GetInline8月27日にラバンデリアで行ったイベントの後で、映像のリストを知りたいというリクエストをたくさんいただいたので、当日流した映像をすべてアップします。

参加されなかった方のために一言説明を加えておくと、スペインにおいては「ファシズム=ナショナリズム」と理解されていることから、ナショナリズムを批判したことでフランコ派に目をつけられたロルカを出発点に、音楽を通じてファシズムとナショナリズム、さらには国家について考えるというのがイベントの目的でした。

当日は紹介した楽曲の歴史的、政治的な背景について説明を加えながら進行していったのですが、さすがに2時間近いトークの内容を文章に起こせなかったので、コメントは流れがわかるだけのものになっています。

80年代、民主化によってもたらされた自由を謳歌しているはずのスペインにおいて、バスク、カタルーニャ、ガリシアで同時にラディカルなパンク・ハードコアのムーブメントが生まれた。

「右(保守PPの前身AP)も左(社会労働党PSOE)も同じだ!」と叫んだ政治的なムーブメントを隠す煙幕としてマドリッドでMovida Madrileñaと呼ばれる「公式のカウンター・カルチャー」が作られた。非政治的な音楽は人々を非政治化するために政治的に利用されるという好例。

詩人として知られるフェデリコ・ガルシア・ロルカは、劇作家やピアノ奏者としても活躍する多才な人物だった。

民衆文化全般に大きな関心を寄せたロルカが夢中になっていたのが歌が中心のフラメンコ Cante Jondo。ギター伴奏付きの即興詩として庶民階級に楽しまれていた。

スペイン市民戦争後にフランスに亡命したCNT組合員を父に持つパコ・イバニェスがロルカの詩にメロディをつけて歌う。これを知ったサルバドール・ダリの力添えもあって、1964年にアルバムが出ることに。

ロルカの友人だったダリは、自らPVに出演するほどキューバ音楽の影響を受けたフラメンコ、ルンバ・カタラーナが好きだった。

ダリと同様に画家として有名になっていたジョアン・ミロは、イバニェスとともに反フランコの民主化運動のサウンドトラックとなったライモンを支援。

イバニェスはフランスのジョルジュ・ブラッサンスのカバーから音楽の道へ。

ブラッサンスのオリジナル。フランスのナショナリズムを痛烈に批判している。

ナショナリズムを批判するブラッサンスに影響を受けて生まれたのが、公の場での使用を禁じられていたカタルーニャ語で歌うことでフランコ政権のファシズムに抵抗したNova Cancó。

ザ・クラッシュのジョー・ストラマーはイバニェスが歌うロルカを聞いてスペインに魅せられる。

ストラマーと親しくしていたスペインの人々が、彼との思い出を記録しようと資金を集めて制作したドキュメンタリー。

アレックス・コックス監督「ストレート・トゥ・ヘル」は、スペイン南部にあるアルメリアのマカロニウエスタン用オープンセットで撮影された。撮影に参加したポーグスが滞在経験を元に作ったのがこの曲。

ストラマーとフラメンコやスペインの関連がほとんど無視されてきたのは、音楽業界の英米アングロ・サクソン至上主義が原因の一つという指摘がある。マヌ・チャオも英米ロックと一線を画す楽曲でソロデビューしたときには、クラッシュ・フォロワーとしてマノ・ネグラを高く評価していた音楽メディアにスルーされた。

この歌が完璧にフラメンコの構成で作られていることは、フラメンコの大御所ホセ・メルセによるカバーを聞くとはっきりわかる。

フランコの死後、民主制へ向かう移行期には踊りが中心の真面目な鑑賞芸術となってしまったフラメンコを民衆の手に取り戻す試みがなされる。

ロルカの詩を歌ったカマロンもまた、民衆のための新しいフラメンコを作ろうとした一人。

スペインの民主化運動で重要な役割を果たしたのがアナキスト。民主化後、アナルコシンディカリズムに固執する旧世代と新しいアナキズムを模索しようとする若者との間の世代ギャップが露呈し、若者はカウンターカルチャーの中でアナキズムの実践を始める。その中心にはスクワットとハードコアがあった。

フェルミン・ムグルサとハードコアグループDutによるビクトル・ハラの『平和に生きる権利』のカバー。バスク・ナショナリストと混同されがちなムグルサは、ナショナリストの対極に位置するインターナショナリスト(国際主義者)。インターナショナリストはすべての民族アイデンティティを対等に扱って優劣をつけない。

主流の音楽メディアから「ダサイ」とみなされていたフラメンコと最先端の音ヒップホップを混ぜ合わせたのが、バルセロナのスクワット・カルチャーから登場したオホス・デ・ブルッホ。フラメンコを取り入れること自体が主流の価値観に対する挑戦だった。

ヒップホップは米国の生まれであるものの、フラメンコにはもともとラップ的な要素がある。

反ファシズムのサウンドの中には今もハードコアの系譜が脈々と続き、新しいレベル・サウンドであるラップと融合。

ファシズム=ナショナリズムという考え方も現在まで変わらない。反ファシズムを掲げるグループはナショナリズムを痛烈に批判し、保守派の主張する「祖国」に疑問を投げかける。

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