スペイン第四の銀行の国有化

昨日スペイン政府が国内で4番目の銀行Bankiaバンキアの国有化することを発表しました。このいきさつを簡単にまとめてみると…。

5月7日月曜日にバンキア総裁Rodrigo Ratoロドリゴ・ラトが辞任を発表し、後継者にJosé Ignacio Goirigolzarriホセ・イグナシオ・ゴイリゴルサリを指名したのが全ての始まり(ラトについてはこちらの記事も参照ください)。

彼が後継者に指名したゴイリゴルサリは2009年に退職したBBVA(国内第二)から300万ユーロの終身年金を受け取っているそうで、この総裁の交代には大きな批判が巻き起こりました。

一方でラジオ番組に出演したラホイ首相が、バンキアを救済するためにさらなる公的資金投入の可能性を示唆。これもまた「教育や医療分野で大幅な予算削減を行っている一方で、まだ銀行に金をつぎ込むのか」と厳しい批判に晒されます。その日の夕方IU左派連合は「公的資金を投入するなら、政府が直ちに介入して国有化しろ」と要求しました。

そして、昨日5月9日にゴイリゴルサリが新総裁に就任すると、夕方にはバンキア親会社BFA(Banco Financiero y de Ahorros)の国有化の噂が流れます。スペインの金融システムの体力に対する株式市場の疑念が再燃したことで、株価は再び急下落し、バンキアの市場価値はこの3日間で6億ユーロ分減少。

結局、噂は本当でした。2010年12月28日にFROB(銀行再建基金)が参加優先株の形でBFA に投入した44億6500万ユーロが国家所有の普通株に転換されることを経済相が発表したのです。つまり、FROBがバンキアの資本の45パーセントを間接的な所有者となり、バンキアのコントロールを有することになるということ。

BFAはCaja MadridやBancajaなど7つの銀行が合併してできた非上場の組織で、グループ企業の有害な資産をまとめて保有するいわゆる「バッド」バンクでした。この銀行が株式45パーセント以上を所有して、普通の銀行業務を行うバンキアの筆頭株主となっています。そのため、国家がBFA株の100パーセントを所有するということが、国家がFROBを通じてバンキアのコントロールを有する意味になるというわけです。

しかしながら、国のコントロール下に入ることは、そのまま公的銀行になることを意味するのではありません。「資本の投入は介入を意味しない」という経済相の言葉どおり、現状では1000万人の顧客と40万人の株主を有するバンキアの経営は、ゴイリゴルサリという私人によって行われるのですから。

こうした状況を受けて、公的銀行を求める声はさらに大きくなっています。

(Publico紙『El Estado controlará Bankia』参照)

緊縮政策からの脱出―イグナシオ・ラモネ

緊縮政策からの脱出―イグナシオ・ラモネ

「専制政治にとって最良の要塞は、民衆の無行動だ」 マキャヴェッリ

息が詰まるような感覚。これが度重なる削減、予算カット、調整の影響を受けているEU欧州共同体の国々の多くの人々が苦しんでいるものだ。政権交代で政府の緊縮政策の嵐が変わることはないと悟ったことで、この感覚は一層ひどくなっている。

例えばスペインにおいて、2010年5月から(社会党の)首相ホセ・ルイス・ロドリゲス・サパテロの乱暴な予算調整の適用に痛めつけられた社会で、保守派PP国民党の首相候補マリアノ・ラホイは11月20日に実施された総選挙のキャンペーン中に「変化」(1)と「幸福の返還」を約束した。そして過半数越えで勝利した。しかしながら、首相の役職に就くなり、スペインの現代史上最も攻撃的な社会コストの削減に着手した。

同様のことが他の国でも起こっている。例えば、ギリシャやポルトガル。ポルトガルでは2011年6月社会党のジョゼ・ソクラテスが悪評高い4つの「財政規律」プログラムを課し、同様に我慢ならないトロイカ(2)の支援計画を受け入れた後に選挙で敗北したことが思い出される。しかし、保守派の勝者の現首相ペドロ・パソス・コエリョは、社会党の削減政策に対し大変批判的だったのだが、選出されるや否やEUの要求を満たすことを明言した。その目的はさらに大規模な緊縮政策の適用だったのだが…(3)。

