フェミニズムと資本主義⑵ – ニ・ウナ・メノス

米国から世界に広がったフェミニズム運動me tooが、スペインにさほど影響を与えていない理由のひとつが、スペイン語圏では先行して国境を越えた強力なフェミニズム運動が存在していたこと。それが、3月8日のフェミニズム・ストライキのマニフェストの中でも言及されている【Ni una menos ニ・ウナ・メノスと呼ばれる運動です。

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「Ni una menos 」は、日本語に訳すと「もう一人も殺させない」とか「もうこれ以上の犠牲者はいらない」という意味で、2015年にアルゼンチンで生まれると、ラテンアメリカ諸国に広がり、さらにスペインやイタリアにも飛び火しました。「女性に対する性暴力との闘い」という点ではme tooと同じなのですが、異なるのはNi una menos の背景にはスペイン語の【Feminicidio】という言葉があり、この言葉の一般化のプロセスと切り離して成立しないこと。

スペイン語では【Genocidio(虐殺)】に女性を意味する形容詞【Feminino】を組み合わせた言葉が【Femicidio フェミシディオ】と【Feminicidio フェミニシディオ】と二種類あって、厳密にはそれぞれの意味も異なります。国による違いもあるので、本稿ではスペイン語王立アカデミー(通称RAE)に従うことにします。それによると…

Feminicidio フェミニシディオ:  性別が(女性であるという)理由による女性の殺害

スペインのフェミニスト・ストライキのマニフェストにも出てきた「フェミニシディオ(女性虐殺)」をRAEがスペイン語の正式な語彙として辞書に掲載したのは2014年に出た第23版からと、つい最近の話。このRAEの決定に大きな影響を与えたのが、34時間に一人の女性がフェミニシディオの犠牲者になっているアルゼンチンの女性たちでした。この経緯を簡単に振り返ってみましょう。

2008年にアルゼンチンの首都ブエノスアイレスにあるCasa del encuentroというNGOが、性別が理由の暴力によって女性が殺害されるという問題を可視化しようと動き始めました。この当時は男性パートナーによる女性の殺害は「Crimen Pasional(情熱の犯罪)」と呼ばれていました。ジェンダー暴力(Violencia de género)による冷酷な殺人をあたかも情熱的な愛情が原因であるかのように扱う呼び方に問題があると考えた彼女たちは、翌年2009年にフェミニシディオの研究機関を立ち上げます。

その後、2013年から2015年にかけて10代の若い女性が恋人や元恋人に殺害される事件が相次ぎ、ジェンダー暴力による殺人が深刻な社会問題として認識されていきます。そうした中で、事件をスキャンダラスに取り上げ、被害者やその家族のプライバシーを脅かす取材を行うマスメディア。その報道姿勢に対して、ジャーナリストなどマスメディアで働く女性たちが抗議の声を上げて「フェミニシディオ」という言葉の普及に力を入れていきます。

状況が大きく動いたのが2015年、14歳の少女が恋人だった16歳の少年に殺害される事件がきっかけでした。6月3日、一人の女性ジャーナリストの発案であるスローガン「Ni una menos 」を掲げて何万という人々が路上に出ると、ネットも#NiUnaMenosで埋め尽くされ、記録的な大規模抗議活動が起こりました。ここからNi una menosという名称の元で、女性に対する暴力の撲滅を目指す動きが生まれました。

そして、ウルグアイ、ペルー、メキシコなどのラテンアメリカ諸国、さらには、同じスペイン語圏のスペインや移民の歴史でアルゼンチンと繋がりの深いイタリアにも拡大。実は、スペインで「フェミニスト・ストライキ」は2014年頃から話題に上っていた計画だったのですが、2016年にNi una menosが女性のストを成功させたことから、一気に現実味を帯びたものになりました。

また、「魔女狩り」を「フェミニシディオ/女性虐殺」や「女性に対する暴力」の一例とみなす視点が生まれたことで、2010年にスペイン語訳が出版されていた米国のフェミニスト、シルビア・フェデリチの著作『キャリバンと魔女』が改めて注目されることにもなりました。フェデリチは2015年4月にブエノスアイレスの大学で「Mujeres y Reproduccion Social en el Capitalismo Contemporaneo(現代資本主義における女性と社会的再生産)」というテーマで講演を行っています。

