ここまでの道のり-8

9月も終わりに近づいた頃、ラモンからバルセロナに寄ると連絡がありました。指定された待ち合わせ場所はゴシック地区のバル・エル・マリアッチ。マヌと深い関わりのあることで知られるバルですが、後でオーナーのファン・ルイスに聞いたところによると、最初に彼が知り合ったのはラモンの方だったとのこと。ちょっと意外でした。

「いやあ、今日は朝早くから起きて荷造りで大変だったよ。」というわりには、数時間の船旅を終えたばかりだというのに、全く疲れた様子もないラモン。バルで再会したときには、すでに9時を回っていたんですけどね。インタビューが掲載されたラティーナ(こちらを参照ください)の見本誌を渡すと「日本語は読めないけどきれいな雑誌だね~。」と至極満足気な顔つきでページをめくっていました。

ファン・ルイスもやってきて雑談をしていると、「ラモネがジャーナリズムの賞を受賞して(こちらを参照ください)、授賞式に付き添うことになったから、来月末もバルセロナに来るよ。その数日後にはマヌがコンサートをするから、ロンドンに行くんだ。」と嬉しそうなラモン。いくらヨーロッパ内だから近いといっても、話を聞くだけでも目の回りそうなスケジュールに「全然じっとしてないのね」と言うと、本当にびっくりしたような顔で「何のために? 何のために立ち止まる必要があるんだい?」。

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さて、再会から数週間が過ぎた10月中頃に届いたラモンからのメール。なんでも、バルセロナで行われる授賞式の翌日に、パリでゼネストが予定されているとのことで、パリに戻る飛行機が飛ばない可能性がある。どうしても翌日にパリに帰らなければならないので、授賞式への出席を断念するとのことでした。パリの様子はスペイ ンでも盛んに報道されていたので、もしかしたらと思っていたのですが、なんとも残念な結果になってしまいました。

ストなら仕方ないよなと思いつつ続きを読むと、「私は行かれないが、君は行ってきなさい。」という言葉に続いて、招待状を入手するための方法が載ったメールが転送されていました。ラモンもいないのに私が行 く??? 確かにこの前会ったとき、ラモネ氏を紹介してくれると言っていたけど、それとこれとはちょっと話が違うんじゃないの。州政府大統領や大臣までくるような受賞式に、ラモンなしで行ってどうするのと一瞬躊躇したものの、やっぱり好奇心には勝てません。

とりあえず行ってみて、もしチャンスがありそうだったら、話しかけてみようなんてのんきなことを考えていたら、ラモンから再び今度は私の心を見透かしたようなメールが。そこには「ラモネには君のことを話してあるから、必ず挨拶するように」という明解な指示が書かれていました。それもとってもわかりやすいスペイン語で。緊張して話しかけられなかったなんて言い訳、ラモンには通用しないだろうなと、一気に緊張が高まってきました。

いよいよ当日。少し早めに会場のパラウ・デ・ラ・ムジカへ。蓋を開けてみたら、用意されていたのはなんと受賞者友人席で、当のイグナシオ・ラモネ氏の斜め後ろ。これでは挨拶できなかったと言い訳できない。どのタイミングでなんと声をかけようか式の間中、気が気ではなかったのですが、式が終わり退席寸前になんとか声をかけることができました。「君がラモンの!」ととても気さくに応対してくれたものの、緊張で頭が真っ白になってスペイン語どころか言葉自体が出て来ない…。

さらには、彼の元には次から次へと人が挨拶に訪れるので、ほんの一言二言を交わしただけでも十分と、そこですっかり力が抜けて、その後に行われた祝賀会で近寄る気力はもう残ってませんでした。そのときは大満足で帰路についたのですが、後から考えてみるときいてみたかったことが次々と思い浮かぶんですよね。ラモンの「何のために立ち止まる必要があるんだ?」という言葉を思い出して、もうひと頑張りして突っ走れば良かったなと、ちょっと後悔の残る出来事でした。


