ステファン・エセル・インタビュー1

先週2011年のベストセラーが発表されました。以前の記事でご紹介したStephane Hessel ステファン・エセル『Indignaos! (憤慨せよ!)』は、大ベストセラーとなったダイエット本『el método dukan(デュカン式)』に次いで2位にランクイン。ちなみに3位は『風の影』の著者カルロス・ルイス・サフォンの新作『 El prisionero del cielo(天空の囚人)』(1/17付Publico紙参照)。

この本がスペインで爆発的に売れ、15-Mの動きへと繋がって行った裏にあるのが、序文を寄せたスペイン人経済学者José Luis Sampedroホセ・ルイス・サンペドロの存在。「私も1917年に生まれた。私も憤慨している。私も戦争を生きた。私も独裁を耐え忍んだ」と始まる『私も』と題された序文によって、スペイン人は、ナチスへの仏レジスタンスとフランコ独裁政権での民主化要求運動を重ね合わせ、さらには経済危機で社会福祉が風前のともしびとなっている現実を目の当たりにして、エセルの言葉を自分たちへの呼びかけとして受けとめたのです。

そして、サンペドロはDemocracia Real Ya!(真の民主主義を今すぐに!)に賛同し、「スペインに民主主義は存在しない。人々よ、立ち上がれ」と自ら15-Mのデモ参加を呼びかけたのでした。

改めて言うまでもないですが、『Indignaos! (憤慨せよ!)』はその簡潔さが最大の魅力。しかし、その反面、背景をある程度共有していないと、メッセージが今ひとつピンとこないのも事実。日本でも『怒れ!憤れ!』のタイトルで翻訳が出たようなので、この機会に彼自身が本書について語ったインタビューをご紹介することにしました。スペインでの15-Mのデモから続く一連の抗議活動が、世界的な注目を浴びた直後に新聞に掲載されたものです。エセルのメッセージを理解する助けになれば幸いです。

憤慨の次に来るべきなのは、行動を誓うこと

93歳の作家や活動家の顔も持つフランス人外交官は、著作のスローガン『憤慨せよ!』の下、ヨーロッパの若者たち、とりわけスペインの若者に強烈なインスピレーションを与えた

ステファン・エセルは、パリにある自宅のサロンのテーブルの上に、怒れるスペインの若者達の写真が掲載された本紙(EL PAÍS)を一部とってある。彼の著作のタイトルの下で一連のデモが呼びかけられた最初の数日間の写真だ。この著作はスペインでは40万部に届く勢いで売れており、フランスではすでに200万部に到達している。

この93歳の若者は、的確な時期に的確な言葉を伴って現れた。実のところ彼が行ったのは要約である。自由、平等、正義、正当性、義務、人権といった何十年もの闘争と犠牲を払って獲得したにもかかわらず、今日脅威に晒されている価値観を高みに置いたこと。血と炎を礎に刻まれた言葉は、彼の場合は安っぽい煽動とはならない。なぜなら、こうしたものが消滅の危機にあるのを目にして、エセルが憤慨するのには理があるからだ。彼はペテン師でもなければ、煽動家でもない。彼が要求していることは、マルクスとエンゲルスが『共産党宣言』(彼はこの思想を共にしていない)に記述したことや、ゾラがドレフュス事件に関する著作『私は告発する』に込めたのと同じものだ。

1917年にベルリンに生まれ、両親がナチの脅威から逃れた後にフランス人となり、パリに落ち着いた。レジスタンス活動に参加し、ゲシュタポに死刑を宣告され、拷問を受け、いつくかの強制収容所で一時期を過ごす。世界人権宣言の起草という歴史的な出来事の数少ない証人の一人となった。その人生と高い倫理観は世界レベルでの意識を揺さぶるのに十分すぎるほどだろう。民衆のヒーローであり、明確な考えを持った平和主義のアジテーターだ。

−スペインでは『憤慨せよ!』と叫んでデモを行っている人々が何万人もいます。あなたは満足でしょうか? あなたのメッセージが浸透しているのです。

もう見ましたよ。嬉しいです。この小さな本のアイデアが持ち上がったときには、フランスのことしか私たちの頭にはありませんでした。しかし、わずか数週間の間にたくさんの出来事が生じる事態となりました。サルコジの人気が下落すると、イタリアのベルルスコーにも同じことが起こり、スペインのサパテロ、ポルトガルのソクラテスまで。北アフリカの反乱が起こる前は、世界各国の政府が人々の憤慨を誘発するような行動に関与しているというような考え方を、ほとんど目にすることがありませんでした。

−それでその考えを書いて、本にしようと思いついたと。

それは、全くもって文学的な仕事ではありません。私たちは短くて刺激的なものを出版したいと思っていました。全体として纏まっていなくても構いませんでした。ちょうどあなたが今いるところに編集者が座って、私は話を始めました。彼女が文字起こししたものに、二人で手をいれて出版したのです。

