目覚めゆく広場-もう一つの世界は可能だ

アラブの春を皮切りに世界各地で大規模な市民の抗議活動が発生した2011年は、反グローバリゼーション運動に匹敵する規模で新自由主義に対する闘いが行われた年と位置づけられています。ということで、15M運動を振り返る第3回目は、反グローバリゼーション運動と15Mの関連についてまとめてみたいと思います。(第1回第2回もご覧くだださい)

まずは、反グローバリゼーション運動を簡単に振り返っておきます。前段階としてメキシコでのサパティスタ(EZLN)の蜂起(1994年1月1日)や、フランスでの金融取引への課税、いわゆるトービン税の創設を目的とする組織ATTACの誕生(1997年)などがありまずが、この動きが初めてメディアに登場するのは1999年11月30日のシアトルWTO世界貿易機関閣僚会議の開催に合わせて、世界各国から新自由主義グローバリゼーションに抗議する人々が集まり抗議活動を繰り広げました。警官隊と衝突する映像が世界中に配信され、シアトル暴動として知られることになります。ちなみに当時はクリントン政権でした。 もっと読む

目覚めゆく広場-アラブの春からOWSまで

前回に続いてもう少し15Mについて振り返っていきます。今回のテーマは「アラブの春とOWS(ウォール街を占拠せよ)」。

ドキュメンタリー『目覚めゆく広場-15M運動の一年』の原題『El Despertar de Les Places 』は直訳すると「広場の目覚め」という意味なのですが、広場を意味するカタルーニャ語の「Plaça」が複数形の「Places」となっているところがみそ。

そこには、バルセロナのカタルーニャ広場は一つの例であって、そこに集う人々を目覚めさせていく複数の広場があること、つまり広場の目覚めの連鎖があることが暗示されています。さらに具体的に言えば、アラブ世界によってスペインが目覚め、そのスペインがウォール街を目覚めさせたということが表現されているわけです。

この三つの動きの関連についてはすでによく知られているとは思いますが、スペインを軸にしたアラブの春→15M運動→OWSという流れについて、具体例を挙げながらまとめてみたいと思います。 もっと読む

『目覚めゆく広場-15M運動の一年』

ブログで紹介するのが遅くなってしまったのですが、日本語字幕版の制作に参加したドキュメンタリー『目覚めゆく広場-15M運動の一年』(監督:リュック・グエル・フレック & ジョルディ・オリオラ・フォルク)が3月末からネット上で公開されています。この日本語版プロジェクトは『ウォール街を占拠せよ: はじまりの物語』の翻訳者芦原 省一さんが立ち上げたもので、声をかけてもらって参加することになりました。

監督の1人ジョルディは「ドキュメンタリーは多くの人の目に触れなければ制作した意味がない」と手がけた作品を全て自らのサイトで公開しています。この『目覚めゆく広場』もその中の一つで、芦原さんのように興味を持った人から申し出があって、進行中のものも含めると12の言語に有志の手で翻訳されています(全バージョンはこちらから)。

今回の作業を通じて、15Mについてあらためて考えることになりました。ちょうど15Mから2周年のタイミングでもあるので、この機会に15Mについて振り返っておきたいと思います。いくつかのテーマにわけて記事にすることにして、今回はまず「広場キャンプ」から。ドキュメンタリーの情報はこちらを参照してください。

スペインの「広場キャンプ」は世界的な注目を集めたので、写真や映像でご覧になった方も多いと思いますが、このドキュメンタリーの最大の魅力は、マスコミの報道にはほとんど出てこない内側、つまり、参加していた人たちが何を考えて、このような行動をとっていたのかという、一番重要なポイントが当事者の口から語られていることでしょう。 もっと読む

カタルーニャ州選挙ーCUPの一撃

前回2010年より10,79ポイント高い69,57%という投票率を記録した11月25日カタルーニャ州選挙。独立問題で有権者の気をそらして、さらなる新自由主義政策推進のための絶対多数獲得というマス州大統領は脆くも破れ、得票数に表れているように結局のところCiUの一人負けで終わりました。さらには、一応筋金入りの独立派のERCが第二勢力になったことで、独立を巡る問題もうやむやにできなくなり、まさにCiUにとっては踏んだり蹴ったりの結果。前倒し選挙は完全な失敗でしたね。