経済政策であっても社会政策であっても、本質的には新政府が前政府と同じこと(さらにひどいこともある)を行うのであれば、選挙は何の役に立つのであろうか? 実際こうした問いを発する者は、民主主義に疑いを持つ。EUの枠組みにおいては、人々の生活を決める一連の決定に対する市民のコントロールが失われてしまっている。実際のところ、市場の-最優先される―要求が、深刻なまでに民主主義の機能を制限しているのだ。多くの政府(左派であっても右派であっても)は、常に市場には理があると確信している。そして、彼らによれば問題はまさに民主主義であり、公の議論なのだ。優れた投資家は「無自覚な有権者」を好む。

一方で市民の側は、今日の欧州には市場が画策した秘密の計画が存在していると感じている。この計画には二つの具体的な目的がある。国家の主権を最小限に縮小することと福祉国家を完全に解体することだ。これについて疑問があるなら、欧州中央銀行(ECB)の代表マリオ・ドラギの最近の発言を読むといい。そこで彼は「欧州の社会モデルは死んでおり、予算削減という方向を転換しようとすれば、瞬く間に市場からの制裁を誘発することになるだろう(…)。欧州財政協定(4)は事実上は大きな政治的前進を扱うものだ。なぜなら、その協定によって国家は国家主権の一部を失うからだ(5)」と断言している。これ以上明白なものはない。

実際、私たちは一種の啓蒙専制主義を生きている。その中で民主主義は投票や選択可能性よりも、何年も前に採用されたり、一般の人々が無関心な中で批准された規定や条約(マーストリヒト条約、リスボン条約、ESM(6)、財政協定)によって定義されている。そしてその結果、まさに逃走不可能な法律の牢獄となってしまったのだ。

そこから、期待を裏切られた多くの市民の問いに戻ろう。もし、一気に全てを定めてしまう規定や条約を適用するという役目を持つ政府を選ぶことを余儀なくされるのであれば、投票することは何の役に立つのか(7)?

私たちの目の前に「民主主義的隠蔽」の一例がある。欧州財務協定のことに他ならない。なぜ現在採択のされつつあるこの協定に関して公の議論が存在しないのか? これは何百万という市民の生活を左右するものであるのに。この協定は従属している欧州安定メカニズム(ESM)とともに、市民の権利に対する乱暴な攻撃となる。調印した国々(その中にスペインもいる)は社会コスト、給与、年金の削減を永久に義務付けられることになるだろう。さらには、加盟国の予算政策に対してもEUの権限が優先される。そして、国内の議会の管轄は制限され、主権を奪われ、一部の国は欧州の保護国と化すであろう(8)。

そのような状況から脱出することができるのか? フランスにおける大統領選挙によって展望が開けるかもしれない。失望してうんざりした有権者が何百万人も反欧州で外国人嫌悪の極右に投票したからではない。社会民主主義の候補者フランソワ・オランド-全ての調査で人気がある―自身が、その点に関しての変化を約束したからだ。

フランス大統領選挙が欧州の流れに影響を与えることを自覚しているオランドは、とりわけ財務協定に景気刺激、連帯、経済成長のための一連の措置を加えることを要求している。また、直ちに経済回復への道を開けるためにEBCが利息を下げて、直接国家に融資することも。

求めている変化は僅かなもので、不十分なことに間違いはないが、オランドは実際にEUの経済金融政策を画策しているドイツ首相アンゲル・メルケルとドイツ連邦銀行に対して、反旗を翻している。フランスの社会主義者(オランド)はドイツがこの変更を認めなければ、フランスは財務協定を承認しないことを明確にしたのだ。

もしオランドが大統領に選出されても、緊縮政策の圧制と景気後退から欧州を救い出すという考えを固持して、構造改革を促進し、経済成長を刺激したとしたら、何が起こるだろうか? 二つの可能性がある。第一の可能性。マリオ・ドラギが警告したように市場が直ちにフランスを攻撃して、コーナーに追い詰める。そして、怖気づいたオランドは方向転換をして、サパテロ、ソクラテス、パパンドレウといった社会民主主義者の友人たちのように最終的には投機の前に頭を垂れ、フランスの歴史上最も不人気な左派のリーダーとなる。

