以前、カタルーニャの伝説の研究をしている人と話す機会がありました。地中海の反対側に位置する北アフリカの研究者として北アフリカの伝説を調べていくうちに故郷カタルーニャとの共通点に気がついて、カタルーニャの伝説についても研究を始めたということでした。彼女によると、元々地中海圏はギリシャ神話のニンフの流れを汲む女神を信仰する女性中心の社会だったそうで、その女神はカタルーニャの伝説にはDona d’aigua(水の女)として登場します。彼女の役割はCuradora(癒す人/治療を施す人)で、カタルーニャのカトリック信仰の中心モンセラット修道院のMoraneta モラネタと呼ばれる黒い聖母マリアもこの流れ。

実のところ、地中海文化の影響が色濃いカタルーニャはこの女神への信仰が根強かったために、カトリック化がなかなか進まなかったそうで、スペイン中央とカタルーニャの対立の歴史というのは、父権的なカトリック信仰の支配に対する母権的な女神信仰の抵抗の歴史としても見ることができるとか。そして、この女神への信仰を駆逐してカトリック信仰を定着させるために、教会が用いたのが魔女狩りでした。カタルーニャはスペインの中でも魔女狩りが盛んだった地域の一つで、カトリックの教えに従わない女性たちが魔女として弾圧されていきました。

現在でもカタルーニャでは、父権的な抑圧に抵抗した最初の女性たちとして、魔女がフェミニズムのシンボルになっていて「Som les nétes de les bruixes que no vau poder cremar!(私たちはあなたたちが燃やすことができなかった魔女の孫!)」というスローガンのパーカーやTシャツが販売されています。

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La Ciutat Invisibleのサイトより)

ちなみに、スペインで最初に男女同権を唱えたのは社会変革は女性の解放なしには不可能と考えたアナキスト。こうした歴史的背景からスペインのフェミニズムのベースにあるのも資本主義を支える男性中心の父権的な社会が女性を抑圧しているという考え方で、資本主義批判とは切っても切れない関係にあります。そのため「現在の社会で男性が有する権利を女性が獲得することで男女同権の実現を目指す」と言うのではなく「結果的に男女同権となるように社会システムの変革の実現を目指す」というのが主流です。

ここ数年、イベリア半島の地中海側で左派の変革を率いているのが、バルセロナ市長アダ・コラウ(Barcelona en Comú)、バレンシア副知事モニカ・オルトラ(Compromís)、アンダルシア州議員テレサ・ロドリゲス(Podemos)、ポルトガル大統領候補マリサ・マティアス(Bloco de Esquerda)と、軒並み女性の政治家であることは、この地域が女性中心の社会だった名残なのかもしれません。

話を水の女に戻すと、この話をきいたときに頭に浮かんだのが、以前から話題になっていた一冊の本でした。ニューヨークのホフストラ大学教授でフェミニストのシルビア・フェデリチの代表作のスペイン語訳『CALIBÁN Y LA BRUJA-MUJERES CUERPO Y ACUMULACIÓN ORIGINARIA(キャリバンと魔女-女性の身体と原始的蓄積)』で、大型書店で平積みになるような大ベストセラーになったわけではありませんでしたが、バルセロナの左派系の書店では大抵目立つところに置いてありました。

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本作でフェデリチは、欧州が封建制社会から資本主義社会へと移行する過程において魔女狩りが果たした役割を糸口にして、ジェンダー差別に基づく魔女狩り人種差別に基づく奴隷制移民差別に基づく不法移民と、差別によって正当化される資本主義システムの搾取の歴史を紐解いていきます。スペイン語訳の出版は2010年ですが、2013年春にもう一冊の著作『REVOLUCIÓN EN PUNTO CERO TRABAJO DOMÉSTICO, REPRODUCCIÓN Y LUCHAS FEMINISTAS(ゼロ点における革命ー家事労働、再生産とフェミニストの闘争)』が翻訳出版されたことで、再び注目を集めました。

当時(今もですが)政府は「スペインは経済危機を脱出した!」と鼻高々なものの、失業者の数が多少減っても、新たに生まれるのは不安定雇用ばかり。多くの人の頭にあった「どうして賃金は下がり続けるのか?」という素朴な疑問に一つの回答を与えたことが、この本が注目された大きな理由でした。一向に終わる気配のない不況の主要な原因となっているのが富の分配が進まないこと。これを解決する手段として賃金の重要性を指摘したのが、2011年秋に出版された三人の経済学者による新自由主義批判の書『もうひとつの道はある』で、賃金引き上げの必要性を訴えるものです。

フェデリチは再生産労働という概念を用いることで、この賃金の問題にさらに深く切り込みました。再生産労働というのは労働力を再生産する労働のことですが、労働力となる人間を再生産する出産と子育てに限らず、労働力となる人材を育てるための教育、あるいは、働けなくなった人を治療して再び労働力として社会に送り出す医療、労働力として社会に貢献してきた人を世話する高齢者介護なども含まれます。この中で、子育てや高齢者介護といった基本的に家族の中で女性が担ってきた分野の労働がCura(ケア・世話)と呼ばれていて、このCuraから派生したのが水の女を示すCuradora(他の人たちの世話をする人)という言葉。

