チョムスキーにインタビューすることができた。どのようにして今よりも暴力や格差が少なく、より公正な社会を構築するかを何十年も考え続けてきた人物だ。

イグナシオ・ラモネ(以下IR):ノーム、去る3月9日にバラク・オバマは大統領令に署名し、ベネズエラが米国の国家安全保障にとって「尋常ではない並外れた脅威」となりうるとして、米国における「非常事態」を布告しました。あなたはこの宣言をどう思いますか?

ノーム・チョムスキー(以下NC):私たちは慎重になって、その宣言における二つの部分を区別しなければなりません。一方は、ベネズエラの公務員7人に制裁を課したという現実の出来事です。もう一方は、どちらかといえばテクニカルな側面、米国の法律が定めている形式です。大統領が制裁を科す場合には、その国家によって「米国の国家安全保障と生存への脅威」があると主張する、この馬鹿げた宣言を引用しなければなりません。米国法のテクニカルな側面です。実際のところ、あまりにも馬鹿げているために、今までは一度も強調されることがありませんでした。しかし、今回はそれを執拗に主張しました。なぜならラテンアメリカにおいて生じたからです。通常この宣言においてこの文脈全部に言及することはなく、私の記憶ではオバマが「米国の国家安全保障と生存への脅威」を援用したのは9回目です。というのも、法律によって制裁を課すことを可能にするために彼が利用できる唯一のメカニズムなのです。つまり、重要なのは制裁です。それ以外の部分は不合理な形式で、私たちが省略してもいい時代遅れのレトリックです。いずれにしても、何の意味もありません。

とは言え、ときには意味のあることもあります。例えば、1985年にロナルド・レーガン大統領は「ニカラグア国は米国の国家安全保障と生存への脅威である」と言ってこの同じ法律を援用しました…しかし、この場合にはそれは真実でした。なぜなら、国際司法裁判所(ICJ)が米国にサンディニスタ政権に対するいわゆる「コントラ」の不適切な使用を通じてニカラグアを攻撃するのを終わりにするように命じたときに起こったからです。ワシントンはそれを気にかけませんでした。一方で、そのときには国連安全保障理事会もまた「すべての国」に国際法を尊重するように求める決議を採択しました…特にどの国かに言及したわけではありませんが、誰もが米国について言及していたことを知っていました。

ICJは米国にニカラグアに対する国際テロ行為を終わりにして、首都マナグアに膨大な賠償金を支払うように求めました。しかし、米国議会がしたのは、ワシントンから資金提供されてニカラグアを攻撃していた武装勢力(「コントラ」)への資金を増やすということだったのです…言い換えれば、レーガン政権は自らのやり方でICJの決定に反対して、その要求を踏みにじったのです。そうした状況の中でレーガンはカウボーイブーツを履いて、ニカラグアは「米国の安全保障と生存への脅威である」と宣言したのです。まさにあのとき、レーガンが「ニカラグアの戦車はテキサスのどんな街にでもわずか二日で到達する」と言った有名な演説を行ったことを、あなたは覚えているでしょう…つまり、「差し迫った脅威」があると宣言したのです…さて、レーガンによればあの「脅威」は一つの現実でした…しかし、現在はそうではありません。オバマのものは、いわばレトリックの形式、テクニカルな表現とでも言うものです。もちろん、ベネズエラ政権を揺らがせる目的で宣言に劇的な効果を付け加えようとしています…そうした場合にほとんどいつも、ワシントンがやっていることです。

IR:あなたはウーゴ・チャベス大統領を知っていました。そして、チャベスはあなたに大きな賞賛を抱いていました。あなたの著作の何冊かを褒め称えていました。彼についてどんな思い出がありますか? そして統治者としてのチャベス、とりわけラテンアメリカにおける彼の影響に関しての意見を聞かせてもらえますか?