『キャリバンと魔女』が原書が出版された米国よりも、スペイン語圏で大きな支持を集めているのは、この著作の中でイタリア出身のフェデリチがの中で女性に対する暴力の原因として【Patriarcado 父権主義】を大きく取り上げたからでしょう。日本では伝統と結びつけられている父権主義/家父長制イデオロギーを、スペイン語圏やイタリアの社会に植え付ける装置として機能してきたのがカトリック教会でした。

父権主義的な価値観が支配的な社会では、女性に対する暴力に対して犠牲者が声を上げてもその声は押しつぶされてしまいます。父権主義的な社会であることも、me tooがスペイン語圏で広まらない理由の一つで、裁判に訴えたところで、司法が加害者である男性に甘い判断を下すため、犠牲者の救済手段として機能しないのです。

こうした社会状況すべてに「もううんざりだ!」と、立ち上がったのがNi una menosでした。「フェミニシディオ」という言葉によって、女性に対する暴力は愛情のもつれといった個人レベルの問題ではなく、現行の社会のあり方が制度的に生み出す社会問題であるということを指摘し、社会全体を変革することで女性に対する暴力をなくそうとしています。現在のスペイン語圏のフェミニズムの課題は、何よりもまず、父権主義を倒すことなのです。

チリのアナ・テジュが2015年に発表した「反父権主義」

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フェミニズムと資本主義⑴ – 世界を止めろ!

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バルセロナのデモのスローガンは「すべてを変革するために私たちは止まる」

今年の3月8日国際女性デーに、スペインではHuelga feminista フェミニスト・ストライキが実施されました。 二大労組の発表によると、スト参加者は580万人(スペインの人口は約4700万人)に上ったとされています。この日「なぜ、スペインではストライキという経済活動をストップさせる抗議の手法が取られたのか?」というと、主要な目的の一つが現行の経済モデルである資本主義への異議申し立てだったからです。

国外のメディアでは「男女格差」「性差別」「セクハラ」「女性に対する暴力」への抗議と報道されていましたが、スペイン国内では3月8日抗議行動の核に反資本主義の主張があることは周知の事実でした。だからこそ、リベラル政党C’sシウダダーノスは「反資本主義の運動は支援できない。賃金格差を解消して男女平等を獲得する最良の方法は議会で活動すること」としてスト不参加を表明し、右派の政権党PP国民党もストに反対する姿勢を崩さなかったというわけ。

また、「ゼネスト」と呼ぶ報道もありましたが、正確にはゼネストではありません。二大労働組合UGTとCCOOがストを呼びかけたのは、職場放棄が合法的なスト権の行使とみなされるようにするという法的な問題をクリアするためでした。ただ、性別を限定したストを呼びかけることはできないので、普通のストライキを呼びかけただけで、あくまでも目的は「女性のストライキの実現」でした。

つまり、この過去に例を見ないストライキを仕掛けたのは労働組合ではなく、100を超えるフェミニスト団体から構成されるComisión 8M(3月8日委員会)だったのです。彼女たちは2017年9月の発足から、労働、家事、学業、消費という多岐にわたる活動をストップさせることで、社会における女性の存在を可視化させようと活動を続けていました。この日の出来事はスペインの社会変革に大きな影響を及ぼしているので、ちょっと長くなりますが全文を紹介しておきます。

この中に出てくる【sororidad ソロリダ】は、スペイン語でも最近辞書に掲載されるようになった新しい言葉なので、日本語はもちろん英語にも対応する言葉がないようです。「女性の間の姉妹のような連帯関係」で「平等を達成することを目的とした社会の変革を押し進めるために築かれる支援のネットワーク」のことを指します。

HaciaLaHuelgaFeminista

3月8日宣言

団結すれば私たちはより大きな力となる。毎年3月8日、私たち女性は獲得してきた権利を護るために結ばれた女性の間の同盟を祝っている。それは、世界中の数多くの女性たちの団結であり、この団結こそが、私たち全員にとっての大きな勝利を可能にし、今日私たちが手にする権利を私たちにもたらしたものだった。私たちの前には、活動家、婦人参政権運動家、労働組合員といった女性たちの長い闘いの系譜がある。第二共和政をもたらした女性たち、スペイン市民戦争で闘った女性たち、植民地主義と闘った女性たち、そして、反帝国主義の闘いに参加した女性たち。にもかかわらず、私たちには、まだ十分ではないことがわかっている。やるべきことはたくさん残っており、私たちは闘い続けている