ところで、今回の選挙で私が注目していたのが、『Ès l’hora del poble! 民衆の時だ!』をスローガンに初めて州選挙に出て3議席を獲得したCUP-Alternativa d’Esquerra もう一つの左派CUPです。

CUPとはCandidatura d’Unidtat Popular 人民連合の候補者の頭文字を取ったもので、その源流は1968年に「社会的解放なしの民族的解放はない」という前提から生まれた左派の独立主義にあります。1987年から市議選に候補者を立てるようになり、2003 年に初めて当選者を出しました。そして、昨年2011年の選挙で49議席から121議席に大躍進して注目を集めたのは記憶に新しいところ。

「私たちが望むのは希望やユートビア、そして人民連合に抱く記憶、つまりサルバドール・アジェンデのチリ、正義と自由で共同体を構築する可能性との繋がりを回復することだ」と語るバルセロナ県の候補者リストのトップDavid Fernandez ダビ・フェルナンデス。興味深いことに、この人民連合とはラテンアメリカの911、ピノチェトのクーデターに倒れたチリの大統領アジェンデの政党に由来していて、その政策の特徴は市民参加型市政、草の根活動や市民運動とのつながりにあります。

選挙キャンペーン中にダビ・フェルナンデスが繰り返したように、CUPは州議会の「トロイの木馬」となるのでしょうか? CUPについては、彼らの選挙戦も含めてもう少し掘り下げた記事を後日アップすることにして、今回は彼らの主張がよくわかる選挙キャンペーン・ビデオをご紹介して終わりにします。

