2016年05月16日にアカデミー音羽で開催されたシンポジウム「G7サミット反対! 搾取も戦争もないもうひとつの世界は可能」で行ったスピーチの内容をまとめたものです。

本日、地中海の移民に関してお話ししようと思ったのは、この問題がもう一つの世界は可能だというスローガンを掲げた90年代末からの反グローバリゼーション運動の、欧州における大きな柱の一つだったからです。

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欧州の反グローバリゼーション運動には統一通貨ユーロへの反対不法移民の合法化という二つの柱がありました。あれから10年以上が経過した現在、統一通貨による市場統合であるユーロ圏の問題がユーロ危機となり、不法移民を生み出すシステム、シェンゲン圏の問題が地中海の危機となって、欧州を根底から揺るがしているのは、とても示唆的なことだと思います。

不法移民の問題が柱となった背景の一つが、サパティスタのマルコス副司令官が1997年8月にル・ムンド・ディプロマティクへ寄稿した「第4次世界大戦が始まった」です。

この寄稿の中でマルコスは「新自由主義の移民政策は、移民にブレーキをかけることよりも、世界の労働市場を不安定化させることを目的としている。第四次世界大戦は-その破壊/絶滅、再建/再編というメカニズムによって-、何百万という人々の移動を引き起こす。彼らの運命は、悪夢を背負ってさまようこと。仕事がある人への脅迫、人々にパトロンのことを忘れさせる案山子、人種差別の言い訳となるために」と、移民は新自由主義の犠牲者であると指摘しているからです。その移民の中でも非合法な存在とされることで合法的に基本的人権の適用から外される不法移民が最も過酷な状況に置かれることになります。

この同じ年の10月にスペインでは、ブラジル人写真家セバスティアン・サルガドが、命がけでジブラルタル海峡を渡ろうと試みる移民のフォトレポートをエル・パイス紙に発表したことで、不法移民の問題が大きくクローズアップされました。

昨年夏、EUはメルケルの難民受け入れ宣言を皮切りに、地中海を渡る移民の問題をシリア内戦など中東の問題として説明してきましたが、少なくともスペインから見る限り、地中海の問題は90 年代にスペインのシェンゲン協定調印によって生まれたものであって、現在の地中海の危機もシェンゲン圏というシステムと密接に結びつくものとなるのです。

欧州の市場統合によって急増した物流に抗議したフランスとイタリアの税関職員のストがきっかけとなって生まれたシェンゲン圏は「労働力という商品の自由な移動を保証する」ものであって、「人間の自由な移動を保証する」ものではありません。そして、人間を労働力という一つの商品として考えるからこそ、正規品である労働者と海賊版である不法労働者、つまり、不法移民に分けることができるのです。

アフリカ大陸とヨーロッパ大陸が最も接近するジブラルタル海峡、北アフリカにセウタ、メリーリャという飛び地、さらにはアフリカ大陸の北西岸近くにカナリア諸島を領有するスペインは、欧州に復帰したと同時に欧州への扉となりました。昨年夏、ハンガリーを通る難民への対策としてオルバン政権が建設して大きな議論を巻き起こした鉄線のフェンスは、セウタにはシェンゲン協定が実施となった1995年から存在していますし、欧州で国境管理にカミソリ付きの有刺鉄線が最初に用いられたのは2005年、セウタとメリーリャでした。

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また、国境を守るという名目で人命を危険にさらすことが正当化されたのもセウタでした。2014年2月6日、泳いで国境を越えようとした移民に対してスペイン市警がゴム弾や催涙ガスなどを発砲しアフリカ出身の15人が死亡するという事件、いわゆるタラハルの悲劇が起こったのです。それまでも国境を越えようとする移民と警察が衝突して死者が出ることはありましたが、警察が非武装の移民に対して、あたかも敵を前にした兵士のような、これほど明確な攻撃行動を行ったのは初めてのことで、スペインの社会に大きな衝撃を与えました。真実を明らかにして、当局の責任を追及するために、市民団体が中心になって訴訟を起こし、そのプロセスを追ったドキュメンタリー『TARAJAL- desmontando la impunidad en la frontera sur』も制作されています。