NC:チャベス大統領が国連で私の著作(邦訳『覇権か、生存か―アメリカの世界戦略と人類の未来』)を示した後、Amazon.comでとてもよく売れたことを告白しなければなりません(笑)。友人の詩人に、Amazonの売り上げランクの最下位のあたりにあった本が急に何千冊も売れたねと言われました…彼にはチャベス大統領が自分の本も国連で示してくれないものだろうかと聞かれましたよ…(笑)。そうですね、チャベスとは大統領官邸で何度か会話をしただけです。ある友人とカラカスで一緒にいたときには、私たちは基本的にはどのようにチャベスが権力に就いて、どのように米国が反応したか、というようなことばかりを話しました。チャベスはベネズエラ、そしてベネズエラと世界との関係に本質的な変革を導入しようとして大変な努力をしました。彼の最初に行った行動の一つが、バレルあたりの原油価格が上昇するように石油をほぼ独占していた石油輸出機構(OPEC)を説得して、減産の実施を達成したことです。彼に聞いたところによると、それがベネズエラに反対する姿勢を米国が決定的にしたときであったということでした…その前まではベネズエラを容認していたのです…チャベスは他にも多くのことを行いました。キューバなどのカリブ海諸国に石油を低価格で都合しました。医療システムの改善に尽力し、貧困を減らし、「ミシオン(訳注:チャベス政権が開始した一連の社会プログラムで教育、食糧、医療、住宅など多方面に渡る)」を創始しました。これらは、貧しい人々を支援するための大きな努力を意味するものでした。

この点ではある程度の成功を収めましたが、とりわけ、権限不足、汚職、ストライキ対策といった深刻な困難に直面しました。最終的な結果は、ベネズエラにとって国内的に難しい状況となっています。そして、最も深刻な問題―いまだ克服されていません―は、ラテンアメリカにとって全般的な問題でもあります。なぜなら、これらの国々は全て、第一次産品の輸出に基づいた持続不可能な経済発展のモデルに依存しているのです。ある国がそれ(経済発展)を手にする―アルゼンチンやブラジルは知っているでしょう―のは、真に複合的な産業の発展が可能となるような方法で経済が多様化したときなのです。しかし、農産物や鉱産物のみに基づいた産業は持続可能なモデルではありません。考えてみると、英国、米国などを筆頭に発展した国々はみな、元々は基礎生産品の輸出から始まりました。例えば、米国が発展したのは19世紀において最も重要だった基礎生産品の一つをほぼ独占していたからです。それは奴隷キャンプを備えた大規模農場で生産した木綿でした。もしナチスがそのキャンプを見ていれば、大きな感銘を受けたことでしょう。そして、このようにして米国は産業よりもずっと急速に木綿の生産を増大することに成功しましたが、それには技術的な革新はありませんでした…奴隷の拷問に用いる鞭を除いては。拷問など身の毛もよだつようなことを大規模に用いたことで木綿の生産は極めて急速に増大し、奴隷の主人たちは金持ちになりましたが、もちろん、製造業も発展したのです。

例えば、米国の北東部のことを考えてみましょう。主要な工場がある工業地帯で、当時は木綿を扱っていました。木綿から生地を生産していたのです。これと同様のことが英国でも起こりました。英国人は米国から木綿を輸入して、最初の工場を発展させました。これによってまた、金融システムの拡張も可能となりましたが、それは資金の貸付などの金融取引に関する非常に複雑な操作でした。こうしたものが全て、木綿の栽培から始まったのです。商業システム、産業システム、金融システムです。

さて、米国はまた、発展した他の国々と同じように、今日「健全な経済」と呼ばれるものを尊重しませんでした。今日宣言されている原則を破っていましたし、高い関税などの保護主義的なメカニズムが存在していました。そして、それは1945年、米国が実際に鋼鉄など様々な工業生産を発展させることができるようになるまで続きました。このようにして、発展は可能になるのです。もし、ある国が自ら第一次産品の輸出だけにとどめると、破綻することになります…それがベネズエラで起こっていることです。経済があまりにも大幅に石油の輸出に依存し続けています…そのモデルは持続不可能なのです。そしてまた、大豆などの農産物の輸出にだけ基づいた経済もまた持続不可能です。従って、私たちは英国や米国が行ったのとは異なる発展の形式に移行しなければなりません。もちろん、他の欧州諸国とも異なるものです。例えば、フランス。フランスの富の20%はハイチ人への拷問の産物です…残念なことに今日もまだそれは続いています。同様のことが植民地を有した他の国々の発展の歴史にもあります。