−まるでインタビューのようですね。その相手が私でなかったことが残念です。今みたいに、相手が私でも良かったのに。

まさにその通り、こんな感じでしたよ。まるで会話のように自然な形で生まれたんです。そして、一端通りに出ると瞬く間に広まりました。

-たくさんの人が、ある種の感情を一つにまとめるスピーチを待っていたのです。的確な言葉、誰もが知っている表現。それが憤慨です。

事実、そうだということを確認しました。本は二つの文章に基づいています。一つは抵抗のプログラム。これはあまり良い出来ではないのですが、的確な時期に的確な場所、つまりナチにという敵に包囲されているとフランス人が感じているときに書かれたものです。もう一つが世界人権宣言です。

-あなたが数少ない目撃者の一人となったものですね。

世界人権宣言が起草されていたとき、私はその場にいました。12人の学識者のグループに参加するには若すぎたので、私は助手でした。会議の開催や議事録の作成を手伝っていたのです。参加していたのは、ルーズベルト未亡人エレノアなど政治と法律の分野で第一線の人々でした。ニューヨークやジュネーブで会合を行い、私は書類の作成や作業状況の確認を担当しました。

-秘書のように見守りながら? 

私は若い外交官で、権限が足りませんでしたが、好奇心は溢れるほどにありました。この作業ができる限り素晴らしいものとなるように、心から願っていました。とても大きな動機が私にはあったからです。3つの収容所で戦争を終えたという事実は、私を駆り立てるのに十分なものでした。

-あなたはブーヘンヴァルト強制収容所にいましたね。

そこでJorge Semprúnホルヘ・センプルン(注)と知り合いました。大親友の一人です。彼に関して重要なエピソードがあります。収容所に着いた彼は職業は何かと聞かれ、学生(estudiante)と答えました。記録を取っていた者が「もしそう記入したら、ただちに君は殺されるだろう。私は最初の文字を残して、漆喰職人(estucador)に変えよう。こうしておけば、少なくとも手作業を振り当てられるだろうから」。彼らが求めていたのは、それ(働き手)だけだったのです。さて、『憤慨せよ!』の話に戻りましょう。

-あなたにとってのこの言葉が何を意味するのか、教えていただきたいと思っています。ポジティブな意味で用いられている言葉で、それを感じている人に訴えかける。彼らが、それを感じていない他の人たちにも伝染させるように。

ポジティブな面がありますが、暗い面もある言葉です。

-もしそうであるのなら、どうしてあなたはその光の部分が伝染すると考えたのですか?

実のところ、このタイトルは編集者シルヴィ・クロスマンの提案でした。私はすぐにOKしましたが。

-命令形を使うというのも?

その通りです。そして、エクスクラメーションマーク付けることも。強烈なタイトルです。私が提案していたら、もっと穏健なものになっていたでしょう。私は自分のことを革命家ではなく、非暴力を信じる外交官だと考えているからです。私は人々が合意に至ることを目指します。人々を対立させることではありません。

-それは現在の状況では十分に過激なことです。私たちを戦争に送るような政治家たちに囲まれているのですから。対話は今日において革命的なのでしょうか?

そうかもしれませんね。しかし、意味に関して語れというのであれば、私にとってこの言葉が説得力を持って感じられるのは、もう一つの重要な用語を含んでいることだと言うでしょう。尊厳(dignidad)です。尊厳が問題とされるときには、反応することが必要なのです。人間の一人一人が持つ尊厳を踏みにじられることから、憤慨(Indignación)はやって来ます。だからこそ、いつも私は世界人権宣言を参照するのです。その第一条には「私たち人類はみな尊厳と権利において平等である」と謳っています。

-そして、今度は行動を誓う時がきました。

新作のタイトルがまさに『Comprometeos(行動を誓え)』です。憤慨に続く倫理的なステップです。他人が何かをすることを誓っても、迷惑に思う人はいません。反乱を起こしたり、衝動的に行動したりすれば、迷惑をかける可能性があります。それはマリーヌ・ル・ペン(フランス極右のリーダー)のような人々の利となります。それが彼女が示していることですが、私が支持するのは反対方向の憤慨です。私が憤慨で身を震わすのは、基本的な権利が攻撃されたり迫害されたりしたときなのです。私にとっては、(感情的に)怒るだけでは何の意味もありません。怒りはどこにも導いてくれませんから。その後に行動を誓うことが来るべきなのです。

-難しいですね。

私が人々に提案するのは、理由なく怒ることではありません。私たちが受け継いできた基本的な価値が現在揺らいでいて、危機に置かれているのはなぜなのかと自問することです。簡単なことではありません。

-特に、こうした混乱の真っ只中で、自分の考えを明らかにすることですね。(この本は)今までとは違うタイプの憤慨や興味を培養するためのスープです。

この本を読むと、大切にしなければならないものや危機にあるもの、そして挑戦すべきことがはっきりします。

-フランス革命のことから始まって、3つか4つですね。

それはその中の一部で、他のものもあります。何度も繰り返しますが、世界人権宣言です。

-踏みにじられているように見えますか?