ハンガリーやマケドニアの国境管理で難民を相手に催涙ガスが用いられたケースが大きく報道されましたが、二国の政府がこうした強硬な手段に出たのも、スペインの先例でEUが黙認することを知っていたからで、ハンガリー首相のオルバンは最先端の国境管理を見るために、セウタに視察に来ています。英国を目指す難民が暮らすフランスのカレーのキャンプは大きな注目を集めましたが、90年代からセウタとメリーリャを目指す人々が暮らしているモロッコの移民キャンプの存在は全く問題にされません。

欧州は不法移民の流入がマスメディアを騒がせるたびに、国境管理を厳しくすることで対応してきました。このスペイン当局の変化の背景にあるのも、今回の地中海の危機なのです。タラハルの悲劇に関する訴訟が予想よりずっと早く、この秋に不起訴処分となったのも、昨年夏からの難民危機を前EUからのプレッシャーがあったと考えられています。

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FRONTEXサイトより

欧州への《不法入国》ルート

  1. 西アフリカルート
  2. 西地中海ルート
  3. 中央地中海ルート
  4. プッリャ・カラブリア(イタリア)ルート
  5. アルバニアからギリシャへの迂回ルート
  6. 西バルカンルート
  7. 東地中海ルート
  8. 東境界線ルート

今はトルコからギリシャに渡るルートばかりが取り上げられていますが、欧州への不法入国ルートは大きく分けて8つあり、最も多くの不法入国があったルートは2014年まで、イタリアのランペドゥーザ島からシェンゲン圏入りする東地中海ルートで、2014年の統計ではギリシャルートの5万830人をはるかに超える17万7760人の入国が記録されました。そして、ギリシャを通ってドイツに向かうバルカンルートが閉鎖されたことで、東地中海ルートを通る移民の数が急増しており、今年は27万人がこのルートから欧州入りすると試算されています。その大半はアフリカ人です。

さらに、今回の地中海の危機がクローズアップされたのも、ランペドゥーザ島沖で発生した海難事故がきっかけでした。2013年10月3日に、500人以上の難民を乗せてリビアを出港したトロール漁船が火災を起こし沈没、366人が犠牲になるという事件が起こったからです。難民のほとんどはエリトリアとソマリア出身者でした。そして、地中海で人命が失われている状況を前に、EUに対策を求める市民運動が要求していたことは欧州に渡る安全なルートを確保することであったにもかかわらず、EUはこの問題には一切触れることなく、難民の受け入れ上限を決めるという方向性で動いていました。

そうした状況の中で起こったのが、トルコ海岸のシリア難民の男の子の遺体写真を皮切りにしたメディア主導の地中海の危機でした。この報道の後、世論を追い風にする形でEUは難民割り当てプランで合意しました。ちなみに、この割り当てプランも「ギリシャとイタリアに集中する難民を他の欧州各国に割り当てる」というものにもかかわらず、メディアの報道がギリシャからの難民の動きに集中しているのは、「地中海の危機は中東の問題」と主張するために、アフリカ出身者が大部分を占めるイタリアルートの移民の存在は不都合だからだと思われます。

このように、アフリカからの移民の流入が急増した背景には、EUの国境管理の問題が大きく関わっています。ジュネーブ条約に加盟している欧州諸国は、一度領土を踏んだ人たちは、たとえ不法入国者であっても、直ちに強制送還することはできません。彼らには難民申請して保護を求める権利があるからです。そのため、EUはシェンゲン圏の境界線を厳重に管理すること、難民の可能性がある人々を域内に入れないことで、難民申請の数をコントロールしてきました。

アフリカと欧州を隔てる地中海の管理の中心を担ってきたのが、1990年代初めに創設された5+5 DialogueやForoMedと呼ばれるものです。欧州側スペイン、ポルトガル、フランス、イタリア、マルタ、アフリカ側モロッコ、アルジェリア、リビア、モーリタニア、チュニジアが協力して地中海を管理するシステムです。EUは経済、政治協力の名目で資金を提供して国境管理を外注し、北アフリカの独裁政権を冷酷な門番として利用してきました。

さらに、最先端の監視システムを用いて、地中海を渡ろうとする移民の船を見つけると人命の安全を守るという建前で出発地に送り返し、アフリカからの人々が欧州に近づくのを拒んできました。よりリスクの高い小さな船で地中海を渡る移民が増えたのも、小さい船の方がレーダーに映りにくいからです。

