怒れる者の叫び

スペインで「Indignados怒れる者たち」と名づけられた市民抗議運動が生まれたてから、すでに一年が経過しました(詳細はこちらの記事を参照ください)。この動きが15M運動として継続中なのはこのブログでお知らせしている通りです。その間、15Mにインスピレーションを受けた歌はいろいろ制作されているのですが、個人的になかなかピンと来るものがありませんでした。というのも、「怒れる者たち」を扱ったものはあっても、「怒り」そのものを歌ったものがなかったからです。

デモが平和的で楽しい雰囲気に包まれていたとしても、ユーモアたっぷりの抗議活動を行っていたとしても、15Mの核にあるのは憤慨です。そしてこの「やり場のない怒り」から生まれるエネルギーこそが、ここまでずっとこの運動を継続させてきました。というわけで、この「閉塞感と怒り」を直接表現した歌がないものかと思っていたら、やっぱりありました!

バルセロナのグループChocadelia Internacionalチョカデリア・インテルナショナルHARTE(アルテ)です。楽曲自体は15Mの直後に作られたようですが、完成したPVが最近出回り始めて目にしたという次第。一見してこれだと思いました。ノーカットの1ショットで撮影された映像も文句なしにカッコいい。

ちなみに、HARTEというタイトルは「うんざりした」という意味の形容詞HARTOと芸術や技術を意味する名詞ARTEから作った造語だとか。

アルテ-チョカデリア・インテルナショナル

俺はうんざりだ 新聞に テレビに

ラジオに 間違った情報を流すメディアに

歪められたニュースに 社会不安に

現実を変えることから チャンネルを変えることへ

俺はうんざりだ 自分が始めたわけでもない危機に

給料の上昇が止まらない銀行家に

世界秩序の奴隷でいることに

規則や権力機関を敬うことに

うんざりなんだ

4年に一回投票して後は黙りこむ民主主義に

王族のバカンス費用を払うことに

陛下と呼ばなければならない国王を持つことに

俺はうんざりだ PSOE社会労働党に PP国民党にも

俺はうんざりだ 権力が人々に与える影響に

うんざりなんだ ナショナリズムに

なによりも スペイン主義に

神のご加護で自由で偉大な一つのスペインに*

少年好きな司祭にも そうでない司祭にも

うんざりなんだ どんな宗教に対する狂信も

俺はうんざりだ 紙切れに依存することに

俺たちがそれに払ってる苦悩には意味がない

紙箱みたいな家の中で 家によって 家のために生きることに

誰かが自分のものにしたわずかな土地で

うんざりなんだ 第一世界とグローバリゼーションに

金銭が一国民の運命を支配するから

うんざりなんだ 何について情報提供するかを決める奴に

うんざりなんだ 音楽雑誌のスノビズムに

俺はうんざりだ メインストリームとアンダーグラウンドに

奴らはべらべらしゃべるだけ 俺はただ行動したいだけ

俺はうんざりだ チャンスを待つことに

やって来ないうちに 自分の力が衰えるのを見ることに

お返しできない頼みごとをすることに

負けることに 勝つことに 泣かないために笑うことに

うんざりなんだ 自分の原則と想像力に

この歌を書く以外には何もできないことに

俺はうんざりだ 無言の会話で叫ぶことに

うんざりなんだ システム上の敗北に

うんざりなんだ たった一人で世界と対峙してると感じることに

自己中心主義の最初の殉教者になることに

俺はうんざりだ 君と俺の間にある沈黙に

俺たちが愛と呼ぶひどく奇妙なゲームに

状況についていけないことに

どうしようもないまま 日々君に負けることに

俺は自分にうんざりだ 俺は君にうんざりだ

まだ若いといったって 俺はこうして生きることにうんざりなんだ

俺はうんざりだ 過去・未来・現在に

俺はうんざりすることにうんざりだ

俺は今の自分にうんざりだ

義務感から俺は言うんだ

俺たちならもっとマシにできるとはっきり大声で言うことにうんざりだと

*「一つの、偉大で、自由なスペイン。立ち上がれスペイン!!」というフランコ時代のスローガンから

スペインを救援  

パパ、何のために僕たちを救援するの?-彼ら自身のためだよ(USTEAより)

