カタルーニャ州選挙ーCUPの一撃

前回2010年より10,79ポイント高い69,57%という投票率を記録した11月25日カタルーニャ州選挙。独立問題で有権者の気をそらして、さらなる新自由主義政策推進のための絶対多数獲得というマス州大統領は脆くも破れ、得票数に表れているように結局のところCiUの一人負けで終わりました。さらには、一応筋金入りの独立派のERCが第二勢力になったことで、独立を巡る問題もうやむやにできなくなり、まさにCiUにとっては踏んだり蹴ったりの結果。前倒し選挙は完全な失敗でしたね。

ところで、今回の選挙で私が注目していたのが、『Ès l’hora del poble! 民衆の時だ!』をスローガンに初めて州選挙に出て3議席を獲得したCUP-Alternativa d’Esquerra もう一つの左派CUPです。

CUPとはCandidatura d’Unidtat Popular 人民連合の候補者の頭文字を取ったもので、その源流は1968年に「社会的解放なしの民族的解放はない」という前提から生まれた左派の独立主義にあります。1987年から市議選に候補者を立てるようになり、2003 年に初めて当選者を出しました。そして、昨年2011年の選挙で49議席から121議席に大躍進して注目を集めたのは記憶に新しいところ。

「私たちが望むのは希望やユートビア、そして人民連合に抱く記憶、つまりサルバドール・アジェンデのチリ、正義と自由で共同体を構築する可能性との繋がりを回復することだ」と語るバルセロナ県の候補者リストのトップDavid Fernandez ダビ・フェルナンデス。興味深いことに、この人民連合とはラテンアメリカの911、ピノチェトのクーデターに倒れたチリの大統領アジェンデの政党に由来していて、その政策の特徴は市民参加型市政、草の根活動や市民運動とのつながりにあります。

選挙キャンペーン中にダビ・フェルナンデスが繰り返したように、CUPは州議会の「トロイの木馬」となるのでしょうか? CUPについては、彼らの選挙戦も含めてもう少し掘り下げた記事を後日アップすることにして、今回は彼らの主張がよくわかる選挙キャンペーン・ビデオをご紹介して終わりにします。

