民主主義を民主化するーイグナシオ・ラモネ

LMd経済グローバリゼーションの枠組みにおいて、民主主義システムは矛盾に直面している。多くの選挙における棄権の増加が示しているように、市民は政治への興味を失っている。しかし、一方ではその同じ市民が公機関の行動をもっとコントロールして、直接影響を受けるプロジェクトの作成にもっと参加したいと望んでいる。どうしてこの二つの傾向が両立するのだろうか?

第一に、今の世界ほど多くの民主主義システムが存在して、多くの民主的な政権交替が起こったことはなかった。40年ほど前、スペインの民主化のときには、民主国家は30ヶ国しか存在しなかった。現在では、民主国家ー強固さの段階は様々であるものの―の数は、国連によると85ヶ国である。つまり、民主国家は世界で最も正当性を有する統治システムとなったのだ。それにもかかわらず、私たちはかつてないほど民主主義に不満を抱いている。この不満の兆候は日増しに目に見えるようになっている。投票しないと決意する有権者の数は次第に増加している。ギャラップ・インターナショナルが「民主国家」60ヶ国で実施した調査によると「自国の政府が民意に従っている」と考えるのは回答者のわずか10人に一人だった。 もっと読む

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目覚めゆく広場-もう一つの世界は可能だ

アラブの春を皮切りに世界各地で大規模な市民の抗議活動が発生した2011年は、反グローバリゼーション運動に匹敵する規模で新自由主義に対する闘いが行われた年と位置づけられています。ということで、15M運動を振り返る第3回目は、反グローバリゼーション運動と15Mの関連についてまとめてみたいと思います。(第1回第2回もご覧くだださい)

まずは、反グローバリゼーション運動を簡単に振り返っておきます。前段階としてメキシコでのサパティスタ(EZLN)の蜂起(1994年1月1日)や、フランスでの金融取引への課税、いわゆるトービン税の創設を目的とする組織ATTACの誕生(1997年)などがありまずが、この動きが初めてメディアに登場するのは1999年11月30日のシアトルWTO世界貿易機関閣僚会議の開催に合わせて、世界各国から新自由主義グローバリゼーションに抗議する人々が集まり抗議活動を繰り広げました。警官隊と衝突する映像が世界中に配信され、シアトル暴動として知られることになります。ちなみに当時はクリントン政権でした。 もっと読む

目覚めゆく広場-アラブの春からOWSまで

前回に続いてもう少し15Mについて振り返っていきます。今回のテーマは「アラブの春とOWS(ウォール街を占拠せよ)」。

ドキュメンタリー『目覚めゆく広場-15M運動の一年』の原題『El Despertar de Les Places 』は直訳すると「広場の目覚め」という意味なのですが、広場を意味するカタルーニャ語の「Plaça」が複数形の「Places」となっているところがみそ。

そこには、バルセロナのカタルーニャ広場は一つの例であって、そこに集う人々を目覚めさせていく複数の広場があること、つまり広場の目覚めの連鎖があることが暗示されています。さらに具体的に言えば、アラブ世界によってスペインが目覚め、そのスペインがウォール街を目覚めさせたということが表現されているわけです。

この三つの動きの関連についてはすでによく知られているとは思いますが、スペインを軸にしたアラブの春→15M運動→OWSという流れについて、具体例を挙げながらまとめてみたいと思います。 もっと読む

『目覚めゆく広場-15M運動の一年』

ブログで紹介するのが遅くなってしまったのですが、日本語字幕版の制作に参加したドキュメンタリー『目覚めゆく広場-15M運動の一年』(監督:リュック・グエル・フレック & ジョルディ・オリオラ・フォルク)が3月末からネット上で公開されています。この日本語版プロジェクトは『ウォール街を占拠せよ: はじまりの物語』の翻訳者芦原 省一さんが立ち上げたもので、声をかけてもらって参加することになりました。

監督の1人ジョルディは「ドキュメンタリーは多くの人の目に触れなければ制作した意味がない」と手がけた作品を全て自らのサイトで公開しています。この『目覚めゆく広場』もその中の一つで、芦原さんのように興味を持った人から申し出があって、進行中のものも含めると12の言語に有志の手で翻訳されています(全バージョンはこちらから)。

今回の作業を通じて、15Mについてあらためて考えることになりました。ちょうど15Mから2周年のタイミングでもあるので、この機会に15Mについて振り返っておきたいと思います。いくつかのテーマにわけて記事にすることにして、今回はまず「広場キャンプ」から。ドキュメンタリーの情報はこちらを参照してください。

スペインの「広場キャンプ」は世界的な注目を集めたので、写真や映像でご覧になった方も多いと思いますが、このドキュメンタリーの最大の魅力は、マスコミの報道にはほとんど出てこない内側、つまり、参加していた人たちが何を考えて、このような行動をとっていたのかという、一番重要なポイントが当事者の口から語られていることでしょう。 もっと読む

怒れる人々の父ホセ・ルイス・サンペドロ逝去

15M運動の最大の理解者で支援者の一人ホセ・ルイス・サンペドロ氏が96歳が4月8日にこの世を去りました。2011年5月Democracia Real Ya!(真の民主主義を今すぐに)のマニフェストに賛同し、自ら15Mへのデモへ参加を呼掛けて、一貫して15Mの運動を支持してきたサンペドロ氏。

ステファン・エセル著『Indignaos! (憤慨せよ!)』がスペインで本国を凌ぐ影響力を持ったのも、彼の序文があったからこそ。15M運動には指導者は存在しませんが、もし彼のような著名な知識人が積極的に支援していなかったとしたら、「怒れる人々」の抗議活動は若者の無分別な怒りの爆発として片付けられ、これほど広範な支持を獲得することはなかったかもしれません。

今回紹介するのは、15Mに先立つこと2年以上の2009年1月に行われた新聞のインタビュー。まさに15Mが起こることを予感していたかのような内容になっています。これを読んでいただくとわかりますが、15Mの反資本主義的なメッセージが広く受け入れられたのは、サンペドロ氏のような経済学者たちが現在の経済システムの問題を指摘し、経済危機が長引く中でその「正しさ」が人々の目にも明らかになった結果でもありました。つまり、「システムを変えろ!」という自分たちの言い分に正当な根拠があることを人々が知っているからこそ、今だに抗議活動が継続しているわけです。

また、インタビューでも触れられていますが、「9歳でイエズス会士に、19歳でアナーキストになろうとした」と語るマルクス主義経済学者の彼が著名知識人の仲間入りをしたのは、小説家としての成功がきっかけでした。

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ホセ・ルイス・サンペドロ・インタビュー「現在私たちは野蛮の時代にいる」

彼の小説、とりわけ『エトルリアの微笑み』での成功は、ホセ・ルイス・サンペドロ(1917年2月1日バルセロナ生まれ)の経済学者としての面が影に隠れてしまったことをほんの一部説明するだけだ。

サンペドロ自身によると、主要モチーフはシステムが資本主義の衰退を告げる学説を覆い隠していることだという。そして、サンペドロは、フランシス・フクヤマや先行する自由市場の伝道者たちが告げた「歴史の終わり」という誘惑の言葉には耳を傾けることなく、60年以上に渡って憤慨したマルクス主義の観点からそのことを言い続けてきた。 もっと読む