2011年の夏の終わりにこの本を書き終えて初版が出版されてから、スペインの情勢は大きく変化した。それは、読者が日本語で本書を知ることになったことを考慮すれば、より悪い方向への変化だった。

その年の11月に総選挙が行われた。社会労働党は、その政府が選挙民に対して行った巨大な裏切りの代償を歴史的な敗北で支払ったが、他の左翼もバラバラに分裂したままだった。この二つのことが合わさって、右翼の全潮流がたいした問題もなく結束した国民党は、絶対多数の勝利を得た。

新政府は、最初の出だしから、選挙の前に右翼が有権者に対して行ったありとあらゆる公約に反して、社会労働党の前政府が行ったよりもはるかにもっと厳しい緊縮改革政策を実行し始めた。それはEUが要求したよりもはるかにもっと厳しいものでさえあった。

少しずつ、ほとんど止むことなく、金融、労働、教育の各分野の改革が採用されていき、そして公共メディア、年金、社会的弱者への公共サービス、財政等々の分野へと拡大されていった。そしてこれらすべては、公共支出の肥大化がスペインが抱えている諸悪の根源であると見なされるからとして、公的支出を削減するという口実の下になされた。あるいは、雇用創出のためと称して。

本書の次のわれわれの著書『スペインが必要としていること――国民党政府の緊縮政策への回答とオルタナティブ提言』(デウスト社、2012年刊)で批判したように、緊縮政策は、本書でその誤りを証明した(そして読者が以下のページで知ることになる)のとまったく同じ新自由主義原理に基づいている。そして、まさに本書でそうなると予言したように、緊縮政策は、その実行者たちが目的に掲げたものとは明らかに反対の結果をもたらしたのである。

経済に信頼を取り戻させなければならないという口実の下にさまざまな金融改革がなされたが、その最終結果は、民間銀行システムへの富の一層の集中とカハ(貯蓄金庫)の事実上の消滅でしかなかった。(カハとは、長い伝統をもつスペインにおける金融機関で、労働者階級と地域の発展に融資するために生まれたものであったが、近年は、民間銀行の行動をまねて同じようなことを行っていたため、同じような危機と経営破綻の状況に追い込まれ、結局、政府は民間銀行の期待どおりカハを破壊した。)

当時の公約とは反対に、国民党は30以上もの財政改革を行ったが、それらはすべて、より高い収益率の達成を推進し、間接税を増税し、あまつさえ脱税者に財政恩赦を与えようとするものであった。そしてまた、国民党は労働権の解体を主目的とする労働改革を行ったが、それは経営陣により大きな拒否権を与え、解雇のコストを引き下げるためであった。

並行して、政府は、主に教育、公衆衛生、社会的弱者への公共支出、年金などの分野で大規模な歳出の削減を行ったが、それは、スペインをして、ユーロ圏で最も不平等の激しい国とし、同時に、貧困と社会的排除を著しく増大させ、ことに若者、年金生活者、移民住民の間で際立ったものにした。

それにもかかわらず、これらの措置は、本書で予言したように、経済状態を改善するどころか、むしろ悪化させた。

ストライキは七〇〇万人の人たちに影響を与え始めており、今でも数千の企業を閉鎖させ続けている。貿易収支は改善しているが、それは企業と消費者の所得の減少の結果として、輸入が絶えず減っているためにすぎない。

公的債務は増えている。歳出削減が、生産活動の縮小の結果としての所得の減少(による歳入の低下)を相殺することができないからである。そして同時に、大企業と大銀行に優しい財政が経済の残りの部門で起こっていることとは正反対に、大企業と大銀行の収益を絶えず増加させ、とうとう欧州中央銀行(ECB)自身が最近の報告書で、彼らの収益が高すぎる、ことに賃金が被っている抑制と比較すればあまりに高すぎる、と批判したほどである。

これらの政策が招いている致命的結果にもかかわらず、EU当局は緊縮政策の継続を主張し、そしてスペイン政府は、緊縮政策が社会福祉とスペイン経済の全体的歩みに及ぼす劇的な悪影響を無視し、それに固執している。

この固執の理由はまったく単純である。いわゆる耐乏政策は、実際には、経済活動と雇用の改善のための債務の削減を求めているのではない。世界の多くの国で行われた実証研究が明らかにしていることは、耐乏政策が行われる時に起こることはそういうことではなく、むしろまったく正反対のことだ、ということである。所得を削減すれば、需要が抑圧され、それとともに経済活動と雇用は減退する。それはまた所得を減少させ、従って債務は減らず、逆にますます増える。

それにもかかわらず、歳出削減は公的サービスを弱体化させ、消滅さえさせる。そしてこれこそ、公的サービスの一貫した民営化を正当化し、許すものである。それは他国で起こったことであり、そしてスペインで、危機を口実にして、耐乏という間違った名で呼ばれているこれらの自殺的政策を通して、今、生じていることである。間違った名で呼ばれているというのは、今、述べたように、それらは債務を減少させないからであり、とりわけ、債務を引き起こす歳出が教育、公衆衛生、公的年金に向けられているのではなく、民間銀行に債務の利息を支払うために金融機関に向けられているからである。(ユーロ圏では、欧州中央銀行が民間銀行のとんでもないビジネスを保障するために直接政府に融資するのは禁じられている。)

これら「攻撃」としか呼びようのないと思える政策が遂行されるにつれて、人々は反応し始め、何百というあらゆるタイプの動員やデモンストレーションが生み出されていった。それらは政策を押しとどめることができるほどの力には達しなかったし、左翼と労働者と社会勢力の団結の欠如が、右翼に勝手気ままにこれらの政策を適用させている。とはいえ、この政策は、あらゆるアンケートが明らかに示しているように、人々の大多数の大いなる拒否にあっているのである。

実際、政府の圧力が弱まると、議会での左翼の議席が増え、15M運動(5月15日運動)として知られる民衆の草の根の反応運動の周りに社会運動が生まれ、そしてそれら左翼と社会運動の間に、次のような考えが広まる。それは、より効果的な形で(そしてとりわけ、選挙において国民党政府の継続を避けるために)、政府に真っ向から対抗することが不可欠だ、という考えである。次の欧州選挙は2014年に予定されており、本当にスペインで、今までとは異なる社会的多数派を形成し、物事の進路を変えることができる新たな政治勢力が誕生したかどうかを確認する決定的な瞬間となるだろう。もしそうならなければ、社会情勢ははるかにもっと悪化し、より民衆に打撃を与える、混乱した、暴力的でさえある応答を生み出す恐れすらあると予言してよい。

2013年6月

著者

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