ラモンのタトゥー

若い人々には歌手マヌ・チャオの父として、年配の人々には作家として知られているこの73歳の紳士が、上品なスーツの下に15個のタトゥーを隠しているとは誰にもを想像できないだろう。本を出版するたびに一つずつ増えるタトゥーを彼自身は大変に気にいっているのだが、このことを知っているのはラモン・チャオの親しい友人だけだ。「私の皮膚にはものすごい芸術的価値があるんだ。この皮膚を遺すために、芸術学院へ献体しようかと考えているところなんだよ。妻のフェリサは嫌がっているけれどね。」とガリシア出身の作家ラモン・チャオは言う。(2009年2月16日付記事『Ramón Chao, papá de Manu Chao, cuenta la historia de sus tatuajes』より。原文はこちら

著作『氷と火の列車』の中で自ら語っているように、最初のタトゥーは1992年にコロンビアで入れたマノ・ネグラのシンボルでした。ボゴタからサンタマルタまでゲリラが大きな勢力を持つ危険地域を列車で回るという、無謀とも言える息子たちツアーの成功を願っていれたもの。

「Las Andaduras del Che(仮/チェのさすらい)」のプロローグでイグナシオ・ラモネが明かしていますが、それ以降タトゥーがこんなに増えたのは、ウルグアイ人作家Juan Carlos Onettiフアン・カルロス・オネッティの言葉がきっかけだったそうです。

「死の淵にいる彼に、死ぬのは怖いかいってきいたんだ。すると彼はこう答えた「怖くないよ。だって私の本の登場人物たちが1人ずつ私に付き添うためにやってくるだろうからね」私はいちいち呼び立てなきゃいけないのは面倒だから、身につけているんだ。これがタトゥーをしようって決めたって理由さ」(同上)

2度目に会ったときラモンはヒッピー風の白いシャツを着ていたので、木綿の薄い生地の下からいくつものイラストが薄ら見えていました。他にも人がいるバルでこんなこと頼むのもなと思ったのですが、好奇心には勝てず、ちょっとだけタトゥーを見せてもらえないかと控えめに頼んでみると…。

『もちろん』と誇らしげにめくってくれたシャツの下には、タトゥー、タトゥー、タトゥー。ちょうど胸の下にはチェが顔をのぞかせ、マノ・ネグラのシンボルはもちろん、キューバをほのめかすような椰子の木や、卵を産む鶏まで、賑やかなことと言ったら。どれもがワォズニャック、スペイン人のアントニオ・サウラやミゲル・バルセロなどの素晴らしいアーティストの手による想像上の生き物だそうです。なるほど芸術的価値があるわけです!!

現在も増殖中で昨年の9月の段階では19個ありました。それではこちらからラモンの移動ギャラリーをご覧下さい。

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