土曜日6月9日夕方に経済相デ・ギンドスが緊急会見を行い、銀行システムの健全化のために欧州共同体から融資を受けることを発表しました。その金額は最大1000億ユーロ(約10兆円)と、なんとスペインの国民総生産の約一割に相当するそうです。

スペインに対する「Rescate救援プラン」発動の噂が飛び交う中、当日の午前中も産業相ソリアが支援の要請の可能性を否定する発言をしており、政府は直前まで噂の火消しに必死でした。ところが、政府はユーログループ(ユーロ圏財務相会議)の緊急電話会議 を経て態度を一転、EUから支援を受けることが決まったと発表したわけです。

翌10日に会見を行ったラホイの説明によると、これはあくまでも融資に関する合意だということ。融資を必要としているスペインの銀行に融資するための貸付けで、返済をしなければならないのは銀行であるため、市民生活に影響を与えるような削減を実施する予定はないことを強調しました。しかし、ユーログループの声明文には、欧州委員会が消費税の値上げ、年金受給開始年齢の先送りなど削減を進めるようにスペイン政府に義務づける可能性が示唆されています。

融資を受ける金額は、IMFと独立した2つ国際監査法人の報告書が提出される二週間後に 決定することになっています。この資金は政府が直接受け取り、FROB(銀行再建基金)を通じて 金融機関に投入。この時点でFROBは欧州中央銀行とIMFの管理下に入ることになるということなので、やはりトロイカ(欧州委員会、欧州中央銀行、IMF)からの圧力は避けられないようです。

また、この貸付けは公的債務に算入されます。もちろん返済義務は銀行にありますが、銀行が返済できなければ、 政府が保証人としてその利息の支払いに対処しなければならなりません。つまり、 最終的にはスペイン国民一人一人が負担することになるのです。

デ・ギンドスもラホイも「これは救援プランではない」と繰り返しているので、アイルランド、ギリシャ、ポルトガルが課された条件を見てみましょう。(救援プランについてはこちらの記事も参考にしてください)

ギリシャ―年金額の引き下げ、公務員の解雇と給与引き下げなどの削減措置と国の状況を外部組織が監視する

アイルランド―2014年に赤字を3パーセントまで下げる。今年中に42億ユーロを節約して、2万3500人の公務員を解雇。消費税を上げて、最低賃金を下げる

ポルトガルー公企業や公的サービスの民営化、賃金や年金額の据え置き、税金を上げるなどが必要となる厳しい節約計画を実施する

具体的な目標を課せられた三か国のときと状況は違うようですが、実質的に救援プランと違うかどうかは、しばらく様子を見てからでないと判断できそうもありません。銀行を救うためだけに使われる新たな借金によって、国の借金がさらに増えるのは事実ですから、直接緊縮策を押し付けられなかったとしても、借金返済に回すため自主的に他の予算を削減をしなければならなくなるのは明らかですから。

今回の経緯を見ていてわかったのは、実は「救援プラン」というのは困難な状況にある国家を救うためではなく、統一通貨ユーロを救うためのプランであるということ。救援された国家はさらに借金漬けとなり、さらなる苦境に陥るのですから、救援された国の利益にはなりません。

つまり、今回の救援の真の目的はスペインの銀行システムを救援することで、ユーロ圏の金融システムを存続させることでした。それゆえに、スペイン政府も最後まで抵抗したのですが、結局ユーログループからの圧力で支援の要請を強いられることになったというわけです。

会見でラホイは「支援要請はバンキア危機以前から準備していたもので、私がユーロ圏に働きかけて実現した」と語りましたが、それを信じる者はいません。

Rio+20の挑戦―イグナシオ・ラモネ

Rio+20の挑戦―イグナシオ・ラモネ

ブラジルのリオデジャネロで6月20日から22日まで持続可能な開発のための国連会議が行われる。これが「Rio+20」とも呼ばれるのは、1992年の第一回目地球サミット開催から20年を記念するものであるためだ。80人を越える各国代表が出席する予定となっている。主に二つのテーマが議論の中心となるだろう。1)持続可能な開発と貧困の根絶という文脈における「緑の経済」と2)持続可能な開発のための制度的な枠組み。公式行事と平行して、世界中から社会運動や環境保護運動に関わる人々が集まる市民サミットも開催される。