第二の可能性。ユーロ圏第二の経済大国(世界では第五位)フランスなしではEUは何もできないことを知りつつ、オランドはその姿勢を崩さずに、急進化させていく。欧州の民衆運動を支持することを決断し、景気刺激や経済成長の政策を支持する欧州の国々に支えられて、ECB-ドイツ連邦銀行の方針を変化させることを成し遂げる。そして、最後には民主主義において民衆の指示が強い政治的意思と一致したときには、あらゆる目標が達成可能であるとを示すことになる。

(1) 「Súmate al cambio(君も変化に加わろう)」という選挙キャンペーンのスローガンは、チリ大統領セバスティアン・ピニェラ(右派)が勝利した2010年の選挙戦で使ったものを真似ている。

(2)欧州銀行(ECB)、欧州委員会、国際通貨基金(IMF)で構成される。

(3)パソス・コエリョの緊縮政策はポルトガルをギリシャのような社会的大惨事に導いている。労働人口の15パーセントが失業中(若者においては35パーセント)、ポルトガル人の25パーセントが貧困ライン以下におり、今年度は3.3パーセントの景気後退と見積もられている。2011年11月24日と2012年3月22日とこの6ヶ月で2回ゼネストがあった。(Jornal de Noticias, Lisboa, 29 de febrero de 2012参照)

(4)ドイツが押し進めた財務協定(経済通貨共同体における安定、連携及び統治のための協定)は、2012年3月2日にブリュッセルで英国とチェコ共和国を除くEU加盟25カ国によって調印された。調印国に構造赤字0.5パーセント以下という制限を憲法の中に含めることを義務づけ、赤字が3パーセントを越えた国には自動的に制裁が加えられることになる。2013年1月1日発効の予定。

(5) The Wall Street Journal, Nueva York, 2012年2月23日号.

(6) 欧州安定メカニズムは2011年3月に欧州理事会(加盟国の国家元首とEUの長27人からなる)が創設した国際機関である。2012年7月1日発効予定。欧州金融安定ファシリティー(EFSF)と欧州金融安定メカニズム(EFSM)に代替することになる。

(7)Christophe Deloire, Christophe Dubois, Circus politicus, Albin Michel, Paris, 2012.

(8)イグナシオ・ラモネ, “新保護国”, ル・モンド・ディプロマティク・スペイン語版2012年3月号

Ignacio Ramonet : Salir de la austeridad

(ル・モンド・ディプロマティク・スペイン語版20125月号より)


脅かされるシェンゲン協定

欧州内の人々の自由な往来を保証するシェンゲン協定を巡る状況が変わりつつあります。3月のこと。5月3日からバルセロナで欧州中央銀行(ECB)サミットが開催されることを理由に条約が停止され、カタルーニャ内のスペインとフランスの国境で検問が復活しています。ちなみに、現在選挙戦真っ直中のフランス大統領サルコジは3月の演説中に、国境の検問を強化するためにシェンゲン条約の見直しが必要であると訴え、ドイツの支援も得ていると発言しています。

スペインは欧州の怒れる人々に対して国境を遮断

バルセロナで開催される欧州中央銀行(ECB)サミットのために、シェンゲン協定が一時停止

バルセロナで5月2日、3日に開催される欧州中央銀行(ECB)サミットのために、マリアノ・ラホイ政府はEU加盟国間の人々の自由な往来を可能にするシェンゲン協定の一時停止することを発表した。国境の検問は4月28日土曜日の0時に開始、5月4日金曜日が終わるまで行われる。3月29日のゼネストの動員とバルセロナで起こった警察とデモ参加者の衝突を受けて、大規模な動員に終止符を打つための新たな仕組みを試している政府は、サミットに向かう欧州の活動家の入国を妨げるためにこの措置を取ることにした。

内務相はシェンゲン協定の停止で国境の検問を大々的に行うことで安全性が高まり、ECBに反対するために多くの人々が集まるのを阻止できるとしている。政府はラ・ジョンケイラ、ポルト・ボ、プッチセルダ、カンプルドン、レス、カンフランなどフランスとの国境の地上検問を強化する。ジロナとバルセロナの空港においても人々の入国が監視されることになり、入国を拒否される可能性もある。シェンゲン協定のテキストは、「公の秩序や国内の安全にとって深刻な脅威」となる場合には、国境のない欧州における人々の自由な往来を一時的に中断することができると定めているのだ。