こうして、両岸から地中海に築き上げられていた見えない壁を突きくずしたのが、アラブの春による北アフリカの独裁政権の崩壊でした。これによって、北アフリカ側の厳重な国境管理が継続出来なくなったことで起こっているのが、現在の地中海の危機なのです。その一方で、中東からの移民/難民の流入を管理するためにEUがトルコを必要としていること、それもかつての北アフリカのように強権的な政権が統治するトルコを必要していることを熟知して動いているのがエルドアン政権です。

そして、EUが頑なに難民の割り当てにこだわっていることからわかるように、現在の移民の流入の問題は人数が多すぎることではなく、移民が一部の国に集中してしまうということです。シリサ政権は難民の受け入れを表明し、ギリシャにとどまることを呼びかけましたが、多くの難民は危険な旅を継続してさらに北を目指そうとしました。また、スペインには11月に受け入れプランに従った最初の難民グループが到着したのですが、当初19人の予定が最終的に飛行機に乗ったのは12人と、7人が土壇場でスペインに来ることを拒みました。

移民の貧困率が56%に登るスペインは、67%のギリシャや48,2%のイタリアに次いで移民に最も魅力がない欧州の国です。最低賃金はスペイン757ユーロ(9万3000円)、ギリシャ648ユーロ(7万9000円)に対して、難民から人気のドイツは1473ユーロ(18万1100円)と、圏内の経済格差が問題の根本にあるのは、最低賃金1923ユーロ(23万6500円)のルクセンブルグと194ユーロ(2万3800円)のブルガリアを同じ経済圏に組み込もうとするユーロ圏の問題と全く同じ構図に成っています。

シェンゲン圏というのは、経済や労働法上の格差を維持したままで労働市場を統一することによって、経済的に強い国に労働力を集中させ、労働者間の競争をさらに激化させることを目的とするシステムなので、一定の国々に移民や難民が集中するのはシステムが機能している何よりの証拠です。賃金や労働条件、あるいは経済の格差を是正して、どの加盟国に住んでも同じような生活レベルが確保できるのであれば、移民も難民も自然にばらけるはずです。しかし、そこに手をつけたくないEUは、人工的に「割り当てる」プランでお茶を濁そうとしたのですが、このプランは強制移住させない限り実現不可能なこと、問題の本質は中東の戦争難民ではないこと、EU自身が誰よりも分かっています。

ユーロの危機の根本にギリシャが抱える、到底返せる見込みのない負債の問題があるように、地中海の危機の背景にもアフリカの貧困と政情不安定を生み出す原因と成っている超過債務の問題があるからです。このようには、現在、欧州が直面する二つの危機の背景にあるのが、返せる見込みのない債務という問題で、シリサ政権が欧州の左派を一番がっかりさせたのも、反緊縮を貫けなかったということより、債務の問題を解決する有効なツールである不当債務を切り札に、債務の返済を拒まなかったことでした。そして、6月のスペイン再選挙で成立する可能性のある左派連立政権にも、欧州の政治の場に不当債務の問題を持ち込むことが期待されています。

今までご説明したような背景から、「地中海の危機」の解決を求めるスペインの組織は「移民と難民は違い、EUが受け入れるべきなのは難民だけ。そのためには、不法移民が入れないように厳格な国境管理、つまり地中海の要塞化が必要」という方向のEUとは大きく異なる主張をしています。国境の解放、不法移民の労働の権利の確保、難民の定義を経済難民、環境難民にまで拡大というのが基本的な方針で、バルセロナでは土曜日に国境の開放を求めるデモが行われ、EU支部の前で占拠キャンプが始まりました。

最後に1997年1月にバレンシアで行われたイタリア人作家のウンベルト・エーコの講演から一部を引用したいと思います。

ヨーロッパが相変わらず移民の事例として扱おうとしている現象は、どれも実は移住の事例なのである。第三世界がヨーロッパの扉を叩いているのだ。そしてヨーロッパがどうぞと言わなくても入ってくるのだ。 問題は次の千年の間に(予言者でないわたしには、いつと断定できないが)、ヨーロッパが多民族大陸に、あるいはそう呼ぶ方がよければ、「有色」大陸になるだろうということだ。もしあなた方が望めばそうなるだろうし、望まなくても、やはりそうなるだろうということだ。

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