環境問題と気候変動に対する挑戦は、今もなお国際社会にとって最大の緊急課題であり続けている(1)。しかしながら、この現実はスペインや欧州においては、経済金融危機の深刻さによって隠されたままになっている。これは普通のことだろう。

欧州圏は「決死の緊縮」政策の失敗が表面化したことで、極めて困難な時期に直面している。何カ国もの経済において、失業率の上昇と悲劇的な金融からの圧力とともに景気後退が起こっている。とりわけスペインは、2008年以降最も懸念される状況となっている。銀行リーマンブラザーズが破産したときよりも、さらに酷い状況だ。経済はブリュッセルの監督官の監査に従わなければならなくなった。介入領域に入りつつあることで、リスクプレミアムは急上昇、スキャンダラスなバンキアの破産に引きづられて、スペインの銀行システムの信用力に対する疑念が全て再燃した。

スペイン銀行の失敗、そして金融システムの信頼性に対する疑念を前にして、スペインの銀行が隠している支払いの遅れを分析するために、外国の「独立した」会社のチームを頼らなければならなかった(2)。アイルランドやギリシャ、ポルトガルに起こったように、スペインはすぐにでも欧州救済基金の支援が必要となるという考えが市民の間に広がっている。スペイン人の62パーセントがそれを恐れている。

悲観論が広がっている。先月、今月6月中にもギリシャがユーロ通貨を放棄する「可能性が高い」と警告して、ノーベル経済賞を受賞したポール・クルーグマンが火に薪をくべた…(3)。欧州統一通貨からアテネが抜けることになれば、その結果直ちに近隣諸国に向かう資本の流失、そして銀行口座からの大量の預金引き出しが起こるだろう。ポルトガルやアイルランド、そして間違いなくスペインやイタリアに飛び火するのが避けられない現象となる。クルーグマンは、その後にスペインやイタリアがコラリート(預金封鎖)に至る可能性を捨てられないと予言した…(4)。

そうした懸念の真っ只中に私たちはいる。そしてだからこそ、欧州市民は欧州の選挙日程を固唾を呑んで見守っている。6月10日及び17日フランスの議会選挙。同6月17日にはギリシャで再選挙。6月28・29日のブリュッセル首脳会談で欧州連合EUは、死ぬまで緊縮というドイツの道を続けるのか、成長と再起というフランスの道を採用するのかを最終的に決断する。生死に関わるジレンマだ。

しかし、それがドラマチックなものであったとしても、地球規模においては他にも同じように決定次第では生死に関わるジレンマがあることを忘れるべきではない。その中で最も重要な気象災害は今月リオデジャネロにおいて問題とされるだろう。2010年に起こった自然災害の原因の90パーセントを気候変動が占めていることを思い出そう。30万人以上の犠牲を出し、その経済的損害は3000億ユーロ以上と見積もられる…。

もう一つ矛盾がある。欧州においては、当然ながら市民は危機から抜け出すためにさらなる成長を要求している。しかし、リオにおいて環境保護派の人々は、成長は持続的なものでない限り、常に自然環境のさらなる消耗と、地球の限りある資源のさらなる危機を意味すると忠告することになるだろう…。

世界の指導者たちは、何千人という政府代表、民間企業、ONG、社会運動などの市民社会グループの人々とともに、環境の持続性を保証し、貧困を減らし、社会的公平を推し進めるための包括的な課題をはっきりと決めるため、リオデジャネロに集まる。議論の中心は、新自由主義者のスポークスマンが定義した「緑の経済」と、個人の富の蓄積に基づいた「捕食的発展」という現在のモデルを乗り越えることなしに、環境保護は不可能だと考える人々が推し進める「連帯の経済」といいう二つの概念の間に置かれるだろう。

豊かな国々は「緑の経済」を主要な提案としてリオに駆けつける。これは取り決めの内容を限定する概念=罠で、大体においていつもの冷酷で混じりけのない経済を緑でカモフラージュしただけのものとなるだろう。要するに、投機資本主義の「緑化」のことなのだ。そうした国々は地球の様々な機能を経済的に評価する測定指針の決定や、そうした方法で環境サービスを扱う世界市場の基礎造りを地球規模で開始するために、Rio+20会議によって国連の委任を得ることを望んでいる。

