タラハル海岸の悲劇

タラハル海岸。犠牲者を偲ぶ碑のような目に見えるものは何一つない。一面に立ち込める排泄物の悪臭と、蛇腹形鉄条網付きの塀があるだけ。他には何もない。

以前にブログ記事で扱ったタラハル事件。真実の究明を求める人々の努力が実って、ついに1月12日にセウタ地方裁判所が調査の再開を命じました。

欧州の国境管理の実験場となってきたスペインの飛び地で起こったタラハル事件は、欧州の移民政策全体に大きな影響を与える可能性を持つケースなので、背景をまとめたカタルーニャ出身のフォトジャーナリストLaura Gouのテキストを紹介します。鎌倉での写真展示のために書き下ろしてもらったものです。

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タラハル海岸。犠牲者を偲ぶ碑のような目に見えるものは何一つない。一面に立ち込める排泄物の悪臭と、蛇腹形鉄条網付きの塀があるだけ。他には何もない。

南境界線〜タラハル海岸の死の悲劇から二年。無処罰の二年。

ラウラ・ゴウ

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境界線

モロッコは、欧州に到達したいと願うサブサハラアフリカ(訳注:サハラ砂漠以南のアフリカ)の人びとにとって通過国の一つだ。彼らは、貧困、戦争、内戦、政情不安から逃げている。彼らの背中を押しているのは、共通する一つの感情―アフリカに未来はない―だ。つまり、彼らは今より良い人生を手にすることを夢見ている。

モロッコ北部には、陸路でスペインの飛び地セウタを通って、あるいは、海からイベリア半島までジブラルタル海峡を渡って、境界線を通過する機会を待つサブサハラアフリカの人びとが何百人も暮らしている 。

タンジェのブカルフ地区には、往来する人の絶え間ない流れがある。森から来たり、森に行ったり、あるいは、境界線を越えようとして失敗した人が戻ってきたり。ゲットーの通りを歩き、森に暮らす人びとの状況を知ると、驚くことになる。一見落ち着いているように見えて、いつ爆発してもおかしくないような空気がある。ここは、罪に問われることなしに、移民を襲撃することができるホットスポットなのである。

この話は身の毛がよだつようなものだ。棒や石、ナイフを用いる排外主義者のグループによる暴力的な襲撃(モロッコに合法的に居住していた25歳のセネガル人シャルル・ンドゥールが首を切られて死亡した)や警察の追撃(22歳のセネガル人モウサ・セックと16歳のカメルーン人シエドリック・ベテは、2013年に集合住宅の上階から落下して死亡した)が定期的に発生している。セドリックの死の後で、サブサハラアフリカ人共同体は「うんざりだ」と言いながらデモを行った。それ以来、状況は沈静化したように見えたものの、実際はそうではなかった。

2015年夏のラマダン期間中、身分証明書を持たない人びとを全て追い出すために、警察はブカルフ地区とその周辺の「清掃」作戦を実施した。28歳のコートジボワール人ママドゥ・コネが自宅の屋上から落下して死亡した。このため、このフォトレポートの中心となっているブカルフ地区は、もはやこの当時と同じ姿ではない。

一斉検挙は強化され、逮捕された者は国の南端のティーズニートや、数多くある即席の拘置所に送致される。タンジェ到達や国の北部へ近づくことが日増しに難しくなっているのを目にして、移民の多くは、旅を続けるための新しいルートとしてリビアを見ている。はるかに危険なルートだ。

こうしたものは全て、2013年に「 包括的かつ人道的で、人権を尊重する根本的に新しい政策」を発表したモロッコの公式談話とは何の関係もない。

現実には、あの年、モロッコはEUとの間に協定(行動計画)を結び、およそ1億5000万ユーロを受け取った。それは政治と経済における関係を強化すると同時に、国境管理を増強するためのものであった。実際のところ、スペイン国境はモロッコから始まると言える。定期的に「汚れ仕事」を行い、スペイン領への人びとの侵入を阻止する擁壁として用いられているのがモロッコである。これが「国境の外部化」や「南境界線」と名付けられているものだ。