私たちは 実現可能な現実を信じる夢想家

ユートピアこそが変革への唯一の動力だと確信している

私たちは 押し付けられている服従も放棄も受け入れない

彼らの政策にもニュースにも動じることはない

私たちは 恐れを失い 恐れを感じることもない

私たちは 常に挫折という文化に立ち向かっている

私たちが 欲しいのは鮮やかに彩られた生活で

退廃の灰色の生活ではない

私たちは 未来のない者だが 現在に動きを止められることはない

現在を抱き締めることを決意したから

私たちは 通りや広場を埋め尽くして未来を見つけた私たち

私たちは 政治家や銀行家の手中にある商品ではない

私たちは 空間やジェスチャー、微笑みを分かち合った

言葉と闘争 警棒と他の方法で発生した暴力

私たちは 寄り添い合ってそれを耐え忍んだ

私たちは 『まともな住居が欲しい』と叫び

それを達成すると自分自身に誓った

不当な法律に逆らい 立ち退きに抵抗する

私たちは  家でじっとしていないで 自分の目で見る

私たちは  質の高い公立の学校で自分たちの子供に教育を受けさせたい

私たちは 思想を植えつける教育も工場のような学校も信用しない

私たちは 文化が贅沢品でも消費財でもないことを知っている

私たちは 見せ物と化した社会が導く創造性の空白に対抗して創造する

私たちは 公的医療という命の希望だ

尊厳を持って老いていく権利

私たちは ビジネスではない

私たちは 地域や共同体を形作る全てのもの

私たちは 共有のものである私たち自身の暮らしを開発する

私たちは 全ての人々の市町村

私たちは プレカリアートと闘い まともな仕事を要求する

私たちは 解雇に反対して相互支援と自主運営を行う

私たちは 失業から抜け出したい全ての失業者

私たちは わずかな賃金の労働という奴隷制に飽き飽きしている

私たちは 知識は商品化されるべきではなく

きちんと評価して広めるべきだと理解している

大学は 民衆の手にある民衆のためのものでなければならない

私たちは 私たちの国土をその開発から生まれるお金よりも大切にしている

私たちは 代替案を考えている

私たちは 協力し合い 競い合うことはしない

私たちは 破壊と窃盗を行うマフィアのような人々を追い払う

私たちは 友好的だ

私たちは 無知や不信の壁が私たちを隔てることを望まない

私たちは 移民収容所や強制送還にうんざりしている

私たちは 過去とからやって来て変化を続ける私たちのアイデンティティ

私たちは 私たちの文化と言語に関わるもの

私たちは それぞれを語るカタルーニャ人

私たちは 私たちの在り方で完全な属領性

私たちは 言葉を信じ 空っぽであることをやめ

意味を取り戻さなければならないと考えている

私たちは 完全な独立 現実の独立

他の国家や資本、不正、債務、投機、戦争、社会的疎外の欧州からも遠く離れて

私たちは 民主主義を取り戻したい

集団的、直接的、参加的、能動的かつ包括的な物事の決め方を

私たちは 私たちの責任を委譲したくはない

私たちは 私たちの政治的行動を取り戻したい

誰にも白紙小切手を渡すようなことをせずに

私たちは 自己統治を可能にする共有の政治制度を築きたい

私たちは 彼らの制度に逆らい異議を唱えるために州議会に向かう

その制度は略奪的で自己中心的な秩序のためのものだから

私たちは労働者の伝統、民衆の反乱、そしてこちら側行われたものであれ、

向こう側で行われたものであれ、自主組織と断絶のプロセスの全てを受け継ぐ者だ

私たちは 創造と再創造のプロセス

それは変化を続けて移動し 増殖する

私たちは 私たちが実行し支持した行動一つ一つの結果から学ぶ

私たちは ひとつにまとまって

各々の地域や村を築くことができる空間を運営する時がきたと感じている

私たちは 今ある私たちであり 未来の私たちである

私たちは それ以上のものである

私たちは人民連合

そして、私たちは全てが欲しい

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14Nー服従しない権利

スペインでは経済危機に突入して以来、日常的に抗議活動が行われていて、ゼネストもその中の一つに過ぎません(ゼネストについては前回の記事も参照ください)。例えば、バルセロナでは9月以降公共交通機関のストだけでも24回を数えています。

いわゆる「過激な左派」と呼ばれるグループが作成したこのゼネストのまとめビデオにはサボタージュ封鎖ピケテこちらの記事も参照ください)など、ゼネストでの個別の手法が紹介されています。もちろん、スペインでも公共物を破壊したり、通行を妨げたり、商店の営業を妨害したりすれば、法律で罰せられますが、ゼネストの際は抗議の方法としてある程度許容されています。

何故許されるのかというと、ときには抗議のために法律を犯す必要があると考えられているのです。実際にスペインの人々は法律に従わないことで社会を変えてきました。例えば、スペインの社会から徴兵制がなくなったのも、法律で義務とされていた兵役を拒否する行為の積み重ねからでした。

そして、SATのスーパーの一件が『合法であること』と『正当であること』の間にある亀裂を目に見えるものにしました。経済危機から抜け出すためという理由で、社会的な権利を制限する法律がどんどん可決されて行く中で、スペインの人々の『合法であること』の『正当性』への疑いが日に日に大きくなってきています。なによりも、フランコ体制というのは法律によって築かれた合法的な独裁政権だったのですから、スペインの人々が『合法であることの正当性』に敏感なのは当然かもしれません。

「正当性が合法性に優先する」という考え方の根拠になっているのがDesobedencia Civil 市民的不服従という概念です。ゼネストは労働法に定められた権利なので、市民的不服従とはちょっと異なるようですが、PAHが行う立ち退きの阻止もその一つ。

他にも、処方箋あたり1ユーロの支払いを拒む、地下鉄の値上げに抗議して集団で無賃乗車をする、高速使用料の支払いを拒否する…。こうした行為は全て市民的不服従に当たるとイグナシオ・ラモネはインタビューで答えています。彼の定義によると市民的不服従とは、合法であるのかもしれないが、市民が不当だと考える政府の決定を拒否する集団的行為のこと。