ベネズエラはこの難題を克服していません。そして、他にも深刻な国内問題を抱えていて、もちろん米国はそれが悪化することを願っています。そして、制裁はこのことを達成するための努力の一つであると私は考えています。私の意見では、ベネズエラの良い対応の一つは単に無視することでしょう。もちろん、制裁は現実なのですから、それを無視することはできません…しかし、あなたが指摘したこと、「米国の国家安全保障への脅威」というその馬鹿げた主張を無視することは可能です…これにそれ自体では何の意味もないということを繰り返しておくのは重要です。さきほど言ったように、形式上の表現の一つなのです。米国においてマスメディアはこのことを指摘すらしませんでした。重要なのは、この場合にラテンアメリカで起こった反応です。

実際にはホンジュラスのクーデターを支援した指導者はオバマだけです

IR:去る12月17日に バラク・オバマ大統領とラウル・カストロ議長が宣言を行い、それぞれ別々にキューバと米国の国交正常化を発表しました。オバマ大統領はその宣言において、経済封鎖を含めた米国の政治的圧力の50年間が何の成果も生み出さなかったこと、政策を変更しなければならないことを認めました。あなたはキューバと米国の国交正常化についてどう考えますか? ハバナとワシントンの間の関係の推移、そしてそのラテンアメリカ全体に対する影響をどう見ていますか?

NC:小さな訂正があります。それは「正常化」ではありません。第一に、正常化となりうるものへと向かう一歩です。つまり、輸出の禁止と制限、両国間の自由な渡航の禁止などはまだ消滅していないのです…しかし、事実上は正常化への一歩を成すものであり、今回のオバマの分析とプレゼンにあるレトリックを観察するのは非常に興味深いことです。彼が言ったのは、「キューバに民主主義、自由、人権をもたらすため」の50年間の努力が失敗であったということです。そして、不幸なことに他の国々は私たちの努力を支援してくれませんでした。従って、私たちが世界に対する親切として行っている政策の中心である民主主義、自由、人権の押し付けへの私たちの貢献を継続させるには、私たちは他の方法を見つけなければなりません。だいたいのところ、これが彼の言ったことです。ジョージ・オーウェルを読んだ人は知っていますが、政府が何かを言ったときには、それをもっと明快な言葉に翻訳しなければなりません。オバマが言ったことの意味は次のようなものです。50年間私たちが行ってきた大規模なテロ行為、容赦のない経済戦争によって米国は完全に孤立してしまった。私たちはこの50年間でキューバ政府を転覆させることができなかった。そういったわけで、他の解決策を見つけてみたらどうだろうか? これが演説の翻訳です。これが彼は本当に言いたかったこと、あるいは、スペイン語や英語に言い換えてみたものです。

そして、こうした問題の大部分は北米での議論の中でも欧州での議論中でも省かれていることを思い出しておくべきです。事実上米国は、ジョン・F・ケネディ大統領の下でキューバに対して重大なテロ活動を行いました。あの当時にテロ行為は極限に達しました。しばしばフィデル・カストロ暗殺の企てに関する議論が起こります。そして、石油化学施設への攻撃、ホテルーそこにロシア人が宿泊していることを知っていましたーへの爆撃が行われて家畜が殺害された、などなど。つまり、極めて大規模な活動で、それは何年間も続いたのです。

さらには、米国が直接的なテロ行為を終わりにした後に、1990年代にマイアミをベースに私たちが支援のテロ行為と呼ぶものが出現しました。加えて、アイゼンハワーによって始まった経済戦争が現実にはケネディ時代に推進されて、その後さらに強化されました。経済戦争の口実は「民主主義を据え付ける」でも「人権の導入」でもなく、ソ連という大悪魔の取り巻きであることを理由にキューバを罰することでした。そして、「私たちは自己防衛しなければならなかった」のです。私たちがニカラグアなどの国々から「自己防衛しなければならなかった」のと同じです…。