出来事

公式見解によると、2014年2月6日セウタでサブサハラアフリカ出身の15人がタラハルから国境を越えようとして死亡した。彼らは陸路を試みた後に、海から国境を越えようとして、スペイン治安警察の野蛮な襲撃の犠牲となった。警察は彼らに対してゴム弾と催涙ガスを発射したのだ。このようにして、生命の危機にある人を救助する義務を怠った。いつも大規模な移民の流入があるときに行われているのとは異なり、警察はあの日、海上救助隊にも赤十字にも知らせなかった。

海岸に辿り着いた人々は自動的にモロッコへと送還されたが、これは移民法と国際協定に反する。この「ホット・リターン」として広く知られる実践は、数多くの組織から批判を受けた。国境越えを試みるサブサハラアフリカ人の多くが政治難民、あるいは未成年の可能性があるからだ。従って、法によれば、亡命希望者は、一度スペイン領土を踏んだら個別の扱いを受けるべきであり、ひとまとめにして送り返すことはできない。こうした理由から、数多くの法律家やスペインの大学の法学部教授のグループが「ホット・エクスプルージョン(追放)―国家が法を無視して行動するとき」という文書を作成し、その中で非合法的な方法で行動しているとして、政府を告発した。

内務省の説明は数時間毎、数日毎に二転三転。責任の所在と証拠についての言明を避け、事実について虚偽の報告を行った。

証言

セウタのCETI(移民一時滞在センター)に収容されているカメルーン出身の青年フランソワは、あの運命の2月6日に国境を越えようとした。今生きているのは奇跡的なことだと彼は言う。そのときのことを大変な痛みとともに記憶しており、市民警察の行動は、まるで「自爆テロ」か「周到に計画されたテロリストの攻撃、あるいは動物を対象にした狩り」のようであったと語る。

私は、他の若者たちとともにロム(訳注:写真キャプションではロメオ)と森で知り合った。彼は、兄弟のマキシムが2月6日に海で、自分の横で死んだとを私に説明する。その遺体を目にすることはなく、今でも家族にその死を説明する勇気を持つことができないでいる。彼はトラウマを抱えている。他の証言者や事件の犠牲者とは異なり、彼は現在もモロッコにいる。

ラスタは、あの日スペインの領土を最初に踏んだのは自分だったと言う。海の中では、沈まないように妻と他の数人を支えた。浜辺に近づくと、治安警察は「来いよ、モレーノ(黒人)、来いよ」と言って、彼らに催涙ガスを浴びせた。治安警察の小型船が水の中にいた何人かを攻撃したとも説明する。あのとき、犠牲者の数を知っていたならば、追放を拒否していただろうとも語る。

このレポートを書く際に知り合った証言者たちは、死者の数は80人に達する可能性もあると語る。大規模な襲撃が起こるたびに、その数は増えた。さらには、遺体の多くは海底に沈み、しばらく経ってから出てきた。しかし、このことが公にされることはなかった。

こうした経緯は取材のときにもまだ、彼らの中に鮮明な記憶として残っており、大きな憤慨とともに語られた。同時に彼らは支援を求めて、公正な裁きを要求している。

訴訟手続き―無処罰の二年

私人訴追として行動を起こしたONG(Coordinadora Barrios、CEAR、Observatri Descなど)のグループの申し立てにより、一年が経過してようやく治安警察官16人が過失による殺人の容疑で裁判にかけられた。結局、この案件は仮の不起訴処分となった。

この案件の担当裁判官によると、有罪判決を下さない論拠は次のようなものだ。「移民のたちはスペイン領土に違法に入るというリスクを引き受けていた。夜を利用して海を泳いでなだれ込み、大量の衣類を身に付け、モロッコ軍と治安警察の制止的行為を無視した」。

内務大臣ホルヘ・フェルナンデス・ディアスは、(治安警察は)発砲の衝撃を用いて海上に水上境界線のようなものを描こうとしていたのだと言って、裁判所の決定を擁護した。実際は、この悲劇的な出来事が起こったすぐ後に、治安警察が国境の「作戦行動」というコンセプト(2014年2月26日の「国境監視作戦行動プロトコル」)をでっちあげたのだ。それを用いて、移民が海から接近しようとし場合には、境界線は治安警察の部隊が形作るラインを越えたところから始まると言う。

