248_temporal大きな戦慄が走った。去る5月22日、オーストリア極右政党の大統領候補者ノルベルト・ホーファーは最終的に大統領に選出されることはなかったものの(僅差[1])、49.7%のオーストリア国民がネオ・ファシストに投票した事実から、オーストリア国民が何を恐れているのか問うことに意味はあるだろう。

フランスの歴史家、ジャン・ドリュモーは「社会の歴史の中で恐怖の形は多様に変化してゆくが、恐怖は存在し続ける」と述べた。20世紀まで人類への災厄は主に自然、飢餓、寒波、地震、洪水、火災、食糧不足、あるいはペスト、コレラ、結核、梅毒などの伝染病の大流行によって引き起こされてきた。かつて人類は常に脅威となる外的な世界に身を晒して生きてきた。災厄はとどまることなく人類を脅かし続けてきたのだ。

20世紀の前半には大戦争の恐怖が刻まれている。1914年から1918年の第一次世界大戦、1936年から1939年のスペイン内戦、そして1939年から1945年の第二次世界大戦。産業のように大量生産される死、聖書のエクソダスのような国外逃亡、大規模破壊、迫害、絶滅収容所……。1945年、第二次世界大戦と原子力爆弾によるヒロシマとナガサキの破壊の後、世界は核戦争の黙示録的な恐怖に常に脅かされてきた。しかしこの恐怖は1989年の冷戦の終結とともに、核兵器の拡散を制限し禁止する国際条約の締結を経て徐々に消え去っていった。

しかし、これらの条約の存在でリスクが消えたわけではない。とりわけチェルノブイリでの原子力発電所事故は、核の恐怖を蘇らせた。また近年フクシマで起こった原子力発電所事故によっても同様だ。日本のように高度な技術で知られる国でさえ、安全に関する基本的な原則を踏みにじり、数十万の人間の健康と生命を危機に晒したことを知って世論は呆然とした。

精神史の歴史家たちは、いつの日にか2010年から2020年にわたる私たちの時代の恐怖を問うことになるだろう。そして、西欧社会を攻撃し続けるジハード主義のテロリズムを例外とし、新たな恐怖とは、どちらかといえば経済的で社会的な性質(失業、プレカリアート、大量解雇、強制立ち退き、新たな貧困、移民、株の大暴落、デフレーション)を帯び、衛生状態(エボラ出血熱、出血性の伝染病、鳥インフルエンザ、チクングニア熱、ジカ熱)、あるいは環境問題(気候変動、自然環境の深刻な変化、手の付けられない巨大火災、環境汚染、大気汚染)から発生していることを見出すだろう。これらの問題は集団的な領域にも個人的な領域にも同じように関係している。

こうした全体的な文脈の中で、ヨーロッパの社会は大きく揺り動かされ、巨大な暴力のトラウマと衝撃に服従している。金融危機、大量の失業、国家主権の終焉、国境の消失、多文化主義、福祉国家の解体によって、多くのヨーロッパ人の精神の中で指針とアイデンティティーの喪失が起こった。

欧州リスク研究所(European Risk Observatory)がEUの主要7カ国で行った最近のアンケートの結果では、ヨーロッパ人の32%が金銭的な問題に直面する恐怖を5年前よりもずっと強く感じている。29%がプレカリアートに転落する恐怖を抱いている。そして31%が失業の恐怖に脅えている。スペインでは近年貧困率が「危機的な状況」で増加しており、1340万人、つまり人口の28.6%が社会から排除され貧困に陥る危機にある……。これらの不安が階級の低下という感情を生み出している。ヨーロッパ人の50%が親の世代と比較して後退した社会に生きているという印象を抱いている。

このように、今日ヨーロッパは新たな恐怖に席巻されている。現在の危機は世界でのヨーロッパの時代の終わりを告げることになるかもしれない。ここ数か月で中東(シリアやイラク)から数十万人の移民たちがやってきてから「異邦人の侵入」への恐怖が膨らんだ。イスラムの勃興、南の人口爆発、アイデンティティーへの脅威となりうる社会文化的な変化など、もはやヨーロッパの各国政府にはコントロールできないであろう外部からの力によって脅かされているという感情が拡大している。これらすべては、汚職事件が増加し、人気のない統治者の大半が自らの正当性が崩壊する様を目の当たりにしている深刻なモラルハザードの文脈で起こっている。ヨーロッパ全土で、これらの恐怖とこの「腐敗」を極右勢力が選挙のために利用しているのだ。去る4月25日オーストリア大統領選出の予備選挙における極右の勝利が示したように。その上、その予備選挙では1945年からオーストリアを統治してきた伝統的な二大政党(社会民主主義政党のSPÖとキリスト教民主主義政党のÖVP)の歴史的な大敗が起こった。

あまりにも多くの変化が暴力的かつ突発的に起こったことで、多くの市民にとって先の見えない不安が増大している。彼らの目に世界は見通せないものになり、歴史はあらゆる種類の制御からも逃れていくように映っている。数えきれないヨーロッパ人たちが右派であれ左派であれ統治者に見放されたと感じている。 その上、こうした統治者たちはマスメディアによって止むことなく投機家、騙し屋、嘘つき、冷笑的、泥棒、汚職まみれとして描写されている。このような混乱のさなかで自らを見失って、多くの市民はパニックに陥りはじめ、かつてトクヴィルが「もしも過去が未来を照らさぬようになったならば、精神は闇の中を歩く」と表現したような感情に襲われている。