ソロリダ】が私たちの武器だ。この多岐にわたる行動によって、私たちが前進し続けることが可能となる。3月8日は私たち女性の日であり、国際的な日であり、要求を主張する日でもある。今日3月8日、私たち世界中の女性はフェミニスト・ストライキに召集されている。

私たちのアイデンティティは複合的で、私たちは多様だ。田舎に暮らす人もいれば、都会に暮らす人もいるし、家の外で労働者として働く人もいれば、家族の世話で働く人もいる。私たちはジプシーであったり、移民であったり、人種差別の対象であったり、このいずれでもなかったりする。私たちにはあらゆる世代がいて、レスビアン、トランス、バイセクシャル、インターセクシャル、クイア、ヘテロ…である。私たちは、ここにいない女性でもある。私たちは殺害された女性であり、囚われている女性である。私たちはすべての女性である。今日、私たちはともに世界を止めて叫ぶ。私たちの前に立ちはだかるすべての暴力には、うんざりだ!と。

攻撃、屈辱、差別、排除には、うんざりだ! 私たちは、マチズム(男尊女卑)の暴力に対する国家協定を要求する。大人の女性に対する暴力も女の子に対する暴力も存在しない社会の実現を支援するような、現実的かつ効果的な政策の推進のための資金と手段を備えるものでなければならない。私たちは、社会的な権利や再生産/生殖の権利を求める闘いを率いる者たちに対する弾圧に抗議する。

年齢や立場に関わらず私たち女性が体験する日常的で不可視化された男尊女卑の暴力には、もううんざりだ! 私たちは、いつでもどこにでも自由に動けるようになりたい。私たちは、性的暴力を指し示して告発する。それは、私たちの身体が父権主義的に私物化されていることの典型的な表れであり、移民の女性や家事労働に従事する女性といった弱い立場にいる女性により甚大な被害を与える。一刻も早く、私たちの「Ni una menos もう一人も殺させない」という要求を現実のものとしなければならない。

私たちの性的な指向やアイデンティティに対する弾圧には、うんざりだ! 私たちは、男尊女卑の暴力のもう一つの形式として、社会や行政機関、職場におけるLGTBI嫌悪を告発する。私たちは女性であり、私たちは様々である。

自由な土地にいる自由な女性!

私たちは、生命を再生産する者だ。私たち女性が行う家事労働や世話は生命を維持するために必要不可欠である。大部分においてタダ働きであり、その価値が切り下げられているのは、資本主義の発展におけるイカサマである。今日私たちは、家庭や社会における世話のストライキによって、家庭の中で行われたり、低賃金だったり、地下経済として扱われることによって、誰も(その価値を)認めようとしない仕事を目に見えるものにするのだ。世話という仕事を最重要な社会的利益の一つと認めること、このような仕事を(社会の中で)再分配することを私たちは要求する。

今日私たちは、男尊女卑の暴力や搾取、抑圧から自由な社会を要求する。私たちに従順や服従、沈黙を強要する父権主義と資本主義の間の同盟に対する反逆と闘いを、私たちは呼びかける。

私たちは、同じ労働を男性より悪い労働条件や低い賃金で行うことを受け入れない。そのために、今日私たちは労働のストライキも行う。

ガラスの天井や非正規雇用に対するストライキ。私たちがようやく手に入れた仕事は、一時的なものであったり、非正規であったり、低賃金であったり、望まない短時間労働であったりするからだ。私たち女性は失業者リストを増大させている。私たち女性が行う仕事の多くには保証も法的な規制もない。そして、より良い仕事を手にしても、賃金が良く責任も大きな仕事は男性によって独占されていることに気がつくことになる。民間企業や公的企業、行政機関、政治においても、性別による格差が再生産されているのだ。

女性であることによる賃金差別、職場における軽視やセクシュアルハラスメントには、うんざりだ! 

