チャオ・レゴ、ラモン・ルイス(CHAO REGO, Ramón Luis)

 

息子のマヌ、アントニオと共に。

ラモン・チャオは1935年7月21日ビラルバ(スペインのガリシア州ルゴ県)6人兄弟の末っ子として生まれた。(父親はキューバに移民したが、財産を築くこ となく帰国、スペインのガリシア州ビラルバにホテルを開業していた。)

幼少期から音楽に類まれな才能を発揮し、11歳で(1946年)地元の芸術サークルで最初のコンサートを行う。同年、ルゴ県議会とビラルバ市の奨学金でマドリッドに向かい、中等教育を受ける傍ら音楽院でピアノ、和声、作曲、音楽 史、美学等を学ぶ。

1955年スペイン政府の奨学金を得てパリに音楽留学。2年を過ごした後、フランス政府の奨学金を得てさらに2年間の学生生活を続ける。ピアノの授業ではラザール・レヴィやマグダ・タリアフロ、作曲の授業ではナディア・ブーランジェと共に学んだ。

1960年に音楽批評担当としてラジオ・フランスに入社、その後スペイン政府からの働きかけでフランス政府が放送を廃止を決定するまでラジオ・パリのガリシア語放送のディレクターをを務める。1968年スペイン語・ポルトガル語放送文化部門のディレクターに就任、1980年には両言語に加えクレオール語の文化及び報道の全放送編集長となる。この期間を通じてEl Alcázar、Diario 16、La Voz de Galicia などの新聞や雑誌Triunfoなどへの寄稿も行った。

1966年デビュー作 Georges Brassens発表。

1967年 la Guía secreta de Parísを発表。Luis López Alvarezと共に制作した『De la Bastilla a Moncada』キューバのラジオ・ラ・ハバナ主催のラジオコンクールでラジオ賞を受賞、キューバ政府からの招待でキューバを初訪問する。この旅を記した記事はPueblo紙上に第4回まで掲載されるが、第5回以降は検閲を受け未発表に終わる。

1975年Después de Franco, Españaをフランスとスペインで出版。

1982年にスペイン語文学のためのフアン・ルルフォ賞を創設。現在この賞は、スペン語圏各国から6000作品以上の応募がある重要なスペイン語文学賞の一つとなっている。同年発表した初の小説El Lago de Como は、スペイン文学賞の最終候補にまで残り、2年後にフランス語版が出版される。

1984年Palabras en el tiempo-Conversaciones con Alejo Carpentierを発表。同年にスペイン国営ラジオ主催の第一回国際ラジオ・コンクールにおいてAdelaida Blázquezと共に制作したアルゼンチン人作家フリオ・コルタサルを扱った番組が最優秀賞を受賞。翌1985 年の第二回においてもErlends Calabuigとの共同制作『De Berceo al altiplano』が最優秀賞を受賞。

1988 年第2作目の小説Son Adelfasを発表。同年フランス語版も出版される。

1990年ウルグアイ人作家フアン・カルロス・オネッティとの会話を基にした小説Onettiを発表し、セルバンテス賞を受賞。フランス語版も出版される。同年José María Berzosaが撮影したラモンによるオネッティへのインタビューがフランス国営テレビで放送される。

1991 年Le Monde Diplomatique紙への協力を開始し、1992年からはフランスの新聞Le Monde紙の文芸批評担当となる。

1992年パリのユネスコ本部において、自作の詩にAngel Parra が曲を付けた楽曲 『La travesía de Colón』を発表。またlas Notas de Viaje de Ernesto Guevara(邦訳は『チェ・ゲバラ モーターサイクル南米旅行日記』)のフランス語版に序文を寄せる。

1994年マノ・ネグラのコロンビア滞在を描いた Un train de glace et de feu を発表。スペイン語、イタリア語版が出版される。

1998年Daniel Mermetのガリシア地方を扱った6つのラジオ番組の制作に協力。この番組は翌年11月に放送される。

1999 年小説Prisciliano de Compostelaを発表。ガリシア語版、フランス語版も出版される。

2001年スペインカタルーニャ州ジローナ県の報道の自由賞を受賞。

2002 年ガリシア語の小説A paixón de Carolina Oteroを発表。2003年にはチェコ語版が出版される。

2003年10月スペイン政府から市民功労賞を授与される。

2004年11月イグナシオ・ラモネとの共著でヤセク・ヴォズニアクがイラストを担当したAbécédaire partiel, et parcial, de la mondialisationを発表。この作品はイタリア語、ポルトガル語、日本語、トルコ語、スペイン語の各言語に翻訳されてる(邦訳は『グローバリゼーション・新自由主義批判辞典』作品社2006年)。

2003年 Porque Cuba eres tu発表

2004年1991年にノミネートされたフランス芸術文化シュヴァリエ勲章を公式に受賞。

2005 年Las travesias de Luis Gontàn発表。

2007 年Las andaduras del Che(チェのさすらい)発表。

2008 年ワズニャクと息子アントニオ・チャオとのコラボレーション作品Cuba-Miracles、イグナシオ・ラモネとの共著Guia del Paris Rebelde、フランス語の作品Memorias apócrifas de un oficial napoleónicoを発表。最後の作品はスペイン語版も出版される。またUn train de glace et de feu のドイツ語版と英語版も出版される。

こうした、ジャーナリズムやラジオでの活動の他に、ジョルジュ・フェラノがテレビ・フランスのために制作した映画「Llorens Artigas (1971)」やホセ・マリア・ベルソナの「Arriba España (1976)」のなどの映画制作にも協力している。

現在はLe Monde Diplomatique紙文芸批評を担当している。