世界遺産にも登録されているPalau de la Músicaパラウ・デ・ラ・ムシカは、モデルニスムを代表する建築家Lluis Domenéch i Muntanerルイス・ドメネク・イ・ムンタネルの代表作。この美しい音楽の宮殿を巡っては、管理団体の長が起こした着服事件を巡って一悶着あったのですが、スキャンダルに巻き込まれても美しさは変わりませんね。今回久々に訪れてしみじみ思いました。外装ももちろん素晴らしいですが、なんといっても内部の装飾が圧巻なので、もし訪れる機会があれば是非中に入ってみてください。ガイド付きのツアーもありますが、オススメはコンサート。現在もバルセロナを代表するコンサート会場として使われていて、クラシックからジャズ、ポップスまで幅広いジャンルのコンサートが行われています。こんなホールで音楽が楽しめるなんて素敵だと思いませんか!

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一時帰国もあって12月は更新をお休みいたします。何かニュースがあれば更新するかもしれませんが、今のところ再開は1月7日を予定しています。

ここまでの道のり-7

このブログの開設前後から、プロジェクトの進行状況の報告やブログの件でラモンと定期的にメールのやりとりをするようになりました。そんなある日のこと「話がしたいから、電話番号を教えてもらえないか。」というメールが届きました。未だに電話でスペイン語を話すのは少々気が思いのですが、そんなことも言っていられないので、すぐに電話番号を知らせるメールを返信しました。でも、心の中はかかってくればいいいなとかかってこないといいなという思いが半分半分。

その当日のこと。昼食を食べに家に戻ると、夫が玄関までエプロン姿で走って来て「ラモン・チャオから電話があったよ。名前は聞かなかったけど、ガリシア訛りの年配の男性だったから彼だと思う。昼食に戻るとは伝えておいたから、また電話があるかも。」ちなみに、こちらに来てから携帯を持つのをやめたので、ラモンには家の電話番号を教えてありました。

「ええ、本当にかけてきた!!でも、留守で良かった…。心の準備もできてないし。」っていうのが、実は一番最初に頭に浮かんだこと。今日はもうかかってこないだろうと、昼食を食べソファーでうとうとしていると、「ラモンから電話!」と夫に起されました。やっぱりラモンは想像通り、思ったら即実行、行動の人でした…。

というわけで、心の準備も何も、半分寝ぼけた状態でラモンとの初めての会話を交わす羽目に。「オラ」と出てみると電話の向こうから聞えるガリシア訛りのスペイン語は、Youtubeで見たインタビューと同じ。受話器の向こうにその声を聞いて、私がメールをしていたのは本当にラモン・チャオだったんだと、改めて実感しました。

ラモンはスペイン人らしくよくしゃべる人で、なんだかんだと私が会社に戻るぎりぎりの時間まで話していました。で、今回の用件というのは、なんと6月にバルセロナに行くからその時に会わないかという話で、もちろん私に異存があるわけなんかありません。

こうしてついに初対面の日がやってきました。「Mediodíaメディオディアにはバルセロナに着くから、着いたら電話するよ。」って言われていたのですが、このメディオディアっていう時間帯がくせもの。日本語ではお昼とか正午と訳されるんですけど、ここに大きな文化ギャプがあるんです。日本ではお昼と言えば12時から2時位までの2時間程度のことを指すと思いますが、スペインではだいたい1時から4時、下手すると5時近くまでが含まれます。

どうにも予定を組むのが難しいので、休暇を取って家で待機していました。会社に行ってもとてもじゃないけど仕事にならないだろうし。ちなみに、スペインではTardeタルデ(午後/夕方)と言えば、5時頃から9時、夏は10時ぐらいまでのこと。夕方に会おうと言われて待ち合わせ時間が8時って日本の感覚ではありえないですよね。

この日は朝から電話が鳴るたびにドキドキしていたのですが、ついに2時過ぎにラモンから電話がありました。そして、ラモンが待つマヌ・チャオ邸に向かい念願の初の対面。ラモンは小柄で人の良さそうなおじいちゃんといった風なのですが、話を始めると一変、どこから出て来るのかと思わせるようなエネルギーで、少ししゃがれ気味の声で話すその話のおもしろいことと言ったら!