その「緑の経済」は自然の物質的部分の商品化だけではなく、自然の過程や機能の商品化までもを望んでいる。言い換えれば、ボリビアの活動家パブロ・ソロンが言ったように「緑の経済」とは森の木を商品化するだけでなく、その森が有する二酸化炭素吸収力も商品化しようとすることなのだ(5)。

その「緑の経済」の狙いの中心は、民間投資のために水、環境、海洋、生物多様性などの市場を作り出すことだ。こうした方法で、「緑の経済」は実際に商品を製造する代わりに、債券や金融商品の新たな非物質的市場を組織して、銀行を通じた取引を行うことになるだろう。2008年の金融危機の責任者で、政府から何百億ユーロを受け取った銀行システムがそのままの形で、投機によって再び大量の利益を実現し続けるために、母なる自然を好き勝手に利用することになるだろう。

こうした状況を前に、国連会議と平行して市民団体がリオで市民サミットを組織する。このフォーラムでは「人類の共有財産」を護る代替案を示される。自然や人々のグループが地域、国、地球レベルで生産するこうした財産は共同体が所有するべきものである。こうしたものには、空気、大気圏、水、水域ー河川、海洋、湖ー共同社会や先祖伝来の土地、種、生物多様性、自然公園、言語、景観、記憶、知識、インターネット、ライセンスフリーで配布される製品、遺伝子情報などがある。とりわけ淡水は共有財産と見なされ始めており、その私有化に対する闘いはいくつもの国々で注目に価する成功を収めている。

市民サミットが提唱するもう一つのアイデアは、生命を中心に据えた人間中心文明から「生物中心文明」への段階的な移行だ。これが意味するのは自然の権利の認知と、無限の経済成長に依存しない形で良い暮らしと繁栄を再定義することである。また食糧主権を護ることも含まれる。生産者と消費者が歩み寄り、農民の農業を護り、食糧での金融投機を禁止して、各共同体が生産し消費する食糧をコントトールする力を持つべきなのだ。

結局のところ、市民サミットが主張するのは「責任ある消費」という広範な計画である。これには配慮と分かち合いという新しい倫理感、人工的な生産の衰退に対する懸念、資本ではなく労働に基づく連帯した社会的な経済によって生産される富の優先、奴隷労働と引き換えに実現された製品の消費の拒否が含まれる (6)。

こうして、Rio+20会議は投機発展モデルに反対し環境的公正さを求める闘いを再確認する機会を、国際レベルで社会運動に与えることになる。そして、彼らは資本の「緑化」という試みを拒否する。そうした運動を行う人々によれば、「緑の経済」は環境危機や食糧危機に対する解決策ではない。その反対で、生命の商品化という問題をさらに深刻にする「偽の解決策」なのだ (7)。要するに、システムの新たな変装である。人々は日を追うごとに、この変装にうんざりしている。そしてそのシステムにも。

(1) Ignacio Ramonet,  “Urgencias climáticas”, Le Monde diplomatique en español, 2012年1月.

(2) El País, Madrid, 2012年5月21日

(3) The New York Times, Nueva York,  2012年5月13日. http://krugman.blogs.nytimes.com/2012/05/13/eurodammerung-2/?smid=tw-NytimesKrugman&seid=auto

(4)「預金封鎖(コラリート)」は、2001年のアルゼンチン経済危機の間に、預金を引き出そうと銀行に人々が殺到したのを受けて、経済相ドミンゴ・カバロが預金の引き出しを一週間に最大250ユーロまでとした際に生まれた言葉である。スペイン財務相クリストバル・モントロは、クルーグマンの発言によって動揺が広がったときに、スペインにおいて預金封鎖は技術的に不可能だと断言した。

(5) Pablo Solón, “¿Qué pasa en la negociación  para Rio+20?”, 2012年4月4日. http://rio20.net/documentos/que-pasa-en-la-negociacion-para-rio20