さらには、カタルーニャ州政府と中央政府は7000人まで警官派遣できるように準備しており、サミット開催中はバルセロナに国家警察2000人、州警察及び市警察で4000人以上が配置される。この大規模な派遣に関して州警察長官マネル・プラットは、ECBの訪問は「中央政府にとって大きな賭け」であると言って正当化し、治安を最大限まで強化することが必要だと付け加えたと、Europa Pressは報道している。警察の指揮を取るのは、安全局長イグナシオ・ウリョアと州内務相フェリプ・プッチ。治安維持部隊は、州警察の管轄と責任である「公の秩序が維持できない」場合にのみ出動するとしている。

学生、教育者、職員をまとめるPUDUP公立大学擁護統一プラットフォームは、サミットと重なる5月3日に、教育相ホセ・イグナシオ・ベルトが計画している学費の引き上げに反対する大学ストを呼びかけている。PUDUPは、11月17日と2月29日に行われた州政府の予算削減に反対する大学ストを呼びかけた団体である。

以前にも国際機関に反対する人々の動員を阻止するためにこの措置が取られたことがあった。その中でもとりわけ重要なのが、NATOサミットのためにリスボンで2010年11月に行われたものだ。ポルトガルは、NATOサミット解散期間中全欧州からの活動家数十名を追放した。サミットに先立つ数日間、全欧州からの活動家数十名のポルトガルへの陸路と空路での入国を妨害した。ポルトガル警察は追放した総人数を明らかにしなかったが、丸ごと停止させられたバスが数台あった。

2010年にポルトガル当局によって拘束されたスペインの活動家の1人は、彼にも仲間にも前科や係争中の問題はなかったにもかかわらず、「空港で私たちは4時間以上に渡って足止めされ、一人づつ尋問にかけられ、全ての所持品をチェックされ、政治的思想について聞かれた。それからスペインに戻る飛行機に乗せられた」とPúblico.esに語った。シェンゲン条約の停止は国がEU加盟国の人々に対して入り口を閉鎖することを可能にするが、条約は誰に入国を許可し誰を拒否するかを決める手続きを定めていない。追放された活動家は「おそらくスペイン警察が私たちを追い出すための調書をポルトガルに渡したのだろう。前科がないのだから合法ではない活動家のリストを使用したのは明らかだ」と言っている。

2012.04.27 España blinda las fronteras contra los indignados europeos

フランスの選挙-イグナシオ・ラモネ

ラモンと関わりが深いこともあって、イグナシオ・ラモネ氏については今まで何度もこのブログで取り上げてきました。先日ラモネ氏から正式に許可をいただいたので、来月からル・モンド・ディプロマティク・スペイン語版の冒頭に掲載されている彼の論説の翻訳を掲載していきます。そのため、カテゴリーに「ル・モンド・ディプロマティク」を新設しました。

フランスの選挙-イグナシオ・ラモネ

フランスにおいて大統領選挙は「全ての投票の母」であり、白熱した政治論争となる問題である。選挙は5年ごとに実施され、2回投票が行われる直接普通選挙だ。原則として、フランス市民であれば誰でも、今回であれば4月22日に行われる第一回目の投票に立候補することができる。もっとも一連の条件を満たす必要があり、その中には少なくとも30の県において選出されて役職につく500人以上の支持を得ることがある(1)。候補者の誰も過半数(投票の50パーセント以上)を獲得しなかった場合には、2週間後に第二回目が行われることになる。1958年に第五共和政が始まって以来、つねに第二回目の投票が行われてきた。第二回目には、第一回目で得票数が多かった2人の候補者だけが参加できる。つまり、大統領選の結果を知るには5月6日まで待たなければならないということだ。それまでの間は、政治に関わることは全てその中心的な出来事の周りをぐるぐる回る。

今のところ、誰にも勝敗はわからないが、調査は全て最終的には保守派の現職大統領ニコラ・サルコジと社会党党首フランソワ・オランドという2人の候補者の間で争われることになるとしている。しかし、まだ選挙キャンペーン期間は数週間残っており、その間にたくさんのことが起こる可能性がある(2)。その上、有権者の3分の一は誰に投票するかまだ決めていない…。