ソ連が麻痺状態に陥ると、禁輸はどうなったでしょうか? 経済封鎖は悪化しました。さらにクリントンは封鎖の拡大でジョージ・ブッシュ(父)との勝負に勝ちました。クリントンはそれを以前よりももっと強力に実施したのです。ニュージャージーのリベラルな議員という立場からは奇妙なことです…さらに悪いことに、それからしばらくしてキューバ経済を窒息させ、崩壊させる努力が強化されました。こうしたのも全ては、明らかなことですが、民主主義とも人権とも全く関係ありません。冗談にすらなりません。ラテンアメリカの暴力的なテロリスト独裁政権に対する北米の支援の記録を見るだけで十分です。それらを支援しただけではなく、それらを押し付けたのですから。アルゼンチンのケースのように、そこでは米国が独裁政権の最も熱心な支援者だったのです。グアテマラ政府が明らかな大量殺戮を行っていたときに、レーガンはそれを支援することを望みました。しかし、議会が彼に対して一定の限度を定めました。だからこそ、彼はそれをアルゼンチンでやってみたらどうだろうかと言ったのです…私たちが望むことをするように、私たちはアルゼンチンの軍人をネオナチに変容させました。残念なことに、その後アルゼンチンは民主主義へ移行しました。そこで米国はかつて手にしていた支援を失いました。そこで、グアテマラにおけるテロの軍隊の訓練を継続するために、イスラエルにすがりました。しかし、1960年代以降すでにブラジル、ウルグアイ、チリ、アルゼンチンから中米までラテンアメリカ全土におぞましい弾圧の波が押し寄せていました。米国はすべてのこうした指令に直接参加しました。以前もそうでしたが、今も続いています。

例えば、実際には2009年にホンジュラスのクーデターを支援した指導者はオバマだけです。立憲的な(マヌエル・セラヤの)政府が追い出されて、米国が承認した軍事独裁政権が置かれました。つまり、私たちは民主主義や人権に関するおしゃべりは無視していいのです。なんの関係もないのですから。努力というのは政権を崩壊させるためのものでした。そして、私たちはその理由を知っています。米国の良い点の一つは、様々な意味において自由な社会であることで、私たちには公開された内部討議の内部記録がたくさんあります。こうして、何が起こったか正確に知ることができるのです。

ラテンアメリカにおいて各国のエリートは西洋というものに傾倒しており、帝国主義的な思想を抱いていました

IR:1999年にウーゴ・チャベスがベネズエラに現れると、一連の国々が反新自由主義プログラムを採用し、いくつもの革新的政権がラテンアメリカに姿を現し始めました。ベネズエラの後に、まずルラを擁するブラジル、次にエボ・モラレスを擁するボリビア、続いてラファエル・コレアを擁するエクアドル、ネストル・キルチネルを擁するアルゼンチン、タバレ・バスケスとペペ・ムヒカを擁するウルグアイ。これがラテンアメリカに広がっていきました。実際に、今あなたが言ったように、ラテンアメリカは米国の手から少し離れました。あなたに聞きたいのは、まず、ラテンアメリカの革新的政権全般についてどんな意見を持っているのか? そして、 次に、なぜ米国はラテンアメリカにおける影響力の喪失というこの状況に陥ったのか?ということです。

NC:そうですね、世界のこの地域において極めて重要な出来事であり、あなたが今言ったことはすべて、実際に歴史上目新しいものです。ラテンアメリカについて考えるならば…500年間に渡ってラテンアメリカは基本的には西洋の帝国主義勢力、とりわけ20世紀は米国によって支配されていましたし、その前には他の国がいました…ラテンアメリカにおいて現地の人々は、総じて白人、ほぼ白人であるとても裕福な少数のエリートに支配されており、大多数は貧乏でした。その頃、こうしたエリートは自分の国とは他人のようなものでした。例えば、欧州に資本を輸出し、子供を米国に送っていたのです。彼らは自分の国のことを気にかけませんでした。ラテンアメリカ諸国の間の相互関係も極めて限定されたものでした。各国のエリートはそれぞれ西洋というものに傾倒しており、帝国主義的な思想を抱いていました。違いはあるものの、概してこれが典型的な状況でした。そして、これが500年ほど前から形を変えつつ続いてきています。