だからといってそこはガリシア人。まくしたてるようにと言うのではなく、おっとりとしたペースで、次から次へと話を展開していくんです。あまり時間がないということは聞いていたので、出来るだけ手短に切り上げようと思っていたのですが、いざ話し始めてみると話の腰を折るスキがない!!

終わってみれば軽く4時間以上は話をしていました。フランスのラジオの仕事を通して、スペイン語圏の著名人は文学者から政治家までほとんどみんな知っているようなので、私の方も好奇心がかき立てられて次から次へと質問して、火に油を注ぐ結果になってしまったのですが。

肝心の翻訳に関してのいくつかの疑問にも丁寧に答えてくれて、本当に有意義な時間になりました。このときに行ったインタビューの内容は、折りを見て発表しようと準備中です。どうぞお楽しみに!


インタビューを行ったサロンは、色とりどりのワォズニャクの絵で囲まれたなんとも不思議な空間で、すべてが手作りの暖かみに溢れていました。ワォズニャクは、チャオ一家とは家族ぐるみの付き合いをしているそうで、ラモンとも一緒にキューバについての絵本『Cuba Miracles (キューバの奇跡)』を制作しています。ちなみに、この絵本はマヌの弟アントワーヌが手がけたCD付き。

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ここまでの道のり-6

大枠が決まると後は案外あっさりと進むもの。メールであれこれとやりとりしながら、いろいろとアイデアが出てきました。まず考えたのがこのプロジェクトの大きな柱の一つジンについて。ジンの方向性としては、ラモン本自体を読む時に役に立つ、副読本のようなものにすることに決まっていました。

というのも、スペイン語の読者に向かって書かれた原本と日本語の読者に向けて作る翻訳版では、読者の持つ背景が違うので予備知識が大分異なっています。これは翻訳につきものの問題だと思いますが、原文では名詞一つであっさりと書かれていることを、翻訳版の読者に理解してもらおうとすると、背景を含めて数行の説明が必要なこともたびたび。このことはラジオチャンゴの社会問題を扱う記事を訳しているときから感じていて、少しでもそのギャップを埋めようと、注釈をつけたり補足の説明を加えてきました。

ラモン本の場合も、キホーテやゲバラといったスペイン語圏であまりにもポピュラーな人物が物語の核になっているため、日本での一般知識の差がとても大きく、ただ訳すだけではどうしても情報が不足してしまうのです。さらに、この本を通して著者のラモンが伝えようとしているメッセージは、アルテルモンディアリスムと呼ばれる『もう一つの世界』を目指す動きと深く関わっているのですが、この動きの中心がラテンアメリカにあるため、情報発信に使われるのが主にスペイン語。そのため、この運動自体が日本ではあまりに知られていないという点も、原書が読まれる環境と大きく異なっています。

ラモンのメッセージをしっかり伝えるために、こうしたところも少しフォローしていきたかったのですが、注釈に入れるには情報量が多すぎました。それで苦肉の策として、冊子版用の翻訳には本文の途中に数行に及ぶコメントを埋め込む方式を取りました。

冊子版はあくまでも私的なものだったのでこれで良かったのですが、翻訳として出版するには、翻訳をしている私が前面に出過ぎている。ということで、原文からこのコメント部分を削る代わりに、ジンでそういった情報を補足して いったらどうかということになったのです。それを念頭に置いて中身を考えてみたものの、取り上げたいことがあまりにもたくさんある!!