私たちは 実現可能な現実を信じる夢想家

ユートピアこそが変革への唯一の動力だと確信している

私たちは 押し付けられている服従も放棄も受け入れない

彼らの政策にもニュースにも動じることはない

私たちは 恐れを失い 恐れを感じることもない

私たちは 常に挫折という文化に立ち向かっている

私たちが 欲しいのは鮮やかに彩られた生活で

退廃の灰色の生活ではない

私たちは 未来のない者だが 現在に動きを止められることはない

現在を抱き締めることを決意したから

私たちは 通りや広場を埋め尽くして未来を見つけた私たち

私たちは 政治家や銀行家の手中にある商品ではない

私たちは 空間やジェスチャー、微笑みを分かち合った

言葉と闘争 警棒と他の方法で発生した暴力

私たちは 寄り添い合ってそれを耐え忍んだ

私たちは 『まともな住居が欲しい』と叫び

それを達成すると自分自身に誓った

不当な法律に逆らい 立ち退きに抵抗する

私たちは  家でじっとしていないで 自分の目で見る

私たちは  質の高い公立の学校で自分たちの子供に教育を受けさせたい

私たちは 思想を植えつける教育も工場のような学校も信用しない

私たちは 文化が贅沢品でも消費財でもないことを知っている

私たちは 見せ物と化した社会が導く創造性の空白に対抗して創造する

私たちは 公的医療という命の希望だ

尊厳を持って老いていく権利

私たちは ビジネスではない

私たちは 地域や共同体を形作る全てのもの

私たちは 共有のものである私たち自身の暮らしを開発する

私たちは 全ての人々の市町村

私たちは プレカリアートと闘い まともな仕事を要求する

私たちは 解雇に反対して相互支援と自主運営を行う

私たちは 失業から抜け出したい全ての失業者

私たちは わずかな賃金の労働という奴隷制に飽き飽きしている

私たちは 知識は商品化されるべきではなく

きちんと評価して広めるべきだと理解している

大学は 民衆の手にある民衆のためのものでなければならない

私たちは 私たちの国土をその開発から生まれるお金よりも大切にしている

私たちは 代替案を考えている

私たちは 協力し合い 競い合うことはしない

私たちは 破壊と窃盗を行うマフィアのような人々を追い払う

私たちは 友好的だ

私たちは 無知や不信の壁が私たちを隔てることを望まない

私たちは 移民収容所や強制送還にうんざりしている

私たちは 過去とからやって来て変化を続ける私たちのアイデンティティ

私たちは 私たちの文化と言語に関わるもの

私たちは それぞれを語るカタルーニャ人

私たちは 私たちの在り方で完全な属領性

私たちは 言葉を信じ 空っぽであることをやめ

意味を取り戻さなければならないと考えている

私たちは 完全な独立 現実の独立

他の国家や資本、不正、債務、投機、戦争、社会的疎外の欧州からも遠く離れて

私たちは 民主主義を取り戻したい

集団的、直接的、参加的、能動的かつ包括的な物事の決め方を

私たちは 私たちの責任を委譲したくはない

私たちは 私たちの政治的行動を取り戻したい

誰にも白紙小切手を渡すようなことをせずに

私たちは 自己統治を可能にする共有の政治制度を築きたい

私たちは 彼らの制度に逆らい異議を唱えるために州議会に向かう

その制度は略奪的で自己中心的な秩序のためのものだから

私たちは労働者の伝統、民衆の反乱、そしてこちら側行われたものであれ、

向こう側で行われたものであれ、自主組織と断絶のプロセスの全てを受け継ぐ者だ

私たちは 創造と再創造のプロセス

それは変化を続けて移動し 増殖する

私たちは 私たちが実行し支持した行動一つ一つの結果から学ぶ

私たちは ひとつにまとまって

各々の地域や村を築くことができる空間を運営する時がきたと感じている

私たちは 今ある私たちであり 未来の私たちである

私たちは それ以上のものである

私たちは人民連合

そして、私たちは全てが欲しい

14Nー服従しない権利

スペインでは経済危機に突入して以来、日常的に抗議活動が行われていて、ゼネストもその中の一つに過ぎません(ゼネストについては前回の記事も参照ください)。例えば、バルセロナでは9月以降公共交通機関のストだけでも24回を数えています。

いわゆる「過激な左派」と呼ばれるグループが作成したこのゼネストのまとめビデオにはサボタージュ封鎖ピケテこちらの記事も参照ください)など、ゼネストでの個別の手法が紹介されています。もちろん、スペインでも公共物を破壊したり、通行を妨げたり、商店の営業を妨害したりすれば、法律で罰せられますが、ゼネストの際は抗議の方法としてある程度許容されています。

何故許されるのかというと、ときには抗議のために法律を犯す必要があると考えられているのです。実際にスペインの人々は法律に従わないことで社会を変えてきました。例えば、スペインの社会から徴兵制がなくなったのも、法律で義務とされていた兵役を拒否する行為の積み重ねからでした。

そして、SATのスーパーの一件が『合法であること』と『正当であること』の間にある亀裂を目に見えるものにしました。経済危機から抜け出すためという理由で、社会的な権利を制限する法律がどんどん可決されて行く中で、スペインの人々の『合法であること』の『正当性』への疑いが日に日に大きくなってきています。なによりも、フランコ体制というのは法律によって築かれた合法的な独裁政権だったのですから、スペインの人々が『合法であることの正当性』に敏感なのは当然かもしれません。

「正当性が合法性に優先する」という考え方の根拠になっているのがDesobedencia Civil 市民的不服従という概念です。ゼネストは労働法に定められた権利なので、市民的不服従とはちょっと異なるようですが、PAHが行う立ち退きの阻止もその一つ。

他にも、処方箋あたり1ユーロの支払いを拒む、地下鉄の値上げに抗議して集団で無賃乗車をする、高速使用料の支払いを拒否する…。こうした行為は全て市民的不服従に当たるとイグナシオ・ラモネはインタビューで答えています。彼の定義によると市民的不服従とは、合法であるのかもしれないが、市民が不当だと考える政府の決定を拒否する集団的行為のこと。