刑法の教授マルガリータ・マルティネス・エスカミーリャによると、政府の主張は国内法や国際法の適用が除外される場所「グアンタナモ地帯」の創設を意味する。その上、司法上の規則に勝手気ままに決定される国境というコンセプトをカバーするものは一切存在しない。

ロンの証言はドキュメンタリー『Tarajal, desmuntant la impunitat de la Frontera Sud(タラハル―南境界線の無処罰を解体する)』に登場する。 私人訴追に参加した人権の分野で活動する法律家のグループObservatori Descが、この事案を視覚化して、無処罰のままとなってしまうことを回避することを目的として実現した作品で、制作会社Metromusterが制作を担当した。

イメージ、映像

セウタやメリーリャ(アフリカ大陸に位置するスペインの飛び地)のフェンスを乗り越える、あるいは、海上救助隊の船舶に救出される人びとというステレオタイプ化されたイメージが作り上げられている。被写体となった者を、鈴なりになった人びとという単なる図、あるいは、海で死んだ人びとの一人に変えてしまっている。

アムネスティ・インターナショナルが「S.O.S.ヨーロッパ―人間第一で、国境は二の次」キャンペーンの中で発表した報告書では、欧州連合(EU)とその加盟国が、移民が置かれている弱い立場を考慮することなしに、日増しに入り込むことが難しくなっている要塞を構築したこと、EU圏に入りたいと望む移民の数を誇張して社会不安を生み出すことで移民(国境管理)に関する支出を正当化していることが明らかにされている。

この展示は、南境界線に足止めされているサブサハラアフリカ人びとの可視化を試みるものだ。セウタの悲劇から2年以上が経過した現在、正義と人間の尊厳の名の下に、この出来事を記憶に残し、告発を続けることを可能とする場を見つけ出す必要がある。

2016年4月ラウラ・ゴウ

階級闘争とクールであること

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以前に「Chavsチャブズと新自由主義」で紹介した英国の若き左派論客オウェーン・ジョーンズの著作『Chavs: la demonización de la clase obrera(チャブズ―労働階級の悪魔化)』は、近年、スペインの左派に最も大きな影響を与えた著作の一つになりました。独立系の小さな出版社キャプテン・スウィングが発掘して1400ユーロ(約16万円)で出版権を獲得したこの著作は、一万部(このジャンルは通常3000部程度と言われる)を越えるベストセラーになったため、最大手プラネット社は第二作『The Establishment(エスタブリッシュメント)』の権利獲得に、手付金だけで7000ユーロ(約80万円)以上を支払ったと言われています。

スペインではこの著作にインスピレーションを受けて様々な議論が展開されましたが、カウンターカルチャーと政治が密接に結びついてきた背景もあって、新自由主義の問題において文化が果たした役割が注目される大きなきっかけになりました。このテーマに正面から取り組んだのが、同じくキャプテン・スウィングから2014年に出版されたVÍCTOR LENORE ビクトル・レノレ著『Indies, hipsters y gafapastas, crónica de una dominación cultural(インディ、ヒップスター、ガファパスタ―文化的支配の記録)』。 もっと読む

オーウェン・ジョーンズ・インタビュー

先週末に実施された欧州議会選挙において、英国では極右政党UKIP(英国独立党)が第一党に大躍進しました。

前回の記事で紹介したOWEN JONES オーウェン・ジョーンズの『Chavs: La demonización de la clase obrera(チャブズ―労働者階級の悪魔化)』は、新自由主義プロパガンダにおいてチャブズが果たした役割を明らかにするものだったのですが、チャブズと呼ばれる白人の労働者階級が極右勢力の支持基盤ともなっていることから、ファシズム台頭の背景を探る手がかりにもなります。そこで、本の内容が良く纏まっていたエル・ディアリオ紙掲載のジョーンズのインタビューを紹介しておきます。

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オーウェン・ジョーンズ・インタビュー

オーウェン・ジョーンズ以前には、チャブ(chav)は英国好きな人たちのための言葉であった。自宅がある公営住宅の入り口でフライドチキンを食べるジャージ姿の若者たちに関連する言葉で、目にするのは英国メディアにおいて、もしくは『リトル・ブリテン(訳注:英国のコメディ番組)』ファンなら、登場人物ヴィッキー・ポラードが口にするのを耳にしたかもしれない。いきなり、学生のような風貌の金髪の若者が登場して、その言葉を国全体がかかっている症状の名に変えてしまった。