市民戦争に関してフランスの作家アルベルト・カミュはこんな文章を残しています。

理のある者が打ち負かされることもあること、力によって精神を崩壊できること、時には勇気が報われないことがあることを私たちの世代が学んだのは、スペインにおいてだった。これがこれほどたくさんの人々が、世界中が、スペインのドラマをあたかも自分の悲劇のように感じる理由であることに、疑いはない。(アルベール・カミュ『スペイン』1946年)

それから半世紀以上が経過して、15Mを契機にスペインの人々は再び立ち上がり、自分たちに理があることを示そうとしています。根気強く抗議活動を続ける彼らを支えるものが何であるのか、明解に説明してある文章をご紹介します。今年の夏に訪日したスペインの経済学者フアン・トーレス氏の「Derecho a deobedece服従しない権利」についてからの引用です。

私たちスペイン人が政府の裏切り、そして、少数の特権階級だけの利益となる嘘に基づいた不当な政策の押し付けを受け入れなければならない理由はない。その政策がスペイン政府から出てくるものであっても、ブリュッセルもしくはまさに地獄から出てくるものであっても同じだ。

1793年の「人間と市民の権利の宣言」第35条に謳われているように、「政府が市民の権利を侵害する場合、民衆やそれぞれの集団にとって蜂起とは、有する権利の中で最も神聖なものであり、義務の中で最も必要不可欠なものである」。なぜなら、世界人権宣言がその前文の中で、民衆には「圧政や抑圧に対して反逆するという最高位の手段」があると明言しているからだ。

もし、人々がこうした権利を行使していなかったとしたら、現在押し付けられているような不当な法律に背いていなかったとしたら、PP国民党幹事長が求めるように「責任を持って」服従していたとしたら、今もなお奴隷制があり、黒人は劣った人種であるとみなされ、そして女性は選挙で投票することができず、父親もしくは夫の許可なしには決断を下すことができなかったであろう。

民衆に逆らって統治する専制君主に服従するのはもうたくさんだ! PPが主役の選挙による詐欺、そして(民主化への)移行から生まれたシステムにどっかり腰を下ろした政党の無能ぶりと腐敗を終わらせるために、恐れることなく総選挙を要求しなければならない。そして、私たちの国民主権と基本的人権の行使の本当の意味で庇護し、悪性の腫瘍のような腐敗と闘い、税制上の公正と正義の原則を敬うことを義務付け、市民と社会の参加のための新しい手段を与え、私たちが自由を失ってもなんとも思わないような首相に統治されるといった恥ずべき状況が再び起こるのを許さない、そのような新憲法への道を開かなければならない。

こうした政策を私たちに押し付けている者たちは、すでにある程度の社会的な答えと拒絶を計算に入れている(「彼らは何千という行進やストを行うことができるが、何も変わらないだろう」と、現在欧州の民衆と同じものに苦しんでいたアルゼンチンにおいて1997年7月メナムは言った)。だからこそ、孤立した団結のない回答では十分でない。彼らには決して打ち負かすことができない唯一の方法で専制君主に対しては応えなければならない。それは、最大限の民衆の団結、市民的不服従、彼らの規則や押し付けに対する平和的、つねに平和的かつ民主的なサボタージュだ。恐れることなく希望を抱いて、行うのだ。ガンジーは非常に明解に言った。「常に専制君主や人殺しというのはいて、一時は無敵なように見えていた。しかし、いつも最後には失脚してきた。いつでも」

つまり、不当なことに対して抵抗するのは権利であると同時に義務であり、不当なことへの服従は義務を怠っていることにもなるというわけです。

また、スペインの人々は、労働条件や社会福祉を勝ち取ってきたという歴史があります。こうした歴史的背景も相まって、年配の人々はその権利を次の世代に残すため、若い世代たちは先人の努力を無駄にしないため、今日もまたスペイン各地で抗議活動を続けています。決して諦めないスペインの人々の根気強さは、過去と未来に対する責任感から生まれているんですね。

「服従しない権利」を盾にした宣戦布告のようなこのPVは、ちょうどスペインがEUに救援プランを要請した直後に発表されたもので、タイトルは『救援ぎりぎり』。

―資本主義者たちよ、テロリストはお前たちだ―

14N―ゼネストを振り返って

11月 14日水曜日のイベリア半島ゼネストは、スペインにとっては今年二回目となるゼネストでした。『疑問の余地のない歴史的なスト』と胸を張る労働組合と『いつも通りの日だった』とコメントした政府。見解の差が大きいのはデモ参加者数に関しても同じ。マドリッドのデモ参加者を約100万人とする労組側に対して、中央政府の発表では3万5000人。上空からの写真を見る限りでは、さすがに3万5000ということはないと思うのですが…。