十分に。しかし、あの宣言が起草された時代のことを忘れてはなりません。まだ世界がいくつかの全体主義の脅威にさらされていたのです。ファシズムは敗れましたが、共産主義は存続していました。そして、その後、市場、ただ市場だけに基づいた邪悪な別のイデオロギーが課されていくことになりました。そして今日はあなたも私も、私たちの費用で自分たちの利益を追求している特権グループが招いた結果に苦しんでいるのです。代替案として何を提案するか? 真の民主主義です。

-美しい言葉ですね。

人々が必要とするものを政府が最優先で解決するように、権力をもっと共同体に託すことを信じる。これが一つ目の課題です。政府は自由、友愛、平等、社会的正義を保障するべきです。

-そして進歩。これは危機におけるもう一つの概念です。私たちは進歩を技術的なもの、科学的なものと混同しています。しかし、福祉と混同することはありません。

まったくその通りです。とても簡単なことなのですが、進歩とはより良い形へ近づいていくことを意味するのではありません。より良いという言葉は重要です。善と悪の間にある違いはなんでしょうか? どんなコストを払ってもお金を稼ぐことと、品位や誇りを護ること、どちらがより良いのでしょうか? ありとあらゆる犠牲を払っても科学的進歩の螺旋の中に入ることと、人間の尊厳を越える発見を警戒することでは、どちらが良いのでしょうか? 進歩とは速度を上げることではなく、より良い世界を支援するためには、何が良い価値観で何がそうでないのかを意識することを意味します。民主主義とはそれ自体が多くを要求するものです。(真の)民主主義は政治家により多くのことを要求し、悪事を働いたものが良い思いをすることが困難なように、システムを改善していくことを可能にするのです。(後編に続く)

2011.05.29 Hessel: “La indignación debe ir seguida de compromiso”

訳注:スペインを代表する知識人の一人で、昨年6月7日にフランスで逝去

選挙システムという足枷

5月の統一地方選挙の直前に最初のデモ15-Mを呼びかけたことから、当初は主催団体DRY(デモクラシア・レアル・ヤ)は選挙のボイコットを呼びかけているという誤った認識が広がりました。しかし実際のところ、彼らが訴えていたのは二大政党制と現行の選挙制度への疑問と選挙法の改正だったということは以前の記事で説明した通りです。

その証拠に今回の総選挙においては、DRY Barcelonaはサイト上で『El 20N l’acció és anar del carrer a les urnes(11月20日の行動は通りから投票場へ行くことだ)』という呼びかけを行いました。スペインの場合は、カタルーニャのCIU集中と統一党やバスクのPNBバスク国民党など地方の大政党が大きな影響力を有していて、単純な二大政党制と言う訳でもないので、以下からは二大政党制に代えて大政党制という訳語を当てていきます。

市場が自ら新たな独裁者の座に就いた経済政策において、中心的な役割を果たしたPP国民党、PSOEスペイン社会労働党、CIU集中と統一党、PNBバスク国民党は、間近に迫った11月20日の選挙で罰を受けるに価する。この社会が変わるように活動を続ける中で、有害なものの一つが市民の投票の大きなパーセンテージを疎外する選挙法だ。11月20日に私たちはまた一つの変革を成し遂げたいと思っている。より多党主義的で、大政党主義ではないものへ。
現在は今までにないほどに、代替案の模索が求められている。少なくとも、私たちのように大政党制を支えているものを変えることを要求する人々の数が多くなっていることを示すこと。真の変革はを握っているのは、投票を棄権したり、白票や無効票を投じたり、それ以外の党に投票する有権者の50パーセントなのだ。
自分で情報を集めて、自分の考えに照らし合わせて自分自身で11月20日に何をするかを決断して欲しい。
11月20日の行動は通りから投票場へ行くことだ

(左から)1. PP、PSOE、CIU、PNVへの投票ー国民の42パーセントを代表する。国民の声や決断とはかけ離れたところで政治を行う 2.白票ー何の役にも立たない。大政党に有利となり、他の政党が代表となるのを困難にする。3.少数派への投票ー代表が多様化し、国民の声が異なる党に分配される。4.無効票ーシステムへの不満を表す。大政党への票にならないが、小政党への票にもならないために、何の変革も成し遂げられない。

それと同時にDRYとして呼びかけられのが『CONTRACAMPAÑA 20-N(11月20日反キャンペーン)』。

もうたくさんだ! 私たちは政治家や銀行家の手の中にある商品ではない!!