しかし、1999年以来この状況が変わり始めました。あなたが述べたことは極めて重要な変化です。歴史的な重要性をもつ局面なのです。そして、もちろん米国は全世界で最大の支配力を行使する国、大国ですが、もはや米国には欲しいと思った場所で政権を崩壊させて、軍事独裁政権を押し付けるという圧倒的な力はありません。例えば、この15年を考えてみると…クーデターがいくつかありました。2002年にベネズエラでクーデターの企てがありましたが、機能したと言えるのはたったの2日間だけでした。米国はそれを全面支援しましたが、新政府を押し付ける力はありませんでした。2004年にハイチでもクーデターがありました。さて、そこにはハイチの拷問者がいました…フランスと米国は手を組んでアリスティッド大統領を誘拐し、選挙にすら参加できないようにするために、アフリカの真ん中に送ってそこに隠蔽しておきました。まあ、これは成功しましたが、ハイチはとても脆弱な国です。2009年―そう、オバマの下で―にホンジュラスでもクーデターがありました。軍が合憲の政府を解体したのです…こうして、そこには「民主的な口実」があったので、ワシントンはそれを軍事クーデターとして非難することを望みませんでした…しかし、結局のところ米国は成功した軍事クーデター支持という姿勢において孤立してしまいました。そして、現在その国は完全にめちゃくちゃな状況です。人権に関して恐ろしい―最悪の―状況という調査があります。そして、米国への移民を考えるのならば、大きなテーマですが、移民の大部分はホンジュラスからやってきます。なぜなら、この国はワシントンが支援したクーデターによって破壊されたからです。

このように、成功と言えるケースはいくつかありますが、過去に起こったようではなく、かつてのようではありません。現在ラテンアメリカは、ある程度の独立を獲得するために一歩前進しました。前へと向かう正しい道です。そう、UNASUR、MERCOSUR、CELAC(ラテンアメリカ・カリブ諸国共同体)といった、統合へ向けた歩みを意味する様々なグループがあります。CELACは全くもって新奇なものです。米国とカナダが除外されているのですから。これは誰にも想像できなかったことです。数年前には考えられないことでした。こうしたことが全て、様々な形で反映されています。例えば「世界最悪の拷問」とでも呼べるようなものに関して、最近とても興味深い研究がありました。私たちは誰かを拘束すると、最も残忍な軍事独裁政権へと送ります。そこで罪に問われることなく拷問することで、私たちがなんらかの情報を入手することができるようにするために。これが最悪の拷問方法です。米国は何年も何年も前からこれを行ってきました。どこの国が協力するのかを知るための研究があったのです。もちろん、中東の国々です。この拷問を実行するために囚人をそこに送っていたのです。すでにシリアでアサド、エジプトでムバラク、そしてリビアでカダフィとともにこれを行っていました。そうでしょう? そして、欧州の国々はその大部分に参加しました。英国、スウェーデン、フランス、こうした国々すべてです…。

しかしながら、一国も参加しなかった地域が世界にありました。ラテンアメリカです。そして、これが実に目をひくことであり、興味深いことこの上ありません。米国の支配下にあったときには、ラテンアメリカは世界の拷問センターでした。なのに現在では、このおぞましいゲームへの、米国が導入したこのタイプの拷問への参加を拒否したのです。これは大きな意義のある変化で、実に目をひく兆候です。ラテンアメリカにおいて部分的であるものの、成功のケースがいくつかありました。ラテンアメリカは新自由主義プロジェクトに対する抵抗を先導してきたと、言うこともできるでしょう。他にも成果はありますが、まだ先の道のりは長いです。

IR:中国とのライバル関係に関して米国の外交政策について意見をお願いします。他のアナリストのように21世紀において中国は米国の戦略上の強力なライバルとなるだろうと考えますか? これは世界全体の歩みと米国の行く末にとってどんな結果をもたらしうるのでしょうか?

NC:中国は非常に効率的な方法で発展しています。それは、1949年に中国が独立したときに始まったものです。北米の話法にはそれに対する表現があって「中国の喪失」と言います。実に興味深い…「中国の喪失」…その持ち主でもないものを「喪失」することなどできません。しかし、米国では当然に私たちが世界の持ち主であると思っているので、もしある国が私たちの元から去ると、私たちはそれを「喪失」するのです…