(『Nueva Tribuna』紙より)

発表者によってデモ参加者数に食い違いがあるのはいつものことですが、これがバルセロナではちょっとした問題になっています。デモ参加者数の発表が原因で二大労組CCOOとUGTがカタルーニャの中央政府代表に辞任を求めているのです( UGT のサイト参照)。デモ参加者数は労組約100万、市警察約11万、中央政府約5万人という数字。

(11月14日のグラシア通り。Kaos en la Redより)

その一方で、中央政府によると10月12日スペインの日に行われた反カタルーニャ独立・スペイン主義者集会の動員は6万5000人。私も現場まで行ってみたのですが、せいぜい会場となったカタルーニャ広場がいっぱいになる程度で、報道機関は約1万人としていました。

(10月12日のカタルーニャ広場)

1キロはあるグラシア大通りから人が溢れ、中心部では身動きがとれないほどだった14日のデモより多いということは、どう考えてもあり得ない…。今回の件で、PP国民党が発表する数字を自分たちに都合が良いように操作をしているのが明白になってしまいました。

このデモの報道を巡っては、カタルーニャの政権党CiUに対する疑念も噴出。というのも、9月11日のカタルーニャの日の独立支持デモのときにはたくさんあった上空からの写真が、今回のデモに関しては一枚もないのです。上の写真もグラシア大通りの高層階からのもの。ヘリコプターは1日中旋回していたので、意図的に撮らなかったか、隠しているのか…。

また、今回もデモ参加者と警察が衝突して、内務省によると逮捕者142人、負傷者74人。バルセロナだけでも30人の逮捕者が出ていて、デモといえば衝突というお決まりのパターンになっていますが、バルセロナには今回以上の参加者を集めたにもかかわらず、警察との衝突が一件もなかった大規模デモがありました。前述のカタルーニャの独立支持のデモで、約150万人を集めたと言われています。

14日のデモで警察と衝突したのは主要な労組が呼びかけたメインのデモではなくて、アナルコサンディカリズム系の労組OGTやCNT、15Mの流れを汲む市民の団体が組織したもの。

反資本主義を掲げるデモで、スペインの一部マスコミが過激派と呼ぶグループが暴徒化したような印象を与える報道もされています。ところが、以前の記事にも書いたとおり、9月11日にもCUPなどが中心となって反資本主義のデモは行われているのです。呼びかけ団体が違うとはいえ状況はほとんど同じで、唯一違うのは9月11日には州警察の姿がなかったこと。人々が溢れる通りには市警察が交通整理をするくらいでした。

今までかなりの数のデモを見てきましたが、一定の規模に達しているにもかかわらず州警察の姿を見なかったのはあれが初めて。なんだか「州警察のあるところに暴動あり」のように思えてきます。いずれにしても、デモに参加する人々の気持ちを政治的に利用する政治家たちには、いい加減うんざり。

そんなわけで、今回のデモ参加者数を政府はスペイン全土で80万人としていますが、どこまで信憑性のあるものやら。おまけに、ゼネストのときは基本的に交通機関がストップしていて、デモが行われる場所まで移動できない人もたくさんいるので、ゼネストの成果を計るためにもう少し信用できる数字を見てみましょう。

それは給与所得者の中のゼネスト参加人数。なぜなら、ゼネストに参加するとその1日分のお給料が月給から引かれ、社会保険の積み立ても1日分停止になります。このシステムによって、ゼネスト参加者数が一桁まできっちりわかるというわけ。CCOOの情報によると…

  • カタルーニャ―給与所得者 240万4179人の内 38万1652人が最低限のサービス提供のためにストに参加できないので、ストができる人数は202万2527人。171万9148人の参加で参加率85% 
  • スペイン全体―給与所得者 1423万1452人の内225万9446人が最低限のサービス提供のためにストに参加できないので、ストができる人数は1197万3699人。918万5383人の参加で参加率77%