フェデリチは「この再生産労働の価値が認められていないのが賃金が下がり続ける原因で、根本的な問題は労働力という生産コストの継続的な切り下げを必要とする資本主義だ」と主張します。需要が供給を上回れば価値は上がるはずなのに、高齢者介護や託児所といった明らかに供給が不足している職種の賃金や待遇が一向に良くならないのは、資本主義というシステムが原因だというわけです。かつての魔女と呼ばれた人びとに対する不当な扱いは、21世紀の現在にまで続いています。

いわゆる社会保障福祉というのもこの再生産労働を示す言葉で、欧州の福祉国家というモデルは国家を中心に社会的なコストとして再生産労働の問題を取り扱う試みでもありました。福祉国家モデルの問題点は、コストというネガティブな捉え方に、再生産労働に経済的価値を認めない資本主義的な視点が隠れていること。コストと考えるから「緊縮財政の下で削減しなければならない」という判断になるわけで、図らずも新自由主義者が主張する緊縮政策を論理的に支えることになっています。

さらに、継続的かつ終わりのない経済成長を前提とするものであることも、生産と消費の無限のサイクルによる環境問題が深刻化している現在では持続不可能。環境を破壊する経済成長を諦める必要が日増しに高まっている上に、機械化によって労働力が余り、少子化・高齢化が進む現在の社会において、欧州の福祉国家モデルは制度としての限界を迎えつつあります。

経済においても福祉においても新しいモデルの必要性が高まる中、世界各地では様々な試みが行われています。バルセロナ市もその一つで、先日は福祉の問題を雇用創出に繋げて経済の活性化に用いるという戦略を発表しました。

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社会的なコストとみなされてきた福祉の分野を経済的利益を生み出すセクターに変えるという野心的なプランで、バルセロナ市が掲げた現行の資本主義システムに代わる新たな経済モデルには3本の柱があります。

  1. 社会連帯経済(Economia Social i Solidària)
  2. ケアの経済(Economia de les cures)
  3. 責任ある消費 (Consum responsable)

責任ある消費というコンセプトはすでにお馴染みだと思うので、それ以外の二つについて簡単に説明しておきます。

経済には様々なモデルがあって、競争によって最大限の利益を追求する新自由主義/資本主義というのは一つのモデルにすぎません。社会連帯経済もそうした経済モデルの一つで、カタルーニャでは長い歴史があり(こちらの記事も参照ください)、GDPの7%と雇用の8%を生み出すほど、バルセロナ市の経済活動で重要な役割を果たしています。主な特徴は次のようなもの。

  1. 儲けより人間の必要性を満たすことを優先する
  2. 民主的な方法で経済活動を行う
  3. 環境や社会に配慮する

次に、ケアの経済というのは、ケアという深刻な社会問題を経済の活性化に用いる、つまり、ネガティブな要素をポジティブに転換するという発想から生まれたものです。フェデリチの理論に従えば、社会が再生産労働の価値を認めればその賃金は上昇するはずなので、スペインのフェミニストは経済危機でさらに深刻化した女性の貧困問題を解決するために、人びとの価値観を変えてケアにまつわる職種の職業的価値を認める社会を生み出すという方向性で動いています。この動きを支援することで賃金の底上げを行って、社会全体の富の分配を促進し、経済を活性化させるとともに、少子化と高齢化が進む社会で避けて通ることのできないケアの問題の解決を目指すというのがバルセロナ市の戦略なのです。

現在の社会において企業家の報酬が保育士の賃金の数百倍なのは、企業家の仕事には保育士の仕事の数百倍の価値があるという考えが広く共有されているというだけのこと。そうでなければならない合理的な理由はないので、企業家の仕事も保育士の仕事にも同等の価値があると考える人が増えれば、この状況は自ずと変わるはず。新自由主義者がどんなに市場を崇めようとも市場は万能ではなく、交換価値(モノやサービスの値段)はモノやサービスを利用する人間にしか生み出すことができないのですから。

また、限りのある資源を原材料として必要とするモノの消費でお金を回して経済を活性化するというモデルが限界を迎えた現在では、原材料が不要な人間の労働=サービスに対価を支払うことでお金を回すモデルを強化することが必要不可欠です。社会に欠かすことのできない仕事、ケアに対価を支払うシステムを築き上げることは経済の活性化にも有効なのです。そして、システムとして定着させるには安定した雇用の創出につなげるのが最も効果的。19世紀末からカタルーニャで連帯経済が影響力を持ってきたのも、雇用を作り出してきたからにほかなりません。

経済システムの構造自体を根底から変革することを必要とするこの試みはまだ始まったばかり。市の担当者も最短でもある程度の形になるまでに三期(12年)が必要だと語っていました。とは言うものの、非常に興味深い試みなので、フェミニストの間にこのような動きが生まれた背景を理解する上で参考になるフェデリチのインタビューを次回から前編後編にわけて紹介します。

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