現在の政治家も選挙システムも私たちを代表するものではない。だから、DRYとして私たちは行動し、選挙のごまかしを告発し、偽の議論に反論する反キャンペーンを開始することを決意した。

  • ソーシャル・ネットワークを通じて君の意見を他の人々と分かち合う
  • 選挙制度の足枷を乗り越えた政党について情報を集める
  • 候補者の汚職を告発する
  • 選挙法の働きや自分の票を利用する選択肢について情報を集める。

反キャンペーンの目玉の一つが¡DoRiYakiTU!。現行の選挙制度に対する異議申し立てを各投票場の代表に提出するというものでした。こうした動きを追いかけてみると、15-M運動の中に現行の選挙制度に対する強い不信感があるが良くわかります。

そして、今回の選挙結果は彼らの主張を裏付けるものとなったので、新聞記事を参考に現行の選挙システムについてまとめてみました。

スペインの選挙において選挙区によって一票の重さは変わり、議席の獲得は様々な要因に左右されます。まず、選挙法Ley Orgánica del Régimen Electoral General (LOREG)に従って、350議席が52の選挙区に割り当てられるのです。セウタとメリジャが各1議席、それ以外の州には最低2議席が割り当てられ、残りの議席は市民登録の人数に応じて分配されるため、マドリッド36議席、バルセロナ31議席に対して、ソリアは最低議席の2議席というような結果になるのです。

スペインで用いられている選挙システムはドント方式と呼ばれるもので、アルゼンチン、フランス、ベルギー、フィンランド、アイルランド、イスラエル、日本(いわゆる比例代表区制)など多くの国々で利用されているものと同じです。ドント方式では有効票が3パーセントに満たない政党を除外した後に、政党を得票数の多いものから順番に並べて、選挙区の議席数を同じになるまでそれぞれの得票数を1、2、3で割っていきます。例えば、3パーセント以上の有効票を獲得した3つの政党で5つの議席を争うとしましょう。それぞれの得票数と議席数は以下の通り。

  • A政党: 80.000 票
  • B政党: 65.000 票
  • C政党: 23.000 票
  • A政党 80.000(80.000/1) 40.000(80.000/2) 26.666(80.000/3) 20.000(80.000/4) 16.000(80.000/5)
  • B政党 65.000(65.000/1) 32.500(65.000/2) 21.666(65.000/3) 16.250(65.000/4) 13.000(65.000/5)
  • C政党 23.000(23.000/1) 11.500(23.000/2) 7.666(23.000/3) 5.750 (23.000/4) 4.600(23.000/5)

この結果、A政党3議席、B政党2議席となり、C政党はあと一歩のところで議席を獲得することができません。

大政党に有利で、小政党に不利なことに疑問の余地がないことから、このシステムは改良の余地があるとする専門家が多く、フランコの独裁が終わって、強固な政府を保証する必要があった民主主義の初期に選択されたこの制度は、現在の状況に相応しいものではないと意見もあります。

特徴として挙げられるのが、過半数を越えるのが容易で、過半数に満たないとしても、勝った政党は十分な権力を獲得し、他の政党の力をあまり必要とせずに、議会で主導権を握ることができる。また、全国での得票数が高くても多くの選挙区に得票が分散してしまう政党に不利で、少ない選挙区に得票数が集中する政党に有利に働く。また、白票も3パーセントを越えると有効とみなされるので、議席獲得に必要な得票数が増えることになるなどです。

(20 Minutos紙『Las claves del sistema electoral en España: Ley D’hondt, número de escaños, circunscripciones…』参照)

このドント方式に関する説明が、面白いくらいにぴったりと当てはまったのが今回の選挙結果でした。選挙結果の詳細は前回の記事を参照してください。それでは、選挙結果の表をもう一度見てみましょう。

まず、一つ目の「過半数を超えるのが容易」という指摘は、今回得票数をそれほど増やしたわけでもないPP国民党の大勝利がそのまま当てはまります。そして二つ目の「全国での得票数が高くても多くの選挙区に得票が分散してしまう政党に不利で、少ない選挙区に得票数が集中する政党に有利に働く」ですが、全国政党であるIU-LV左派連合と緑の党の連合とUPyD進歩と民主連合、そして地方政党のCIU集中と統一党、PNBバスク国民党、この二つの得票数と議席数を比べてみると一目瞭然です。約100万票を獲得したCIUが16議席獲得した一方、得票数がその1.5倍以上の170万票に及ぶIU-LVは11議席。そして、32万票のEAJ-PNVと110万票のUPyDの獲得議席は共に5議席です。

やはりDRYが主張するように現行の選挙システムは公正とは言えないようです。もし、一票の重さが同じだとすると、今回の選挙結果がどうなっていたかというシュミレーションも行われました。