今日中国は北米の工場のオフショア生産国です。米国の主要企業は中国で生産して、中国から輸入しています。つまり、私たちの主要企業は中国から安い生産品を輸入して、莫大な利益を得ているのです。米国企業は、国家が労働者を直接支配している場所で、抑圧された非常に安い労働力を自由に使うことができます。汚染などを心配する必要もありません。お金を稼ぐ非常に賢い方法です。従って、貿易上、金融上、産業上に極めて強い結びつきが存在します。同時に、中国は超大国として当たり前の野心を抱いています。例えば、地図をよく見ると、中国は東を一連の米国の保護国群に囲まれていて、その国々はそれぞれ領海を支配しています。中国にとってそれは好ましいことでありません。中国人は自らの領海にオフショアを拡大することを望んでいます。それで、中国と米国・日本の間に極めて深刻な潜在的紛争が浮上します。そして、その紛争は西太平洋全体に影響を及ぼします。そこは日本が帝国主義時代に全力で支配していた地域で、今でもかなりの部分を支配し続けています。これが中国は気に入らないのです。今現在、日本と中国の戦闘機が何の価値もない島々の上を継続的に通過しています。そして、そうしたことがあるとき戦争に発展する可能性もあるでしょう。同じことが米国と中国の間にも生じています。オバマの外交政策はアジアへ向けた旋回です。それはオーストラリアへの軍の派遣と中国の近くの島への巨大な軍事基地建設から構成されています。軍事基地だとは言いませんが、おそらくそうです。米国は中国から数キロのところに沖縄基地を所有していますが、その住民は軍事基地に断固として反対しています。日本がその領土を支配しており、米国はその地域に基地を維持することを望んでいます。そして、新たな基地が建設中で、住民と中国の猛反対を受けながら拡大しています。中国はそれらを全て脅威とみなしていますが、もっともなことです。つまり、米国とだけではなく、フィリピン、ベトナム、日本といった近隣国とも潜在的な衝突が存在しているのです。緊張状態という問題です。表面化はしていませんが、経済の問題、巨大な経済の相互作用の問題、そして、生産や金融、輸出などの問題もあります。こうして、おそらくこれは国際問題における極めて重大なテーマであり続けていくでしょう。そして、21世紀の新たな大国として中国がよく話題になっていました。私はあまりにも誇張しすぎだと思います。中国の成長は何年もの間非常に力強いものでしたが、今もとても貧しい国であることに変わりはありません。例えば、国連の人間開発指数(HDI)を見てみると、中国は今90位で、そこから動いていません。重大な国内問題を抱えおり、労働運動が鎖を引きちぎりつつあり、多くのストや抗議、ひどい環境問題があります。人々は汚染について話題にしていますが、もっとずっとひどい状況です。有限であると言える農業資源の破壊が起こっているのです。米国や欧州にはない途方もない問題の数々に直面しています。そして、巨大な貧困も存在し続けています。覇権国となる寸前ではありません。

こうして、東から米国と日本の中国に対する圧力が中国を中央アジアに押しやっており、最近の世界的な事項で最も重要な発展の一つが上海協力機構(SOC)と呼ばれるものの設立です。ベースは中国ですが、ロシアと中央アジアの国々、インドも含まれていて、イランもオブザーバーとしています。トルコの方へも動いていて、おそらく欧州に向かって拡大を続けていくでしょう。それによって「シルクロード」、中国を出て欧州へと向かったかつてのシルクロードのようなものが再構築されるかもしれません。ワシントンはこれが気に入らないのです。米国はSOC内でオブザーバーとなることを求めましが、拒否されました。イランなどの国々が手にしているオブザーバーの地位を米国は拒否されたのです。実際のところ、SOCは中央アジアから全ての米軍基地を撤去することを求めました。アジアには巨大な資源があります。現在のロシアとの衝突がクレムリンを中国とさらに近い、さらに緊密な関係を持つように駆り立てています。中国は支配的な力ですが、ロシアはそれほどでもありません。しかし、これは言ってみれば自然な成長のようなものです。ロシア東部には巨大な資源、鉱物資源や石油などがあります。そして、これが中国とロシアのさらなる接近をもたらすかもしれません。さらに好ましい、さらに緊密な結びつきを持った一種のユーロアジア・システムと見ることもできるでしょう。例えば、今日では中国からカザフスタンまで高速鉄道で行くことができますが、ボストンから欧州まで高速鉄道で行くことはできません。しかし、北京からカザフスタンまでなら可能なのです。これは私たちが現在目撃している展開の一部をなしており、相当に強烈なものです。これを中国ベースのNATOとみなす米国の戦略家もいます。おそらく、そうなのかもしれません。おそらく。その場合には、巨大な進歩があることになり、あなたが危機と化す可能性のある国際問題における潜在的な脅威だと言うなら、それには一理あります。