女性であることが貧困の主要な原因であること、多様であることがペナルティとなっていることを告発する。非正規雇用は、私たち女性の多くにとって若くない、移民である、人種差別の対象である、多様な役割を持っている、普通と考えられることからかけ離れたイメージを持つという理由で、さらに深刻なものとなる。労働の状況が尊厳のある自立した人生を計画することを可能にするものであることを、私たちは要求する。また、雇用が生活の必要性に応じたものであることを。妊娠や介護が解雇や職場での差別の対象であってはならないし、私生活あるいは職業上の見通しを損なうものであってもならない。

私たちはまた、私たちが獲得してきた年金も要求する。私たちに貧困に苦しむ老後を強いる、わずかばかりの年金はもういらない。私たちは年金を共同名義とすること、年金を算出する際に家族の世話に費やしたり、農地で働いたりした時間を労働時間として認めることを求め、家事労働を規制する国際労働機関(ILO)協約189号の批准を求めて闘う。

世界レベルで唯一の思想を押し付けて、地球と生命を破壊する野蛮な新自由主義に反対であると、私たちは力一杯叫ぶ。女性は生物多様性の保全や気候変動との闘いにおいて重要な役割を担っている。それだからこそ、私たちは民衆の食糧主権を断固として護る。私たちは、土地と耕作を護るために生命を危険にさらす多くの仲間の活動を支援する。私たちは、生命の保護を経済と政治の中心に置くことを要求する。

私たちは、一切の美的なプレッシャーを受けることなしに、自らの生命、健康、身体の主役となることを要求する。私たちの身体は商品でもモノでもない。だからこそ、私たちはまた、消費のストライキも行う。宣伝広告として利用されるのには、もううんざりだ!

私たちはまた、私たちの生命や感情、状況を病気とみなすことをやめるように求める。投薬治療は私たちの健康ではなく、大企業の利益に応じたものであるから。私たちの生命のプロセスを病気とみなすことには、うんざりだ! 

教育は、私たちの性的あるいはジェンダーのアイデンティティを築く最も重要な段階であり、だからこそ、学生や教員、教育関係者やすべてのフェミニズム運動として、私たちは非宗教的かつフェミニズム的な公教育を受ける権利を要求する。女性が教員の大半である初等教育過程から大学に到るまで、ヘテロ父権主義的な価値観から自由であること。私たちはまた、恐怖心やコンプレックス、あるいは単なるモノになることとは無縁で、多様性を私たちに示してくれ、教室内でのいかなる男尊女卑あるいはLGTBI嫌悪に基づく暴力も許さないような感情と性の教育を受ける権利も要求する。

私たちは、教育におけるすべての領域や場所における男女共学の推進、そして私たちの歴史を書物の余白に追いやることのない教育を要求する。その中では、ジェンダーの視点はあらゆる教科において横断的なものでなければならない。私たちは例外的な存在ではないい。不変の存在であるにも関わらず沈黙させられてきただけなのだ!

世話、消費、労働、学業のストライキよ、永遠に!

フェミニスト・ストライキよ、永遠に!

いかなる女性も非合法な存在ではない! レイシズムと差別にはうんざりだと言おう。大きな声で叫ぼう! 戦争と武器製造に反対!と。父権主義と資本主義の延長線上に生み出されるものが戦争であり、それは領土と人間の支配することを目的としている。戦争の直接の結果が世界中に何千という難民の女性たちだ。犠牲となり、忘れ去られ、暴力に晒された女性たちである。私たちは、その理由に関わらず、すべての移民を受け入れることを要求する。

私たちは自由な土地にいる自由な女性!

医療制度や社会保障、教育といった女性がより大きな影響を受ける分野の予算削減を私たちは告発する

汚職が危機を悪化させる要因であることを私たちは告発する。

父権主義的な司法が私たち女性を完全な権利の主体とみなさないことを私たちは告発する

私たちが深刻な弾圧と権利の縮小に苦しんでいることを私たちは告発する

生命と権利と条件における完全な平等、そして、私たちの多様性の完全な受け入れを私たちは要求する

私たちは自由でありたい! 生きていて、フェミニストで、闘争的で反抗的でありたい!

フェミニスト・ストライキは今日で終わるのではなく、私たちが望む世界を達成するまで続く!