雇用への不安、アイデンティティーの喪失、ルサンチマンによって作り上げられたこのような社会的な土壌において、再び古いデマゴーグが現れる。ナショナリズム的な言説に軸を置き、外国人、イスラム教徒、ユダヤ人、ロマ民族、黒人を否定し、新たな混乱状態や新たな危機を告発する連中だ。移民たちは理想的なスケープゴートで、もっとも簡単なターゲットとなる。根本的な社会変化を象徴し、ごく慎み深いヨーロッパ人の目にも、労働市場での好ましくない競争相手に映るからだ。

極右は常に外国人を嫌っていた。あらゆる危機を唯一の犯人、外国人のせいにしようとする。民主主義政党が、ほんのわずかでも排外主義の要素を自らの演説の中に取り入れることの重大さを自問するにとどまっているという歪んだ状態から見ても、現在この傾向には火がついているように思える。

最近のパリやブリュッセルでの憎むべきテロ行為の波を受け、イスラム教徒への恐怖はさらにまた増大した。例えばフランスには500万から600万人のイスラム教徒が存在し、ヨーロッパで一番重要なイスラム教コミュニティーを有していることは思い出しておいた方がよいだろう。ドイツには400万人近くのイスラム教徒がいる。フランスの日刊紙『ル・モンド』の最近のアンケートでは、42%のフランス人がイスラム教徒のことを「どちらかといえば脅威と感じる」と答えている。ドイツ人の40%も同じ考えだ。この2カ国では住民の大部分がイスラム教徒は受け入れ先の社会に同化していないと考えている。75%のドイツ人は「全く」同化していないか、あるいは「ほとんど同化していない」と答えている。フランス人の68%も同じように考えている。

数ヶ月前に、ドイツ首相のアンゲラ・メルケルーその後2015年には亡命を希望をした80万人以上の移民を受け入れたーは異なる文化が調和的に共存するという多文化主義モデルは「完全に失敗した」と発言した。元ドイツ中央銀行幹部のティロ・サラジンは、自身が記したイスラム嫌いを掲げるパンフレットの中で、イスラム系移民には同化の意志が欠けていると批判したが、そのパンフレットはドイツの書店で大ヒットとなり、125万部も売れた。

かつて中国の発展を想像し「黄禍」と呼んだのと同じやり方で、イスラム教徒のことを「緑の禍」と呼ぶヨーロッパ人は日に日に増えている。外国人嫌悪とレイシズムがヨーロッパを席巻している。ヨーロッパのイスラム教徒には完璧とは言えない人々がいるという事実がこの傾向を助長していることは間違いない。とりわけ、マスメディアがイラクやシリアでのISIS(イスラム国連合)、あるいはダーイッシュの残虐行為を報道する中で、サラフィー主義への改宗を拡大するためにヨーロッパの自由の空気を利用しているイスラム教徒の活動家たちだ。彼らは同胞たちや改宗した若いキリスト教徒たちの教えを説く。もっとも過激な者たちは、昨今のフランスやベルギーでのテロ活動に参加した。

政治領域では、有権者の不安や苦悩を呼び覚ます劇的な演説が数多くある。選挙運動中、個人の防衛本能に訴えかける演説はよく見受けられる。慣習的な方法で恐怖に訴えかけるのだ。感情を操作しようとする。そして、この感情を利用することにかけて右派のポピュリストたちはー現在の社会的危機の状況においてーエキスパートとなった。オーストリアに限った話ではない。例えばフランスでも国民戦線とその党首、マリーヌ・ル・ペンの演説には恐怖に訴えかけないものはない。ル・ペンは身体の安全や市民の福祉に忍び寄る「脅威」を常に掻き立てる。そして彼女の政党、国民戦線をこれらの「危機」に対する「守りの盾」だと見せかけるのだ。

オーストリア自由党(ドイツ語表記による略称はFPÖ)および党首のノルベルト・ホーファーの全ての文書では、理想化された過去と守るべきアイデンティティーが執拗に強調されている。彼らは決まって「外部の敵」に言及して恐怖を煽る。つまりイスラム教徒のことで、「オーストリア国家」はそれらに立ち向かう壁として機能しなければならないというのだ。彼らは他者、外国人を国家共同体の結びつきを危険にさらすものとして批判する。あらゆる右派のポピュリスト政党の演説には他者への恐怖が見受けられる。他者は必ず敵である。他者は撃退されなければならない。なぜなら他者は「永遠なる祖国」の価値を共有しないのだから。

演説の中で、新たな極右政党のリーダーたちはEUをも攻撃する。EUをあらゆる悪で糾弾するが、とりわけ、国民国家とその国民を「危機に陥れた」という。EUが国家の分裂の責任者にされるのだ。ノルベルト・ホーファーが「ヨーロッパの闇」について述べると、聴衆は不穏な気持ちに陥いる。なぜなら、西洋とキリスト教文化圏で「闇」とは総じて無か死を意味するためだ。従ってオーストリア自由党は、オーストリア国民を光に導く「救国」の政党として現れる。

ヨーロッパのポピュリズム右派の多くは、現在のところ危機を煽って、演劇のような演出で飾ることに取り掛かっている。彼らの演説はただの幻想を生み出すにすぎない。しかし、現在のような混迷、危機、苦悩、新たな恐怖の時期においては、彼らの言葉がパニックの餌食となり狼狽している有権者たちを最も上手く捉えることができる。

(翻訳・高際裕哉/海老原弘子)

[1]郵便での投票の90万票の再集計の後、エコロジストの候補者で、経済学名誉教授のアレクサンダー・ファン・デア・ベレン(72歳)が50.3%の得票率で、極右候補者ノルベルト・ホーファーの49.7%に勝った。ノルベルト・ホーファーは一次投票の際35%の得票率を得て勝利していた。

 Los nuevos miedos– Ignacio Ramonet

 (ル・モンド・ディプロマティク・スペイン語版2016年06月号より)

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