出版メディアは長きに渡って存在し続けるかもしれませんが、公的な責任があるべきです

IR:今からマスメディアに関する二つの質問をしたいと思います。一つ目の質問はジャーナリズム界に存在している出版メディアの危機に対する大きな懸念についてです。出版メディアの大危機があって、多くの新聞が消滅しつつあり、多くのジャーナリストが仕事を失っています。さて質問ですが、紙のジャーナリズムは存続し続けるのでしょうか? 紙のジャーナリズムの消滅はどのような結果を引き起こしうるのでしょうか?

NC:私はそれが不可避なものだとは思いません。興味深い例外がいくつかあります。例えば、メキシコにおいてです。「La Jornada ラ・ホルナダ」は今日二番目に重要な新聞で、とても幅広く読まれていますが、企業家クラスから全く好かれていないことから、広告を受け付けません。紙面を見ると、ブランドの広告を目にすることはありませんが、政府広告はあります。なぜならメキシコの法律がそれを、政府が全ての新聞に公式広告を掲載することを要求しているからです。生き延びていて、たくさんの人がそれを読んでいるのを目にすることができます。私が読み取ることのできた限りでは、ラ・ホルナダは良質の新聞で、生き延びつつあります。だから、私は不可能なことではないと思っています。

国連の世界人権宣言の中で条文の一つは、確か第19条だったと思いますが、報道の自由について述べています。そして、報道の自由には二つの側面があると言っています。政府のコントロールから自由な情報を生み出す権利、そしてまた、情報を受け取り、情報を自由に生み出す機会を得る権利です。これが意味するのは資本の集中なくということです。19世紀から20世紀初頭の複合的で独立した豊かなメディアは滅びました。二つの原因によって滅びました。一つ目は資本の集中で、莫大な資本が私的な商業メディアに投入されたことを意味します。そして、二つ目は広告への依存です。広告に依存すると、広告主が新聞において影響力を持つ者となり始めます。現在の現代的な新聞を見ると…一つのビジネスです。あらゆるほかのビジネスのように、市場のある商品を生み出さなければなりませんが、その市場とは広告を掲載するほかの企業で、商品とは読者のことです。しかし、商品は新聞を援助してくれません。今日の新聞はあなたを広告会社に売っているのです。テレビと同じです。テレビをつけてもお金は支払いませんが、企業、つまりチャンネルは視聴者を広告主に売っているのです。そこに、つまり広告にこそ、大きな努力が見られて、創造的な面があるのです。テレビ産業においては、広告が本当のコンテンツです。物語は単なる詰め物、人々が二つの広告スペースの間に見るものにすぎません。それが商業テレビの基本的な構造なのです。出版メディアには「ニュースの穴」という一つの用語があります。どのように作るのでしょうか?まず、広告を置きます。そうでしょう? それが大切なのですから。その後で、ここに少し、あそこも何かとニュースで埋めるのです(笑)。それが商業マスメディアのありのままの構造です。このテーマは何世紀も続く戦いでした。そして、最近アルゼンチンで目にしたことでもあります。もしかして、報道の自由とは、私企業が好き放題のことを行う自由だけを意味するのでしょうか? あるいは、報道の自由は人権に関して国連の宣言が述べていることも含まなければならいのでしょうか? つまり、人々が数多くの情報源から情報を受け取る権利、数多くの情報源から情報を集めて、情報を生み出す機会を手にする権利も含まなければならないのでしょうか?

出版マスメディアに関するあなたの質問は、そうした状況の中にあります。出版メディアは長きに渡って存在し続けるかもしれませんが、公的な責任があるべきです。そして、政府の補助金について話すときには、もし政府が民主的なものであるなら、それは民衆の補助金であることを意味します。情報があらゆる色合いで手に入る状況を保証するために民衆が参加しているという意味です。そして、数多くの多種多様なグループが自分たちの事実、自分たちの解釈、分析や調査を発表する機会などを手にするということです。それが、報道の自由をさらに豊かにしたバージョンとなるでしょう。そして、それは達成可能なことですが、ほかのテーマの民主化の方法の場合と同様に、民衆の動員が必要不可欠となります。私企業はそれ(民主化)を不可能にしようとするでしょう。それはアルゼンチンではよく知られていることです。しかし、世界のあらゆる場所で起こっているのです。