市民戦争に関してフランスの作家アルベルト・カミュはこんな文章を残しています。

理のある者が打ち負かされることもあること、力によって精神を崩壊できること、時には勇気が報われないことがあることを私たちの世代が学んだのは、スペインにおいてだった。これがこれほどたくさんの人々が、世界中が、スペインのドラマをあたかも自分の悲劇のように感じる理由であることに、疑いはない。(アルベール・カミュ『スペイン』1946年)

それから半世紀以上が経過して、15Mを契機にスペインの人々は再び立ち上がり、自分たちに理があることを示そうとしています。根気強く抗議活動を続ける彼らを支えるものが何であるのか、明解に説明してある文章をご紹介します。今年の夏に訪日したスペインの経済学者フアン・トーレス氏の「Derecho a deobedece服従しない権利」についてからの引用です。

私たちスペイン人が政府の裏切り、そして、少数の特権階級だけの利益となる嘘に基づいた不当な政策の押し付けを受け入れなければならない理由はない。その政策がスペイン政府から出てくるものであっても、ブリュッセルもしくはまさに地獄から出てくるものであっても同じだ。

1793年の「人間と市民の権利の宣言」第35条に謳われているように、「政府が市民の権利を侵害する場合、民衆やそれぞれの集団にとって蜂起とは、有する権利の中で最も神聖なものであり、義務の中で最も必要不可欠なものである」。なぜなら、世界人権宣言がその前文の中で、民衆には「圧政や抑圧に対して反逆するという最高位の手段」があると明言しているからだ。

もし、人々がこうした権利を行使していなかったとしたら、現在押し付けられているような不当な法律に背いていなかったとしたら、PP国民党幹事長が求めるように「責任を持って」服従していたとしたら、今もなお奴隷制があり、黒人は劣った人種であるとみなされ、そして女性は選挙で投票することができず、父親もしくは夫の許可なしには決断を下すことができなかったであろう。

民衆に逆らって統治する専制君主に服従するのはもうたくさんだ! PPが主役の選挙による詐欺、そして(民主化への)移行から生まれたシステムにどっかり腰を下ろした政党の無能ぶりと腐敗を終わらせるために、恐れることなく総選挙を要求しなければならない。そして、私たちの国民主権と基本的人権の行使の本当の意味で庇護し、悪性の腫瘍のような腐敗と闘い、税制上の公正と正義の原則を敬うことを義務付け、市民と社会の参加のための新しい手段を与え、私たちが自由を失ってもなんとも思わないような首相に統治されるといった恥ずべき状況が再び起こるのを許さない、そのような新憲法への道を開かなければならない。

こうした政策を私たちに押し付けている者たちは、すでにある程度の社会的な答えと拒絶を計算に入れている(「彼らは何千という行進やストを行うことができるが、何も変わらないだろう」と、現在欧州の民衆と同じものに苦しんでいたアルゼンチンにおいて1997年7月メナムは言った)。だからこそ、孤立した団結のない回答では十分でない。彼らには決して打ち負かすことができない唯一の方法で専制君主に対しては応えなければならない。それは、最大限の民衆の団結、市民的不服従、彼らの規則や押し付けに対する平和的、つねに平和的かつ民主的なサボタージュだ。恐れることなく希望を抱いて、行うのだ。ガンジーは非常に明解に言った。「常に専制君主や人殺しというのはいて、一時は無敵なように見えていた。しかし、いつも最後には失脚してきた。いつでも」

つまり、不当なことに対して抵抗するのは権利であると同時に義務であり、不当なことへの服従は義務を怠っていることにもなるというわけです。

また、スペインの人々は、労働条件や社会福祉を勝ち取ってきたという歴史があります。こうした歴史的背景も相まって、年配の人々はその権利を次の世代に残すため、若い世代たちは先人の努力を無駄にしないため、今日もまたスペイン各地で抗議活動を続けています。決して諦めないスペインの人々の根気強さは、過去と未来に対する責任感から生まれているんですね。

「服従しない権利」を盾にした宣戦布告のようなこのPVは、ちょうどスペインがEUに救援プランを要請した直後に発表されたもので、タイトルは『救援ぎりぎり』。

―資本主義者たちよ、テロリストはお前たちだ―