内務省によると20日に投票を行ったのは 24.590.557 人。これを下院の350議席で割ると議席あたり70.259 票となります。すると、PPの議席は186ではなく154となり過半数には届きません。PSOEの議席数も110議席ではなく99議席に留まります。そして、IU-LVが24議席、UPyDが16議席とそれぞれ第三党、第四党となり、CiUとPNBはそれぞれ2議席減らして14議席と5議席へ。そして、Equo、Pacma、FAC、Escaños en Blanco、アンダルシア党など今回の選挙で議席を獲得できなかった小政党にも、議席が行き渡るという結果になるのです。

(20 Minutos紙『¿Cómo quedaría el Congreso si todos los votos valieran igual?』参照)

この公平とは言いがたい結果に、現行の選挙制度を批判する声も高まっています。現行の制度で最も不利益を被った政党、IU党首Cayo Laraカヨ・ロラは現行の選挙法に不満を表明し、UPyD党首Rosa Díezロサ・デアスも「不公正な」選挙規則によってペナルティを課されたと批判しました。

一方で惜しくも議席を獲得できなかった小政党も黙っていません。

Equo、Pacma、Escaños en Blanco (EB) 、Por un Mundo Más Justo (M+J)の4党は「自分たちの合計得票数は44万票で、後順位で議席を獲得したAmaiur、PNV、ERC(ESQUERRA)、BNGの各党の得票数より多いのに、議席を獲得できなかったことで選挙資金に対する公的支援を受けられないのはおかしい」として、連盟で選挙法の改革を求める声明を発表しました。とりわけECUOに関しては、得票数18万票のBNGが2議席を得たにもかかわらず、21万票を集めても1議席も獲得できなかった上に、資金援助も受けられないとなっては、怒るのも当然でしょう。

ということで、現行の選挙システムの問題点が浮き彫りとなった選挙結果を受けて、選挙法の改正への気運が高まってきました。スペインの真の民主主義への第一歩は、多党制を保障する選挙法の実現から始まることになりそうです。

2011年総選挙に見る変化の兆し

去る11月20日日曜日スペインでは総選挙が行われました。「与党PSOEスペイン社会労働党が歴史的な大敗北を喫し、最大野党の保守派PP国民党が過半数越え。他の欧州諸国に続いてスペインも政権交代、7年ぶりの右派政権誕生へ」という選挙結果だけを見ると、「長引く経済危機にスペイン国民も保守化、欧州の右傾化がさらに加速した」という結論を出したくなるところですが、得票数に注目してみると違った側面が見えてきます。ちなみに投票率は2008年の73,8パーセントに対して今回は71,7パーセントとわずかに低下。

Publico紙選挙結果より)

まず、PSOEが大幅に支持者を失ったことは得票数からも明白です。前回との差はなんと400万票。こんなにも多くの支持者を失った原因の一つは、左派を自認するにもかかわらず、新自由主義型の経済政策を実施したこと。実質的に欧州において緊縮政策を推し進めているのは各国政府ではなく、トロイカと呼ばれるIMF(国際通貨基金)、EU(欧州共同体)、ECB(欧州中央銀行)の3つの機関で、サパテロ政権もその圧力に押し切られて社会コストを大幅に削減する政策を進めてきました。

そしてもう一つが、経済危機とは直接関係ないのですが、革命が勃発したリビアへの派兵。2004年のPSOE政権成立は、マドリッド列車爆破テロの処理に対するアスナール率いるPP政権の不手際と共に、PSOEがイラクからの即時撤退を公約として掲げることで、イラク派兵反対派の支持を得たために可能になりました。にもかかわらず、今回リビアのケースではフランスやイギリスを足並みを揃え派兵に踏み切ったのですから、このことに失望した支持者は決して少なくないはず。

一方で、大勝したと言われるPPですが、得票集を見てみると前回とそれほど変わっていないことがわかります。支持者を減らさなかったという方が正しいかもしれません。野党であったこの7年間は実質的に何も行っていないので、支持者を失望させることもないのも当然と言えば当然ですが。約66万票の増加に留まっているので、PSOEが失った約400万票がPPに流れたというわけではないようです。ここまでで、今回の選挙はPPの大勝というより、PSOEの自滅だったことがわかります。

では、PSOEが失った票はどこへ行ったのでしょうか。得票数で二大政党につけて第三位になったのが、IU-LV左派連合と緑の党の連合でした。前回より71万票増と増加票数ではPPを10万票上回っています。

IUは元々はスペイン共産党として活動していた政党で、1996年の選挙では21議席を獲得して以降不振が続き、現在では2議席まで落ちこんでいました。今回の選挙では、失望したPSOE支持者と15-Mで立ち上がった若者に訴える選挙キャンペーンを行い、それが本人たちさえ予想していなかった大躍進に繋がったようです。