(今回の選挙戦の)演説は主に二つの現象に特徴付けられた背景を巡って展開されている。1) ここ数十年間でフランスが大きな経済的、社会的な危機を認識したこと(3)と、2)代表制民主主義に対する不信が増大しつつあること。

憲法は任期は連続2期までしか認めていない。サルコジ大統領は2月15日再出馬することを公式発表した。それ以来、彼の政党UMP国民運動連合の強力なメカニズムが精力的に動き始めた。そして、サルコジが保守派の唯一の候補者となるように、(統治主義者ニコラ・デュポン=エニャンを除いた)右派の候補者を全て撤退させた(4)。しかしながら闘いは楽なものではないだろう。調査は全て、彼が第二回目の投票で社会民主党候補者フランソワ・オランドの前に敗北するという結果を出している。サルコジはぐっと評判を落としたのだ。国外において多くの人は、彼についてアンゲラ・メルケルとともに欧州サミットやG20を率いるエネルギッシュな国際的指導者というイメージしか抱いていない。さらに2011年には軍隊の長というポーズをとり、コート・ジボワールとリビアという二つの戦争で勝利をものにした。一方では、『魅惑的』な面として、最近彼の娘を出産した有名な元モデルのカルラ・ブルーニとの結婚によって、ゴシップ誌の常連となることに成功した。こうしたことから、彼の選挙敗北の可能性を前に国外の世論は当惑している。

しかし、第一にほぼ普遍的と言える政治的原則を考慮にいれなければならない。それがどんなに素晴らしいものであったとしても、外交の成果のおかげで選挙に勝つことはないということだ。歴史上最も良く知られているのがウィンストン・チャーチルの例だ。第二次世界大戦の勝者である英国の『老いた獅子』は、1945年の選挙で敗北した…。あるいは、リチャード・ニクソン。ベトナム戦争に終止符を打ち、中華民国を承認した米国大統領は、罷免を避けるために辞任しなければならなかった…。危機を背景にここ数年でヨーロッパにはもう一つの法則が根付いたことを付け加えなければならない。現政権の再選はないということだ。

第二に、彼の任期の収支は忌まわしいものだ。身の回りの数々のスキャンダルに加えて、サルコジは「金持ちの大統領」であり、中産階級を犠牲にして福祉国家を解体する一方で、金持ちに前代未聞の税の贈り物していた。そうした振る舞いは、雇用の喪失、公務員の削減、年金受給開始年齢の先送り、生活コストの増大…といった問題に、少しずつ飲み込まれていく市民の批判を増大させていった。彼は公約を実行しなかったのだ。こうしてフランス人の失望は大きくなった。

サルコジはまた、メディアで途方もない間違いを犯した。2007年の選挙当日の夜、パリのシャンゼリゼにある有名なレストランで一握りの大金持ちたちと一緒に祝杯を上げているのをひけらかしたのだ。ル・フーケでの際限のないお祭り騒ぎは、彼の任期の俗悪と虚飾のシンボルとなった。フランス人はこのことを忘れず、彼に投票した慎み深い人々は彼を決して許さない。

桁外れの行動力であらゆる場所に顔を出して、全てを自分で決めたいという意志が、サルコジに第五共和政の基本法則を忘れさせた。大統領-世界中の民主主義大国の中で最も強大な権力を有する-は、距離を置く、慎重さをもって公への介入を控えめにする、薄暗がりの紳士である、露出過剰によって人々をうんざりさせない、といったことを知らなければならないということである。こうした一線を彼は越えてしまった。表に出過ぎたことですぐに彼の権威は擦り減り、常に怒っている、向こう見ずで興奮した指導者…という自分自身のパロディと化してしまった。

今までのところ、彼を今回の選挙の勝利者としている調査結果は一つもない。しかし、サルコジは手段を選ばない戦士だ。そしてまた、時には良心の呵責をかなぐり捨てる卑劣な人間であり、本物の冒険家のように振る舞うことができる。だからこそ、先月選挙キャンペーンが始まってからというもの、途方もない厚かましさで「金持ちの大統領」であった自分自身を、極右から票を奪うために外国人嫌悪に近い主張を扱って「民衆の大統領」として宣伝することをためらわなかった。選挙上の効果はあった。即時に、得票予測において社会党の候補者を上回るところまでポイントを獲得したのだ…。