(6) http://rio20.net/en-camino-a-rio

(7) “Declaración de la Asamblea de movimientos sociales”, Porto Alegre, 2012年1月28日. http://redconvergenciasocial.org/?p=160

Ignacio Ramonet: Los retos de Rio+20

(ル・モンド・ディプロマティク・スペイン語版2012年6月号より)

M12-M15 – 怒れる者たちの一周年

12Mのデモについては「反緊縮策」や「反格差」とも報道されていたようですが、¡Democracia Real Ya!真の民主主義を今すぐに!という呼びかけ団体の名前が表しているように、15Mいわゆる「怒れる者たち」が問題にしているのは現在の民主主義のあり方です。日本を含めた多くの先進国が採用しているドント方式に基づく議会制民主主義への問題提起なのです。それは、デモの呼びかけ文の「政治家や銀行家が私たちの代表ではないことをはっきりさせるために、私たちは声を張り上げ続けている」という一文に明白です。

また「1%と99%」というフレーズも、一部の人々に富が集中している経済的格差のみを示すものではありません。少数の意見だけで大多数の未来が決まってしまうという現在の民主主義の不完全さを象徴する数字でもあるのです。緊縮政策に反対する何十万という人々が各都市の通りを埋め尽くしても、予算の不足を理由にPP国民党政府は教育や医療予算の削減、公共料金の値上げといった緊縮措置を推し進める。その一方で、銀行支援のためにはお金は惜しまない…。政治家たちは誰の声を代弁しているのか? 政府は誰のためのものなのか? スペインの人々がそう考えるのは当然と言えば当然でしょう。

とは言っても、抽象的な要求ばかりでは状況は変わらないので、ローン不払いによる強制立ち退きの被害者の団体PAH (Plataforma de Afectados por la Hipoteca)や医療予算カットに苦しむ人々の団体PARS(Platoforma de Afectados por los recortes sanitarios)との連携を深めるなどして、具体的な問題の解決策を探る活動にも力を入れています。少しでも自分たちの声が政府に届くように。

今回はM-12土曜日のデモ以降の様子をまとめて紹介します。デモ終了後にカタルーニャ広場で開催された総会を皮切りに14日まで、例年と同じように活動の中心はカタルーニャ広場でした。こちらが13日と14日のプログラム。

医療、教育、監査、住宅に関するCharlaチャルラが並んでいます。昨年はこのチャルラという言葉を「講演会」と訳していたのですが、全然堅苦しいものではないので「勉強会」という日本語を当てた方が雰囲気が伝わるかもしれませんね。

スペイン最大の銀行BBVAの前で経済危機に関して話しているのは、経済学者Arcadi Oliveresアルカディ・オリベレス。『平和と正義』代表で昨年15Mのデモでマニフェストを読んだ人物です。

広場での討論会。みんな参加者の発言に真剣に耳を傾けています。カタルーニャ広場に1年前の活気が戻ってきました。

その後の総会には福祉国家を専門とする経済学者Vicenç Navarroビセンス・ナバロも参加しました。新自由主義を批判する意見を発表する機会を著しく制限しているとして、マスコミを厳しく批判している彼はこうした機会を利用したりやブログや通じて直接人々に語りかけています。

一方で、直接行動も15M運動の重要な活動です。「行動の日」とされた最終日5月15日は市内の様々な場所で抗議活動が行われました。ラジオでマニフェストを読んだり、銀行に押しかけて強制退去に抗議したり、PP国民党、PSOEスペイン社会労働党、CIU集中と統一党といった大政党本部に抗議に訪れたり…。

金融システムの中枢株式市場前にも抗議グループの姿が。

一日中いくつかのグループに分かれて、様々な抗議活動が行われました。「抗議ピクニック」と名付けられた中央政府与党PP本部前でのランチには300人近くの参加者があったとか。この日の夜の総会をもって15M一周年記念は幕を閉じ、広場での活動はひとまず終了となりました。

デモの動員や警察の広場強制排除など視覚的にインパクトのある抗議活動ばかりが報道されていますが、15M運動は情報の提供にも力を入れています。日曜日のカタルーニャ広場には、昨年のように15M運動の内部組織のブースではなくて、上述のPAHや借金の市民監査を進める団体や銀行に進められた金融商品で貯蓄を失った人々の団体のブースが並び、一回りすると経済危機がどんな問題を引き起こしたのかが良くわかるようになっていました。また、昨年からNotícies d’última hora DRJ BCN!というweb新聞を発行していたのですが、今年の3月にInformació Real Ja! 真の情報を今すぐに!という紙版が生まれ、毎月1万部が無料で配布されています。