公式サイトに掲載された全84ページに及ぶ選挙プログラムを眺めてみると…

基本方針1- 危機から抜け出すための経済に関する案

  1. IUは何よりもまず雇用を優先することを約束する
  2. 公正な財政改革
  3. 潜りの経済活動の撲滅
  4. 中小企業や個人営業主の支援
  5. 貸付を行う公的銀行を創設
  6. 公的支出の制限
  7. 新たな生産モデルの構築
  8. 失業者の保護
  9. 憲法による住宅に対する権利の保障

基本方針2- 進歩的な民主主義に関する案

  1. 選挙法の改正
  2. 完全な参加型民主主義
  3. 政治制度の機能の民主化
  4. 汚職の撲滅と公職につく者の倫理的な行動を確保
  5. 第三共和制の実現に向けた憲法改正手続き
  6. 公的情報へのアクセス
  7. 非教権主義

この後、環境、社会サービス、フェミニズム、平等推進、農業と食糧主権、文化とコミュニケーション、平和と具体的な提案が続いていきます。さらには、この提案は開かれたものだとして特設サイトConvocatorio Socialを開設し、経済、民主主義、公的サービス、環境、平等、文化、平和という7つの革命に対する意見を広く求めています。例えばこんな感じ…

経済の革命

資本主義に対する包括的な代替案の基礎としての経済の革命。私たちが経験している危機は、資本主義システム全体の危機である。その全体という特徴によって、経済、金融、環境、資源、食糧、エネルギー、そして、政治、文化、イデオロギーという多面的な危機として現われている。

今日において危機からの抜け出すためのモデルには対立がある。一方は、社会全体のためではなく、限られた範囲の権力を持つ一部のための解決策を探すもの。そしてもう一方は、大部分を占める市民のそのモデルの押し付けに対する抵抗運動。

その抵抗には一貫した目的がある。新自由主義が支配する現在の社会的、政治的、文化的モデルを乗り越えること。そして、資本主義を葬り去るための状況を作り出すこと。

そうした抵抗は、個人ではなく、大多数の人々にとって何が利益となり、何が不利益になるのかという具体的なものから出発しなければならない。その具体的なものは私たちのところにあり、彼らにあるのは私的なものなのだ。抵抗は代替案である。抵抗は攻撃である。抵抗は提案である。抵抗は革命である。

民主主義の革命

代替的な左派のパワーは、連邦的、共和的、連帯的な国家の枠組みにおいて進歩的な民主主義の達成を目的とするべきであり、それは自由と参加の枠を広げ、市民の経済的、社会的、文化的な福祉を保証するものとなる。

環境的に持続可能な新たな発展モデルを確立する社会においては、社会的、経済的に重要な選択肢は民主主義的に決められたものである。

歴史の周期が私たちに見せているのは、変化とは議会で成し遂げられるものではなく、それを成し遂げる社会的な力があるときに成し遂げられるものだということだ。

経済制度を変えるためには、政治に変化を起こし、危機に苦しむ何百万という人々のための政策を行わなければならないことを、私たちは知っている。そのために、今こそ完全な民主主義へと進むために社会と憲法の働きを結びつけるべきなのだ。

こうして見ると、DRYなど15-M運動の主張と重なるところがあるのがわかります。また、15-Mのスポークスマンの一人だったAlberto Garzónアルベルト・ガルソンが、アンダルシアのマラガから立候補して見事に当選。今後IUの議員として国会に出席することになります。IUの協力の元15−M運動から生まれた提案を議会に提出すると語るアルベルト。やはり15-Mの運動は何かを生み出しているのです。

とはいうものの、PPの得票数の延びも無視できないし、さらには議席数で第三党となったCIU集中と統一党はカタルーニャの保守派ナショナリスト政党。保守化の傾向が見えることも事実です。ただ、PPの歴史的大勝という見かけが想像させるように、振り子が反対に振れて政権交代が起こったわけではありません。

Publico紙選挙結果より)

また、こちらのグラフを見ると、二大政党以外の小政党がの占める割合が増加しているのがわかります。このことからも、人々が新たな選択肢を模索している状況が見えてきます。スペインにおいて民主化以降現在まで続いてきた2大政党制が揺らいでいるのは間違いないようです。スペインの社会で、ゆっくりと何かが変わりつつあります。

15-Oの先にあるもの−イグナシオ・ラモネと15-M

10月15日。予定時刻の5時を少し過ぎた頃にカタルーニャ広場に到着すると、広場周辺の通りは閉鎖されデモ参加者がすでに通りを埋め尽くしていました。

人が集まり過ぎて、デモの先頭はすでに予定ルートのグラシア大通りを少し上ったところまで前進しています。

今回は参加人数を実感するために、この出発地点に腰を据えて、デモ参加者が広場を出発するのを観察することにしました。予定時刻を30分ほど過ぎた頃からデモの先頭が動き始め、広場を出発する人、人、人。