スペインの人口約4720万人なので単純計算で約19%がストを行ったことになります。この方法だと自営業者、577万8100人の失業者や学生などはカウントされないので、実際にはもっと多くの人がストに参加したことになります。実はストを行う方法は「働かない」だけではないからです。

こちらの「市民のためのゼネストマニュアル」によると…

  • 働かない
  • 消費しない
  • ストの情報拡散に協力する
  • 0時から5分間電気を消す
  • スト実施中とわかるようにする
  • 公共サービスを利用しない
  • ストについて周囲の人々に知らせる
  • 銀行をボイコットする

と、仕事をしていない人も、いろいろな形でゼネストに参加できるようになっているのです。

そして、ゼネストというのは、労働法改正などが行われたときに撤回を求めるなど具体的な要求を掲げて行われるもの。今回も同様で、ゼネスト後に労組代が連名で首相ラホイに送った書簡は緊縮政策からの方向転換を求めた上で、こう締めくくられています。

あなたがそうした変化を進めることができる状態にないのであれば、少なくとも市民の保証人となる道を模索してください。なぜなら、あなた自身が一番良くご存知のように、あなたたちの選挙での勝利を可能にした市民が投票によって裏書きした選挙プログラムは、現在政府が実施しているプログラムは根本的に異なっているからです。それはあなた自身も認めていることです。市民に発言権を返して、私たちの民主主義の再評価に貢献して、政治や政治を行う政府機関に対する失望や懐疑主義が増大するのを回避してください。

大統領殿、国民投票を実施してください。あなたにはそうする権限があります。私たちの憲法は例外的な状況に対してこの手段を考慮したものになっており、今がそのときなのです。

というわけで、次の目標は国民投票!!すでに10月15日から労働組合含む150以上の民間組織からなるCumbre Social社会サミットが、緊縮政策に関する国民投票を求める署名活動を行っています。同時に経済学者ナバロ氏を筆頭に法律家や作家などが参加する委員会も発足しているので、今後は国民投票の実現に向けての動きが一段と加速していくと思われます。

カタルーニャの独立問題だけでなく、スペインでは選挙以外で国民が民主主義への参加する道として、国民投票が人々の大きな期待を集めています。

14N―イベリア半島ゼネストに見るピケテロス

11月14日今日は、スペインとポルトガルの労働組合が共同でゼネストを呼びかけた史上初のイベリア半島ゼネストの日。朝からPiqueterosピケテロスと呼ばれる人たちが活動中です。ピケテロスとはPiqueteピケテを行う人たちのことで、Diccionario Manual de la Lengua Españolaという辞書には…

piquete (ピケテ)名詞

  1. ストが宣言されたときに通りを巡回して、労働を妨げるために特定の位置につく人々のグループ。
と定義されています。通常、労働組合が行っているのはPiquete Informativo情報提供ピケテと呼ばれ、仕事に行こうとしている人に行かないように説得したり、営業中の商店に店を閉めてストに参加するように説得する行為のこと。ピケテロスは組合の旗を持って笛やメガホンで大きな音をたて、ピケテ活動中であることをアピールしながら通りを巡回します。

ストに参加しないところは、ピケテロスが近づいてきたらすぐに店を閉められるように、シャッターを半開きにして営業します。

説得を行う情報提供ピケテはストの権利を定めた労働法に認められている合法な行為であるものの、同様にストの日に働く権利も認められているため、ストへの参加を強制するPiquete Coactivo強制的ピケテは違法行為になるとのこと。

(『Cómo es la labor de un piquete informativo』参照)

街の様子を見に中心部に行ってみると、ちょうど二大労組の一つCCOOのピケテロスがバルセロナ株式市場の前で抗議活動をしているところに遭遇。

ピケテロスが活動中のグラシア大通りは閑散としていて、いつもは観光客で一杯のZaraも閉まっています。

並びにある5つ星の超高級ホテル・マンダリンも、ご覧のとおり入り口を閉めています。ホテルも閉まるんですね。

ピケテロスの前進に合せて、グラシア大通りが封鎖されていきます。その後を追いかける州警察。

通りには乗り捨てられたバスが。

ストのときに公共交通機関は、通勤時間に合わせて朝6時半から9時半、夕方4時半から8時半まで最低限の運行を行い、それ以外の運行は行わないことになっています。この時はすでに11時を回っていたので、本来なら市バスの運行は中止されている時間帯。ということで、走っているバスがあると…