フランソワ・オランドは調査結果の上では明らかに本命とされている。例外なく全ての調査が彼を5月6日の勝者としている。国外の知名度はないが、オランドは彼の支持者たちからは、11年間(1997-2008)社会党の第一書記を務めた官僚とみなされている(5)。元パートナーのセゴレーヌ・ロワイヤルとは対照的に、大臣を務めたことは一度もない。社会党の候補者に彼が指名されるということは明白ではなかった。党内の大変厳しい予備選挙の末に指名された(すでによく知られた理由で(6)、社会党の有権者から人気があったドミニク・ストロス=カーンが予備選を戦うことができなかった)。

フランソワ・オランドは中道のリベラルな社会主義者であり、交渉の腕と決断力の欠如で知られている。穏やかすぎで物事を曖昧にするという批難もされている。彼の経済プログラムは、根本においては保守派のものとそれほど変わらない。選挙演説において「主要な敵』」は金融だと断言した後で、市場をなだめるために急いでロンドンを訪れ、彼らにフランス社会党ほど民営化と自由化を行った者はいないことを思い出させた(7)。ユーロ通貨や主権債務、予算の赤字に関して、オランド-現在のところは財務協定については交渉を行いたいと明言している(8)-は、ゲオルギオス・パパンドレウ(ギリシャ)、ジョゼ・ソクラテス(ポルトガル)、ホセ・ルイス・ロドリゲス・サパテロ(スペイン)といった他の社会民主主義リーダーたちと同じラインにいる。彼らは自らの主義を放棄し、ブリュッセルのギロチン台を受け入れた後で、選挙によって権力の座から追放された。

フランソワ・オランドの政治的な締まりのなさは、左派戦線の候補者ジャン=リュック・メランションと比較した際に一層明白となる。彼には14パーセントの有権者が投票するとしており、今回の選挙で最も注目を集める人物となった。彼の集会は最も多くの人を集め、彼の演説は民間教育の真のモデルとなるもので、人々の熱狂を引き起こす。パリ・コミューン革命の記念日である3月18日日曜日に、バスティーユ広場に12万人を動員することに成功したが、こんなことはこの50年間一度も目にしなかった。こうしたことは全て社会党やフランソワ・オランドの左への旋回に有利に働く可能性がある。もっとも、方向性の違いは非常に大きなものではあるが。

ジャン=リュック・メランションの選挙プログラムはすでに何万部も売り上げている『L’Humain d’abord!(人間が第一だ!)』というタイトルの本にまとめられており、富の再分配、社会不安の解消、銀行や金融市場からの権力を奪還、環境保護計画、新共和政のための憲法改正議会の召集、リスボン条約からの解放、もう一つのヨーロッパの構築、グローバリゼーションからの脱却の開始…などを提案するものだ。

ジャン=リュック・メランションが高揚させている民衆の熱狂は、労働階級、ベテランの活動家、憤慨した若者に新たな希望を与えている。それはまた、市民の多くが政治も選挙という儀式も信用しないという危機にある民主主義に対する一つの回答でもある。

マリーヌ・ル・ペンを通じて再浮上するという試みが失敗し、極右が意気消沈するのであれば、今回のフランス大統領選挙が、方向を見失い、危機にあるヨーロッパにおいてより良い世界を築くという希望が生き続けていることを示すかもしれない。

(1) ド・ゴール主義の元首相ドミニク・ドビルパン、エコロジストの元大臣コリーヌ・ルパージュコという少なくとも二つの重要な志願者がこの条件を満たすことができずに、選挙戦から除外された。

(2) 例えば、フランス南部でおきた軍人3人の殺害と3月19日にトゥールーズで起こったユダヤ人の児童虐殺はアルカーイダと関わりがあるジハード主義の若者が起こしたもので、選挙キャンペーンに強烈な影響を与えた。当然のことながら現職のニコラ・サルコジ大統領に主役の座を与えることになった。

(3) 失業率9.8パーセント。25歳以下の若者の失業率24パーセント。失業者の数は450万人。

(4) サルコジに有利になるように、クリスティーヌ・ブタン(キリスト民主党)、ハーブ・モリン(新中道)、フレデリック・ニウ(狩猟、釣り、自然と伝統)(Caza, Pesca, Naturaleza y Tradiciones)が選挙から撤退した。同様の理由から、中道のジャン=ルイ・ボルローは出馬しなかった。ドミニク・ドビルパンとコリーヌ・ルパージュコの除外も、彼らの支持者が現大統領を支持するという結果をもたらすだろう。

(5) 調査では、オランドに投票する人の3分の2がサルコジを拒否するためにオランドに投票すると言っており、オランドの考えに賛同しているのは3分の1に過ぎない。

(6) Ignacio Ramonet, “Una izquierda descarriada”, Le Monde diplomatique en español, junio de 2011.