IR:あなたは最近、エクアドル大使館にWikiLeaks創設者ジュリアン・アサンジを訪問するためロンドンにいました。私はその数日前に彼に会っていました(「ジュリアン・アサンジ独占インタビュー」参照)。その一方で、エドワード・スノウデンもまたリークによって全監視システムの存在を証明し、いくつかの国家の行動、今日の監視と情報隠匿に関する国家の力を暴露しました。つまり、一方でWikiLeaks、他方でスノウデンのような「ホイッスルブローワー(警鐘を発する者)」がインターネットを利用し、ソーシャルネットワークを利用して、このところ私たちに情報に関して多くのことを教えてくれました。あなたは、こうしたタイプの新しいジャーナリズムが近い将来に通信と知的解放の領域において発展していき、市民の覚醒をもたらすものであると考えていますか?

NC:答えは、大部分の質問に対するものと同様に、市民が何をするのかかっています。あらゆる権力システムがその能力が及ぶ限り妨害してくることに、疑問の余地はありません。アサンジはロンドンのエクアドル大使館に亡命しており、英国は扉から逃げ出していかないように莫大な金額を支払っています。あなたたちも知っているように、アサンジは刑務所の中よりもひどい環境にいます。なぜなら、刑務所では監禁されていないかぎり、日の光を見ることができますが、彼にはできないからです。スノウデンはロシアにいます。あなたはエボ・モラレスの飛行機に何が起こったか知っているでしょう。ボリビア大統領がモスクワからボリビアを飛行中に、欧州の国々ーフランスやスペインなどーがワシントンのご主人様の命令でその飛行を遮ったのです…。信じられないことです! 結局、飛行機はオーストリアに着陸しなければなりませんでした。直ちに警察はスノウデンが機内に隠れていないことを確認するために飛行機に立ち入りました。これらは直接的な外交プロトコル違反であって、二つのことを示しました。第一に、スノウデンを罰するためにオバマ政権は尋常ではないほど必死であること、そして第二に米国のご主人様に対して欧州がどれほど追従的であるかということです。極めて興味深い現象です。

オバマはさらに先を行っています。他のどの大統領よりも「ホイッスルブローワー」を罰しています。米国には第一次大戦中のスパイ法である法律があります。アサンジやスノウデンが行ったような、社会へ情報を知らせるタイプの公開を避けるためにオバマはこれを利用しました。政府は「主要な敵」から身を護るために、とても口には出せないようなことをしようとしています。どんな政府にとっても「主要な敵」は自国民です。この証拠はたくさんありますし、ここ(アルゼンチン)では理解してもらえるでしょう。巨大な私企業が生活のあらゆる側面に対する横暴な支配を力が及ぶ限り守ろうとするのと同じです。このような「ホイッスルブローワー」にとって、彼らの自由で透明性のある情報のための闘いは生まれつきと言えるようなものです。彼らは成功するでしょうか? それは、アルゼンチンの独裁政権が再び権力を掌握することになりうるかどうかを知るようなものです。それは人々次第なのです。スノウデン、アサンジといった人々がそのような行動をとるとき、彼らは市民としてそれを行っているのです。彼らは人々が自分たちの政府が何をしているのか突き止めるのを手伝っています。自由な一市民としてこれ以上に高潔な仕事が存在するでしょうか? にもかかわらず、彼らは厳しく罰せられています。もし米国が彼らを取っ捕まえることができるとしたら、もっとひどいことになるでしょう。罰に苦しんだ人たちがたくさんいます。そして、これが今後も続いていくかどうかは、市民がどう反応するか次第でしょう。

(訳・海老原弘子)

(これはアルゼンチン公共放送のためにブエノスアイレスで3月13日に制作され、同局のチャンネルで3月21日土曜日に放送したイグナシオ・ラモネによるノーム・チョムスキーへのインタビューの短縮版である。完全版は同局オンラインサイト、あるいはyoutubeでも視聴できる)

CONTRA EL IMPERIO DE LA VIGILANCIA – Ignacio Ramonet

(ル・モンド・ディプロマティク・スペイン語版2015年4月号より)

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