と、一斉に取り囲んで、人力でバスを止めてしまうんです。

そうこうしていると、ストに参加中のタクシー運転手たちがやってきて、自分たちの車で通りを封鎖してピケテロスに協力。

横断幕を広げてデモ行進をしながら通りを封鎖して行くグループもありました。

こうしたピケテロスの活動は夕方まで続きます。

15Mの大きな子供たち

先週末の10月27日土曜日、年金生活者のグループが州大統領マスとの面会を求めて、州庁舎の前で警備を行う州警察と小競り合いになりました。彼らはIaioflautaイヤヨフラウタ。15M運動から派生したグループの一つです。

この日は結成一周年記念を祝うデモを行った後で、市庁舎に向かい『99%のためのカタルーニャ共和国』を要求して、『市庁舎占拠を試みる』という抗議活動を行ったのです。これは、カタルーニャの人々の独立への思いを利用して権力維持を画策し、さらなる緊縮政策を進めようとしている政権政党CiUへの抗議でした。

El Diarioより)

日本語にすると「笛吹きじいさん」となる、この不思議な名前は「Iaio(おじいさん)」と「Flauta(笛)」からなる造語。その名付け親は、削減政策と民営化からなる新自由主義改革を推進していた元マドリッド州大統領エスペランサ・アギレでした。彼女が15M運動の参加者のことを、侮蔑を込めて「Perroflautaペロフラウタ」と呼んだことに憤慨した人々が、バルセロナで年金生活者からなるグループを結成、自ら『イヤヨフラウタ』を名乗って削減に対する抗議活動を開始したというのが、結成までのいきさつです。

この名前のもととなった「ペロフラウタ」とは、OKUPAオクパ(無断占拠)した空き家で共同生活するような、「反抗的」若者を示す言葉で、彼らが犬Perro(ペロ)を連れ通りで笛Flauta(フラウタ)を吹いて小銭を稼ぐことから、この名がつきました。ファッション的にはパンクス系とヒッピー系があるように思うのですが、だいたいこんな感じでしょうか。

(『君も政治家になろう!』ペロフラウタから政治家になった男の歌で、自分の利益しか考えてないと今の政治家を批判しています)

こうして生まれたイヤヨフラウタのデビューは2011年10月27日「人間のために役立つ経済」を求めて行ったサンタンデール銀行の占拠。この日に読み上げられたマニフェストは、こう始まっています。

私たちは息子や娘のために、より良い暮らしを求めて闘い、それを手に入れた世代だ。現在、私たちの息子たち、そして孫たちの未来が危機に瀕している。その名にふさわしい民主主義と社会正義を要求するため、銀行と共犯者の政治家に対する闘いにおいて、新世代の人々が示している社会の反応や突き上げを私たちは誇りに思っている。私たちは心でも、地域の集会でも、行動でも彼らとともにいる。奴らが彼らを「ペロフロウタ」呼んで、その勇気を傷つけたいなら、私たちのことを「イヤヨフラウタ」と呼べばいい。

それ以来、金融システムに抗議して株式市場を占拠したり、公共料金の値上げに抗議してバスを占拠したりと、今までに21もの抗議活動を行ってきました。この動きはスペイン国内に広がり、マドリッドやバレンシアなど計14のイヤヨフラウタが存在しているとか。デモでも欠かせない存在となり、メディアにも取り上げられています。

「私たちは自分たちを15Mの息子たちだと思っている。15Mはとても重要な意味を持つ自由の爆発で、私たちに再び倫理を注入してくれたんだ」と発起人の一人セレスティン。この番組が収録された日は労働法改正に抗議して経営者団体の本部を訪れるところで、参加者の一人は「自分たちは大変な思いをして労働者の権利を獲得してきて、現在年金生活ができている。少なくとも自分たちが手にしてきたのと同じ権利を、孫たちに残したい」と語っています。

El Diarioより)

フェイスブックで若いグループと交流し、ツイッターで抗議活動への参加を呼びかける、平均年齢70歳の大きな大きな15Mの子供たち。「99%のための世界」が実現するまで彼らの闘いは続きます! Visca els Iaioflautas!!