(7) The Guardian, Londres, 14 de febrero de 2012.

(8) Ignacio Ramonet, “Nuevos protectorados”, Le Monde diplomatique en español, marzo de 2012.

(9) http://www.lhumaindabord2012.fr

Ignacio Ramonet: Elecciones en Francia 

(ル・モンド・ディプロマティク・スペイン語版2012年4月号より)

アルゼンチン政府のYPF国有化を巡って

月曜日4月15日アルゼンチンのフェルナンデス大統領がRepsolの子会社である石油会社YPFの株の51パーセントを取得すると発表。それを受けて、スペイン政府はその夜緊急会見を行いました。

会見に姿を現したのはラホイ首相ではなく、ソリア産業相とガルシア=マルガリョ外相の2人。産業相は「アルゼンチン政府の決定はRepsol、つまりスペイン企業、つまりスペインとスペイン政府に対する敵対的な決定である」、外相は「この決定はアルゼンチンとスペインの和気藹々とした友好関係を破壊するものだ」「スペインにとっても、アルゼンチンにとっても最悪の決定であり、ビジネスの分野を制御するべき司法システムにとって最悪のニュースである」と、アルゼンチン政府の行動を厳しく批判し、スペイン政府は数日間のうちにしかるべき措置を取ると語りました。

しかしながら、環境保護団体やIU連合左派はアルゼンチンの決定に理解を示めしています。15-M運動を経てIUの国会議員となった経済学者Alberto Garzónアルベルト・ガルソンがブログに書いた記事に、その理由が簡潔にまとめられていたので、ここでご紹介します。

アルゼンチン政府によるRepsolの子会社YPFの国有化

クリスティーナ・フェルナンデス・デ・キルチネル大統領率いるアルゼンチン政府は、数日前から噂されていたことを是認して、多国籍企業Repsolの子会社YPF社の国有化を発表した。この投稿では、この問題について私たちが今までに発表してきた情報の中から特に重要なものを集めてみた。

第一に、この措置自体に関していくつかのことを明白にしておきたい。というもの、現在のところ情報が漠然としているからだ。詳細を明確にすることなく、「接収(expropiación)」「国有化(nacionalización)」「買収(compra)」と呼ばれている。こうした定義は重要であって、概念を伴うものでなければならない。しかしながら、現在までに入手できる情報によると、事実上はアルゼンチン政府による「国有化」-つまり、今のところその価格は示されていないが、対価が支払われる-ということである。そして、双方の意志による決定ではなく、一方的なものであり、買取価格は指定されていない。

第二に、YPFは多国籍企業Repsolが100パーセント所有する機関ではない。実際のところ、RepsolがYPFの約57パーセントを支配することで最大株主となり、支配権と経営権を有しているが、YPFが行うビジネスの利益を全て得ているわけではない。残りはアルゼンチンの個人資本家や(アルゼンチンや外国資本が有する)流動資本が所有している。

第三に、その歴史が重要だ。YPFは1922年にアルゼンチン国家が設立し、いわゆる調整政策の枠組みにおいて国際機関-とりわけIMF(国際通貨基金)-が後援する民営化プロセスが開始する1992年までは国家名義であった。YPFはRepsol -かつてスペインの公営企業であった-が大部分の株を取得した1999年に民営化を完了した。

1930年代に始まった「輸入代替」の時代を通じて、YPFはアルゼンチン経済の再建において重要な役割を果たした。第二次世界大戦による亡命者を多く引き付けることで、従属主義の新マルクス主義者たちはアルゼンチンを戦後の世界で最も進んだ国の一つに位置づけるような経済構造へと導いた。原料輸出というモデルは、工業が決定的な役割を果たすモデルへと徐々に代替されていき、安定した労働条件と初歩的な社会保護システムを可能にするさらに堅調な成長モデルをもたらした。