ジンからも漏れてしまう情報をどうするか。そこから、ブログという案が浮かんできました。ブログなら分量の制限もないし、バルセロナから直接日本に情報発信ができるし。ラモンにブログの件を相談してみると、アイデアを気にいってくれて、特別にメッセージを書き下ろしてもらえることになりました。3月中旬から本格的に準備を開始し、そしてついに4月、このブログが誕生したというわけです。

というわけで、今後はここまでの歩みと平行して、本を読む人の役に立つ(と思う)周辺情報も順次アップしていく予定です。

ミゲル・デ・セルバンテス

ミュージカルにもなっている「ドン・キホーテ」は、日本でもよく知られている外国文学の一つだと思いますが、スペイン語圏での知名度は桁違い。なんといってもその作者セルバンテスは、スペイン語文学の父とされる人なのですから。そんなセルバンテスから名前を取ったInstituto Cervantesインスティトゥト・セルバンテスはスペイン語の普及のために活動する組織です。マドリッドに本部を持ち、世界各国でスペイン語やスペイン語圏の文化を紹介するために活動しています。ラモンも招聘されて英国などで講演を行っているそうです。

ついに日本にもその支部セルバンテス文化センター東京ができました。私自身はほぼ入れ違いだったので、利用したことはないのですが、スペイン語のクラスの他にもさまざまな文化的イベントが行われているみたいですよ。

ここまでの道のり-5

こうした思いもよらない展開によって、趣味で作成した翻訳を冊子を再版することが決まると、今度は中身が問題になってきました。本当に個人的な思い入れだけで作ったもので、時間的な制約もあったため、校正や修正をきちんとやることなくほぼ一次訳の段階で印刷してしまっていたのです。後から見直してみれば、誤字脱字はもちろん勘違いによる単純な誤訳もあったので、翻訳の手直しに取り掛かることにしました。

ところで、スペインの会社は夏の間、勤務時間が短縮されるHorario Itensivo集中勤務と呼ばれる制度を採用しているところがあって、幸いなことに私の勤務先もその一つ。7月から9月の半ばまでは毎日昼休みなしの6時間45分労働となります。つまり、朝8時に行けば3時前には仕事場を出ることができるというわけです。といっても年間労働時間は日本とあまり変わらず、1日8時間労働を週5日が基本。私が働く会社の場合は、毎週金曜日と夏を集中勤務とするために、月曜日から木曜日までは毎日8時間半働くことになっています。計算してみたことはないのですが、こうすると帳尻が合うらしいです。ということで、この自由時間を利用して、原文の読み込みと翻訳の手直しを進めました。

一方、プロジェクト全体については、バルセロナと日本で共同で進めていかなければならなかったのですが、距離も時差もあるために基本的な話し合いの手段はメールに限られてしまいます。そんなわけで、ラモンから一応のOKはもらったものの、なかなか詳細が詰められないまま、再び冬を迎えてしまいました。

このままじゃまずいと、12月に一時帰国した際にカフェ・ラバンデリアに通って、いろいろと話し合いました。やっぱり直接顔を見ながら話し合うと進みが早い!! たった数回の打ち合わせで、書店に並べられるようなちゃんとした形の本にすること、本を読みたいなと思う人に協力してもらえるようにZineジンを作成して販売するなど、この計画の骨子となる点が決まりました。

ちなみにジンとは英語のMagazineマガジンに由来する言葉で、アマチュアの人々が自らの手で作成して発行するいわゆる同人誌のようなもの。アンダーグラウンドの詩人たちが自分の作品を発表するために用いたそうです。そんな彼らの心意気を見習って、私たちの出版計画をより多くの人に知ってもらうために、この手法を取ってみることにしました。

バルセロナに戻り、ようやく具体的になってきた私たちの計画の中身をラモンに報告すると、『大分時間がかかったね』と言いながらも、ワズニャックの挿絵も含めて翻訳出版への使用を許可してくれました。こうして今年の1月、ようやくラモン・ブック・プロジェクトが本格的に動き始めたのです。