10月15日の世界デモのときに「世界よ、目を覚ませ!」というキャッチフレーズがありました。ちょっと大げさですが人々が目を開くというか、意識を変えるきっかけを作るというのが、15M運動が担っている役割なのかもしれません。

「テレビを消して、君の頭にスイッチを入れろ」

私たちが暮らす世界を動かすシステムの不具合が、経済や社会の問題となって表れている。こうした問題を解決して、私たちが望む未来を生み出すためには、民主主義を私たちの手に取り戻すことが必要だ。そのためには、社会を構成する私たち一人一人が行動しなければならない。だからこそ、私たちは君の参加を待っている。これが様々な活動を通して15Mが発信しているメッセージなのです。ましてや、経済危機は自然災害ではなく、人災なのですから。

「危機はでっちあげだ。アイスランドを見て、不安から抜け出そう。真の民主主義を今すぐに!」

12M – 1年後のカタルーニャ広場

早いものであの15-Mから丸一年が経とうとしています。すべての始まりとなった5月15日のデモを呼びかけた¡Democracia Real Ya!が、5月13日から15日にかけて1周年を記念する行動12M-15Mを呼びかけました。まずは、その呼びかけに耳を傾けてみましょう。

 El 12 de mayo: ¡Toma la calle! – 5月12日通りを占拠しよう!

私たちは99%

昨年10月15日には82カ国1000都市以上で多くの人々が共に通りへ飛び出した。私たちは通りを占拠し、組織を作り上げ、世界的変革に向かう道を歩き出した。

それから6ヶ月以上が経過し、政治家や銀行家が私たちの代表ではないことをはっきりさせるために、私たちは声を張り上げ続けている。民衆の99%の幸福が考慮されるように、私たちは連携して、共に考え、自分たちの要求を求める人々だ。

私たちの政府の正当性は社会の大多数の利益に配慮する義務に在るのであって、特権を持つごく少数の利益にではない。

私たちはどこにでもいる。彼らが思いもかけないところに私たちはいる。

社会に対して権力を振るう者たちが服従させるための道具として、私たちに貧困や不公平、環境破壊、汚職、運命づける限り、私たちは全力で非暴力的に社会正義、富の分配、公共倫理を要求する。

私たちは自分たちの、民衆の99%の目的を達成するまでは行動を止めない。自分たちが生きたいと望む世界を全員で決めるまでは、私たちは何度でも通りへ飛び出すだろう。

私たちは世界的変革を望む!

5月12日に通りを世界最大のスピーカーにしよう!

私たちが99%なのだから!

私たちは政治家と銀行家の手中にある商品ではないのだから!

5月12日通りを占拠しよう!

12M-15Mを行う5つの理由

もう1ユーロたりとも銀行を救済のためには使わない

質の高い公共の教育と医療

ワーキングプアと労働法改革にNO

まともな住宅の保障

全ての人々にベーシックインカム

ちなみに、これが事前に配布されていたデモ・ガイド。ガイドには当日のルートや注意事項などが載っています。

そして、5月12日18時に私たちも再びカタルーニャ広場へ向かいました。

『公教育のための算削減はなし』

『暴力反対』

ピカソの『ゲルニカ』まで

『君の問題は私の問題』

『より良い世界のために私たちは闘う』

こうして、1年後に再びカタルーニャ広場に戻ってきました。

バルセロナのデモ参加者数は警察発表で4万5000人、主催者発表で20万人だとか。スペイン全土ではバレンシアとマラガ(アンダルシア)でそれぞれ2万人、ビーゴ(ガリシア)で6000人、テネリフェ(カナリア諸島)5000人など。

そしてマドリッドのプエルタ・デル・ソル広場の様子は、こちらの360度写真でご覧ください。また、パリ、ロンドン、ブリュッセルなどでも同時行動が行われたと報道されています。再び、熱い季節が始まりました。