軍事独裁と70~80年代の構造危機を経て、カルロス・メネムのアルゼンチン政府が民営化の責任者であったが、民営化プロセスの着想を与えたのはワシントン・コンセンサスの政策であった。民営化とともに、年金の民営化、労働条件を不安定化する労働市場改革などを伴う構造改革が実施され、2000年の深刻な危機が生じる原因となった。アルゼンチンはIMFとその調整政策に対して反抗し、さらには債務の帳消し-対外債務の一部の不払い-に着手して初めて、そうした状況を再び克服することが可能となった。

第四に、Repsolは正確に術語を使えばスペイン企業ではないし、スペイン全国民の所有物ではまったくないのだ。この多国籍企業の50パーセント以上は外国資本(42パーセントは外国投資ファンド-習慣的に大銀行が管理する-、9.5パーセントはメキシコ企業PEMEXに属している)が所有する。残りをスペインの個人資本グループSacyr (10パーセント)、Caixabank (12’83%)のようなスペインの金融機関やスペインの個人資本家が所有している。

第五に、Repsolがスペイン経済に与える利益は僅かだと言える。Repsolは世界中の全利益の25パーセントをスペインで申告し、2010年には実質26.8パーセント税率で9億4900万ユーロ(約1015億4300万円)を納税した。つまり、スペインの給与所得者の納税率に相当する30パーセントすら支払っていないということだ。Repsolは、アルゼンチンやリビアなど事業を行う国々では異なる税率で支払っているが、タックスヘイブンでも事業を有する。そして、その金融取引がスペインにおいて計上されていない可能性は非常に高い。

第六に、Repsolの成長と発展-アルゼンチンでのYPFの民営化に多くを負っている-は、この多国籍企業を形成する全ての人々にとって等しく利益となっているわけではない。1989~2007年の間に計上利益が11.97パーセント増加している一方で、従業員の平均給与は1.71パーセントしか増えていない。つまり、最大の受益者は個人株主-基本的には外国やスペインの大企業-であって、従業員ではなかったということだ。

第七に、Repsol-YPFは短期間で最大利益を追求する-それも株主にとって-私企業であるのだから、その企業的戦略が必ずアルゼンチン経済の発展に関する戦略と共同歩調を取るということはない。このことがまさにアルゼンチン政府が申し立てた理由の一つであり、そのためにこの起業を取り戻して発展の実質的な道具として用いることを望んでいるのだ。

結局、一つの経済現象として語り、適切な観点から分析するべきなのだ。二つの国の国益が対立しているのではなく、アルゼンチンの国益と様々な国籍を持つ私的な経済利益-その中には大きな割合ではないがスペインがいる-が対立しているのだ。だからこそ、この経済措置をスペインに対する攻撃とみなすのはごまかしである。評価額が低すぎる可能性はある-それは後々わかるだろう-ものの、これは合法的な買収である。そして、これは社会の他の部分と利益を分かち合わない経済主体-大企業や銀行-の利益に影響を与えるものだ。

これはスペイン人労働者の闘いではない。今後はアルゼンチン国家の所有となるYPFの運営がアルゼンチンの労働者に利益をもたらすか、それともYPFがアルゼンチンの寡頭支配者のための道具となるのかを見守ることにしよう。しかしながら、それは現在の私たちが頭を痛めるテーマではない。

スペイン政府がRepsolの資本を少々有するスペインの大企業の利益を擁護し、アルゼンチンのような主権国家の国益に対して偏見を持つということは、恥ずべきことである。ましてや政府がスペインの最も不利益を被っている人々に対して、さらなる危機の重荷を課すことになる削減政策を実行している最中に、これが起こったのであれば、なおのことだ。

PP国民党政府が与える心遣いと支援のレベルはポケットの大きさ次第。PPが今行わなければならないことは、最も豊かな人々の利益を護る代わりに、自らの経済政策を立て直して、アルゼンチンを真似て特定の政治的道具を取り戻す経済政策を行うという選択が良いかどうかを熟考することだ。こうした道具はスペイン人全体の役に立つべきであって、様々な金融市場-株式市場もその一つだ-で投機を行うことができる少数の大金持ちのためのものではないのだから。

2012.04.16 La nacionalización de YPF, filial de Repsol, por el gobierno de Argentina