結局すべてのデモ参加者が広場を後にしたときにはすでに7時を回っていて、先頭が出発してからゆうに1時間半あまりが経過していました。その後カタルーニャ広場-グラシア大通り-アラゴン通り-サン・ジョアン大通りというルートを通り凱旋門に到着。そこからは、三手に分かれ医療、教育、住居という具体的な権利を主張するデモを続けました。

翌日の新聞によると参加者数は主催者側35万人、警察側6万人と発表。相変わらず大きな開きのある数字ですが、6月のデモ参加者10万人は軽く越えていたようです。

それから5日後の10月19日に、イグナシオ・ラモネがバルセロナで講演を行うという情報が入ってきました。

Set utopies per a un món millor(より良い世界のための7つのユートピア)」

およそ30年間に渡って、資本と市場は人類の歴史と幸福を作るのは人々ではなく、彼らだと繰り返してきた。今こそ、世界的な問題は経済だけでないことを思い出さなければならない。環境保護、発展支援、社会正義の必要性、人権問題への懸念といったものもまた、世界的なテーマなのだ…。

そもそも、私がDRYによる15-Mの呼びかけに並々ならぬ興味持ったのは、「真の民主主義を今すぐに!」というスローガンに、その一ヶ月ほど前に聞いたラモネの講演の内容を思い出したからでした。「Medios de comunicación y poder(マスコミと権力)」と題された講演会は、最新作「LA EXPLOSION DEL PERIODISMO(ジャーナリズムの爆発)」を先取りする非常に興味深い内容。

その中でとりわけ印象に残ったのが、「マスメディアの危機がそのまま民主主義の危機だ」というラモネの言葉でした。簡単にまとめると「民主主義の基礎である立法、行政、司法の三権分立が時間の経過とともに機能不全に陥ったため、バランスを取り戻すための重石として誕生したのが第四の権力マスメディアである。そのマスメディアが権力側に取り込まれている現在、民主主義が再び機能不全に陥っている」というのです。一方で、DRYのスローガンも現在の民主主義のあり方を問題にしているのは明らかでした。この不思議な一致がどうしても気になって、5月15日半信半疑でカタルーニャ広場に向かったのです。

ということもあって、私はイグナシオ・ラモネが15-M運動について、どう考えているのかずっと気になっていました。もちろん彼は、主幹を務めるル・モンド・ディプロマティクのスペイン語版の社説で、早い段階から15-Mの運動に対する共感を表明していました。でも、私はもう一歩踏み込んだこと、この運動の未来に関する彼の考えが知りたかったのです。

ウォール街の占拠が話題になっていますが、結局のところ占拠やデモなどの抗議行動は主張をアピールするための手段の一つに過ぎません。そこからどう前に進んでいくか、そこからどう現実を変えていくかということが、実は一番の問題なのです。「君たちが現状に不満なことはわかった。で、一体君たちはどうするつもりなんだい?」これが、中心のない15-Mの運動に常に付きまとっている批判で、半年以上運動が継続しているスペインでは、日増しに切実な問題になってきています。どこへ向かえばいいのか? そして次のステップは?

この質問をぶつける相手として、個人的にはラモネが最も相応しい人物だと思っていました。もちろん、この動きに共感を表明している著名な知識人はたくさんいますが、ラモネが他の人々と一線を画しているのは、ジャーナリストとしてペンで闘う一方で自らが先頭に立って新自由主義との闘いを組織してきたということ。15-Mの特徴である、政治と一定の距離を置いた自主的に組織された中心のない市民の運動というのは、まさに10年以上前にアンチ・グローバリゼーション運動(以下AG運動)が目指していたものなのですから。

さらに、15-Oによって15-M運動は抗議活動を世界規模に拡大するという大きな目標を達成しました。つまり、それは15-Mの運動が次のステージに入ることを意味しています。この状況の中でますます気になってくるのが、ATTACや世界社会フォーラムを立ち上げ、AG運動を先導する役割を担った人物が、AG運動の先に見ていたものは何だったのかということ。それを知る手がかりが彼の話の中にあるかもしれないと、わくわくして会場に向かいました。

15-MがかつてのAG運動に匹敵するうねりに発展したこのタイミングで、AG運動を象徴するラモネの考えを聞きたいと思ったのは私だけではないようで、会場は立ち見が出るほどの大盛況。というもものの、講演自体では15-Mの運動に直接言及する場面はそれほど多くはありませんでした。ところが、その後の質疑応答、時間ギリギリで確信をつく質問が飛び出したのです。