彼の著作Chavs, la demonización de la clase obrera(チャブズ―労働者階級の悪魔化)は、現在の英国の労働者階級が象徴するものについての病を映し出し、解剖する鏡となった。オーウェン・ジョーンズは二つの講演会を行うためにスペインを訪れている。月曜日にバルセロナで、火曜日にマドリッドで、自分の著作を解剖してみせる。 もっと読む

Chavsチャブズと新自由主義

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昨年2013年の始めに、 OWEN JONES オーウェン・ジョーンズ著『Chavs: La demonización de la clase obrera(チャブズ―労働者階級の悪魔化)』という一冊の本が話題になりました。

チャブズは、2011年夏の「ロンドン暴動」でも注目を浴びましたが、英国の貧しい地区で勉強も仕事もせずに、生活保護で暮らす若者たちで、人種差別的、粗野でアル中、高級ブランド(特にバーバリー)の偽物を身に付け、趣味の悪い身なりをしている…というようなイメージが一般的でしょうか。ジョーンズは著書の中で「チャブズ」という概念が英国の政府とマスメディアが一体になって押し進めた新自由主義プロパガンダの一貫であり、これによって英国の市民が新自由主義を受け入れる価値観が浸透したことを、実例を挙げながら明かしていきます。 もっと読む

第四次世界大戦が始まった(3)-マルコス副司令官

ついに最終回。本稿ではサパティスタの思想を理解する上で、重要な記述が含まれています(最初から読みたい方はこちらからどうぞ)。

サパティスタとアナキズムの関連は良く指摘されるところですが、マルコス副司令官の愛読書の一つセルバンテスの『エル・キホーテ』は、読書を自由をこよなく愛するスペインのアナキストたちの愛読書でもありました。

20世紀前半のスペインで大きな勢力となったアナキストたちは、キホーテが所有を非難し、国家を否定し、自由を賞賛したことから、セルバンテスはアナキズムという最新の思想を先駆者であったとみなしたのです。スペインのアナキズムの祖父と呼ばれるアンセルム・ロレンソは、もしセルバンテスが生きていれば、自分たち(アナキスト)の1人であっただろうと語り、キホーテはアナキストという解釈で『現代のキホーテ』というソネットまで制作されています。

バクーニンとトルストイを読んで

脳が錯乱した信奉者は

未来の社会を設立するという

とんでもない罪に着手する 

信仰で胸を膨らませ 冒険へと歩む

白い影を伴う謎の幻視家 

Trastornado su cerebro por la lectura

De Bakunins y Tolstoi, el sectario

Comienza con un delito extraordinario

A organizar la sociedad futura 

Lleno de fe el pecho, camina a la aventura,

Con sombra blanca el místico visionario

P.Valbueno『Un Quijote Moderno』

(『Visiones del Quijote』Alvaro Armeroより)

また、ドゥルティの部隊で市民戦争を闘い、フランス亡命後もボルドーでCNTを設立、最後にはピレネーの山村バナットに居を構えたCNT組合員フアン・ヒメネス・アレナスは、キホーテ好きだったことから「バナットのキホーテ」として名を残しています。

そして、CNTが発行したタバコ引換券にはキホーテの絵が!

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後にバルセロナがアナキズムの都となることを考えると、 行く先々でからかわれてきたキホーテとサンチョがバルセロナで盛大に迎えられる続編の中の場面が預言的なものに思えますね。

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六つ目のピース―メガポリティクスと小人

6はいたずらがきで作られる

私たちは、国民国家が金融市場から攻撃を受けて、メガシティへと分解せざる得ないことについて話をした。だが、新自由主義がその戦争を進めているのは、国や地域を「結合させる」ためだけではない。その上、破壊/絶滅、再建/再編というその戦略は、国民国家の中に亀裂を生み出しているのだ。これが、第四次世界大戦にあるパラドックスの一つである。境界線を消し去り、国家を統合する定めにあることから、境界線の増加と国家の紛糾を誘発する。 もっと読む