Cafe Lavanderiaカフェ・ラバンデリアは地下鉄『新宿三丁目』のすぐ近くにあるカフェで、ラジオチャンゴJP講座でもお世話になっています。メキシコ・チアパス高地のサパティスタ自治区で生産されたフェアトレード・コーヒーのサパティスタ・コーヒーや、パレスチナにあるキリストが最後に隠れ住んだというタイベ村産タイベビール(ゴールデン/ダーク)、スペインのConfederacion Nacional del Trabajo(全国労働者連合)が生産している有機ワインCNTワインなど個性豊かなメニューが揃っているので、新宿にお立ち寄りの祭には是非足を運んでみてくださいね。

ここまでの道のり-4

手紙の内容をメール本文に貼り付け、「チェのさすらいの日本語訳について」 というタイトルをつけ、ラモンのメールアドレスを貼り付けて準備完了。送信ボタンを押したらこのメールがあのラモン・チャオに届くなんて、ちょっと信じられない気持ちでしたが、覚悟を決めて送信ボタンを押しました。送信完了のメッセージを確認して、もし返事が来るとしても数週間後だろうなと考えながら、スペイン時間の遅い昼食へ。

その日の夜メールを見ると、なんと受信ボックスにRamon Chaoの文字が!あまりにも早い返信に、一瞬別の友人のラモンからのメールだと勘違いしたくらいです。ドキドキしながらメールを開けてみると…

haz lo que quieras con mis textos; lo que deseo es que se difundan.(私の文章は好きなようにしてくれ。私の望みはそれが世に広まることだから。)

予想だにしなかった返信内容に再度びっくり。とてもシンプルな文章だったんですけど、もしかしたら重大な勘違いをしてるかもしれないと、思わずスペイン人の夫に内容の確認を頼んでしまいました。だって、こんなにあっさりと許可がもらえるなんて夢にも思っていなかったんです。

ラモンへの手紙を書きながら、そもそも、何もかもが未定のこんな雲を掴むような計画について相談されたところで、対応に困るだろうなということは想像がついたので、メールの最後には「私たちの計画について質問していただければ何でもお答えします」と書き添えました。質問でもなんでもいいから返信がもらえればと思って。

それでもし返信が来たらそれを糸口にして、何度かメールをやりとりしながら時間をかけて(その間に私たち計画も少しずつ具体的になって、もう少しは説得力のあるプロジェクトになっていくだろうし)私たちの思いを理解してもらおうという方針を立てて、その後の返信の構想もいろいろ練っていたんです。

それがあっさりOKが出て、なんか拍子抜けというか、一気に力が抜けていくのが自分でもわかりました。それと同時に、ラモンという人の懐の広さというか、人間としての器の大きさに触れて、彼のことをもっとたくさんの人に知って欲しいという思いが以前にも増して強くなりました。

頼んだ本人の私が言うのもなんですけど、出版社の人間どころか、プロの編集者でも翻訳者でもない、いうなれば一読者からの翻訳を出版させてくださいというお願いですから。こんな無茶な話に即答できる人なんてそうそういないよなと、この時やっと自分のお願いの無謀さに気づいたのでした…。

とまあ、いろんなことが頭を駆け巡ったのですが、ラモンへのお礼のメールと日本への結果報告メールを書き上げて、何はともあれまずはお祝いしようとCavaカバを買いに行きました。

バルセロナ市内のカバ専門店

このCavaカバとはスペイン産の発砲ワインで、クリスマスなど何かお祝い事がある場合には必ず出てきます。19世紀の終わりに、カタルーニャのPenedèsペネデス地方のワイナリーが、土着の葡萄品種を使ってフランスのシャンパンと同じ製法で作ったものがカバの始まりだそう。製法は同じなのですがシャンパンと呼べるのはシャンパン地 方で作られたものだけということで、スペイン産のものはカバと呼ばれています。

日本でも手頃な値段で売っているので、お酒のお好きな方は試してみてください。 発砲が強いので飲み口がすっきりしていて、日本の暑い夏を吹き飛ばすにはぴったりですよ。よ~く冷やして飲んでくださいね! Salud!!