最後の質問に立ったのは、15-Mの活動に一日目から参加していると自己紹介した若い男性。彼は講演の内容についての雑感を述べた後で、15-Mの運動の今後についてコメントを求めました。それに対して、ラモネはこれから運動が進むべき方向を、強い確信を持って示したのですが、その内容については公演内容をざっとおさらいする必要があるので、次回以降の記事でご紹介したいと思います。

スペインの広場からウォール街、そしてEU本部へ

9月17日突然、世界の金融システムの中枢で始まった抗議活動「ウォール街を占拠せよ」。このニュースはスペインでも連日大きく報道されています。数ヶ月前にスペイン全土からヨーロッパの各都市まで波及した「広場を占拠せよ」を思わせるこの抗議活動ですが、スペインの広場とウォール街はやはり地下でつながっていたようです。それを裏付ける記事が昨日の新聞に掲載されていました。

La ‘Spanish Revolution’ de Sol, toda una inspiración para los ‘indignados’ de Nueva York(ソル広場からの『スパニッシュ・レボリューション』がウォール街の『怒れる人々たち』のインスピレーションの源だった)」と題されたこの記事の内容をかいつまんで説明すると…

現在の資本主義をより公正で歪みの少ないモデルと交換することを求めるニューヨークの反資本主義の抗議活動。この運動の計画段階から、スペインの広場占拠の経験者10人からなるグループがコンサルタントとして参加していたというのです。その中の1人が写真の女性Nikky Schiller。彼女は15-Mのオーディオビジュアル・コーディネーターをしているマドリッドのアーティストで、世界規模の革命を目指す部門のコーディネーターでもあります。彼女は8月末にニューヨークに渡り、運動の戦略作成に関して協力してきたとのこと。

彼女は「私たちスペイン人は今までの経験によって(運動の)組織化の面で大きな役割を果たしている。どのように平和的な革命を調理するかということについても」と語る。

そしてもう一箇所スパニッシュ・レボリューションの種が花開いている場所があります。それがベルギーのブリュッセル。ここには10月15日のEU本部前で一連の社会保障費の削減に反対する抗議活動に向けて、ヨーロッパ中から人々が集まっています。10月10日にDexia、Deutchche Bankといった銀行の本店の前で行われた抗議活動では逮捕者が出て、その中には15-Mの参加者の姿もありました。それもそのはず、彼らは各地の広場キャンプから、7月23日ソル広場到着を目指し行進を開始。そこから次の目的地としてEUの本部があるブリュッセルを目指したのですから(この過程についてはこちらを参照ください)。

また、ニューヨークからのデモの呼びかけ、ブリュッセルのEU本部前での抗議が10月15日というのも偶然ではありません。これも元々は15-Mのデモを企画したDemocracia Real YA!が世界規模の抗議デモを呼びかけることを5月末の時点ですでに発表していたのです。

デモが広場の占拠に発展し抗議行動が注目を集める中で、DRYはスペインのいくつかの都市で説明会を開催しました。私もバルセロナの説明会に足を運び、そこで彼らの次の目標が10月15日だということを知りました。50人ほどが集まるバルセロナ大学の講堂で「次の目標は7月19 日にヨーロッパ全土で、そして10月15日には世界規模でデモを呼びかける」と自信満々で語るDRYの代表者。この計画を初めて聞いたときには、あまりにも壮大な目標に「さすがドンキホーテの子孫たち」と思ったのが正直なところ。

あれから5ヶ月あまり、彼らの途方もない夢は現実へと変わりつつあります。

DRY 15 O International Mobilization-DRY10月15日世界行動

15 DE OCTUBRE – UNIDOS POR UN #CAMBIOGLOBAL

10月15日、世界中の人々が通りや広場を占拠する。アメリカからアジア、アフリカからヨーロッパ、人々は自分たちの権利を要求し、真の民主主義を求めて、立ち上がっているのだ。今こそ、世界規模の非暴力的な抗議にすべての人々が団結するときだ。

既存の権力は少数の利益のために行動し、大多数の人々の意思には耳を貸さない。私たちが支払わなければならない人的そして環境的なコストは気にもとめない。許しがたいこの状況に終止符を打つたなけらばならない。

私たちは一つの声となって、政治家や金融エリートたちに、これからは私たち、一般の人々こそが、私たちの未来を決めるのだということを知らしめてやるのだ。

私たちは、私たちの代表でもない政治家や銀行家の手の中の商品ではない。

10月15日、私たちが望む世界の変革を始めるために通りで会おう。変革を手に入れるまで、私たちは平和的にデモを行い、議論し、組織立って動くのだ。

団結するときがきた。私たちの声に彼らが耳を傾けるときがきた。

10月15日に世界中の通りを占拠しよう!

いよいよ明日が10月15日!! 世界82カ国951都市でデモの呼びかけがなされているようです。

15 October – United for Global Change ー世界よ、目を覚ませ!!