アンダルシアに浮かぶコミュニズムの島

今回のSATの一件で一躍と時の人となった感のあるJuan Manuel Sánchez Gordilloフアン・マヌエル・サンチェス・ゴルディリョですが、彼は以前からアンダルシアの農村Marinaledaマリナレダの村長として有名な人物でした。私が彼のことを知ったのは『チェのさすらい』を訳していた頃。ゲバラ関連の情報を集めていて、ゲバラを敬愛するコミュニスタサンチェス・ゴルディリョとマリナレダに辿りついたのです。

Marinaleda tiene un 0% de tasa de paro.

マリナレダはセビリア県にある人口2700人あまりの小さな村ですが、1979年から村長を務めるゴルディリョが中心となって、村民の支援と協力の下で「平等」と「共有財産」というコミュニズムのイデオロギーに基づく村造りを行ってきました。そして、スペイン全土が経済危機と25パーセントを突破した失業率に苦しむ中で、このマリナレダは「失業率0パーセントで、経済危機とは無縁の村」として注目を集めています。その特徴を簡単にまとめると…

仕事ー誰もが月収1200ユーロ

住民の大部分が自らの手で設立した協同組合Cooperativa Humar – Marinaleda S.C.Aで働いています。この組合が所有する約1300ヘクタールの農地は元々インファンタダ公爵の所有下にありましたが、失業を貧困の問題を解決するには土地が不可欠として、村民が9キロの道を歩いて通い占拠を開始。市民警察の手で何度も強制排除されながらも、12年に及ぶ長い闘いの末、勝ち取った土地。この「共同体の所有地」でそら豆、アーティチョーク、赤ピーマン、油用のオリーブなどを栽培していますが、環境への配慮から完全エコ農業を実践しているそう。また、加工工場も併設されていてい、そこでオリーブオイルなど農業加工品の製造も行っています。仕事内容に関係なく、日給47ユーロ、週35時間労働で月収は1,128ユーロ。村内で小売業など組合以外の仕事を行う人の給与もほぼ同じで、月収1,200ユーロほど、村長も例外ではないとか。

住居ー90平方メートルの住居+100平方メートルの中庭が月15ユーロ

住宅用地は全て村の所有下にあり、家が欲しい人には、作業に参加することを条件に、村が土地、資材、職人を提供します。こうして90平方メートルの住居+100平方メートルの広さの二階建ての家が出来上がると、そこに住みながら未払いになっている建築費用を15ユーロずつ返していく仕組み。完済後はマイホームとして個人資産なり、子供などに譲ることもできますが、投機を防ぐためにこれを現金化することは禁止されています。

教育―給食付きで月15ユーロ

村には保育園から、小学校、高等学校まであって、学費は食事付きで月15ユーロ。ただ、住居や仕事が保障されているために、学業を途中で放棄する若者の数が多いのが、これからの課題だとか。

政治参加ー議会を通じた直接民主主義の実践

村に関する決定権は村民にあります。例えば、村の予算の決定する場合、村長ゴルディリョが予算案を持って各地域の議会で説明し、話し合いを経て優先順位を決めていきます。ちなみに予算案の単位はユーロではなくて、昔の通貨単位のペセタ表記。この方が村人が金額の規模を実感し易いからだそう。

その他にも、警察はなく、村民から徴収する税金も周辺村で最も低い税率だとか。それでいて、サッカー場など村営のスポーツ施設の利用料は無料。

(Publico紙『La economía según Sánchez Gordillo』参照)

『赤いマリナレダ』においては20世紀初頭に花開いた左派の思想が、市民戦争、フランコの独裁、自由化へ移行期、EUへの参加、共産主義の代名詞であったソ連の解体といった歴史の荒波を乗り越えて、21世紀の経済危機までも生き延びようとしています。アンダルシアにぽかりと浮かぶ25キロ平方メートルコミュニズムの島が、スペインの社会が危機を乗り越えて目指すべき「もう一つの世界」を考えるヒントになるのかもしれません。

メルカドナとSAT-泥棒は誰か?

SATとメルカドナの一件ですが、政府の対応とは反対に共感し支持する人々は少なくありません。昨日のPublico紙に掲載されたEsther Vivasエステル・ビバスの記事に、今回の出来事の背景がうまくまとまっているので、ここに紹介しておきます。バルセロナ郊外出身の彼女は食糧主権の問題に取り組んできた市民活動家で、ここ数年はIzquierda Anticapitalista反資本主義左派党から選挙にも立候補しています。

メルカドナとSAT-誰は泥棒か?-エステル・ビバス

最も必要としている人たちに与えるために、スーパーから必需品の食品を入れた買い物カートをレジを通さずに持ち出すことは、犯罪となるようだ。しかし、働く権利を傷つけ、農産品に僅かな金額しか払わず、地元の農業を消滅させるといったことは法律で罰せられない。

これがアンダルシア労働組合(SAT)の行動から私たちが引き出した結論だ。彼らは今週火曜日8月7日にエシハ(セビリア)のMercadonaメルカドナとアルコス・デ・ラ・フロンテラ(カディス)のCarrefourカレフールという二つのスーパーマーケットに入り基本的食料品を集めると、支払いをせずにメルカドナから出て、それを必要としている人々に渡した。

この行動の後で、内務大臣ホルヘ・フェルナンデス・ディアスは実行犯の組合員を捜索し逮捕する命令を出し、「人々が大変なことは私たちの誰もに分かっているが、目的は手段を正当化しない」と断言した。フェルナンデス・ディアスにとっては、一定の目的によって正当化される手段があるにもかかわらず。SAT組合員には最も必要としている人々に与えるためにスーパーから食料品を持ち出すことはできないが、PP国民党政府にはできることがある。「危機から抜け出す」という仮定の目的で、雇用給付や公務員の給与を削減し、付加価値税を上げることができるのだ。一つには許されることが、もう一つには許されないことが明らかだ。

現在メルカドナは『食料品の窃盗』などからなるこの行動を実行者を告訴したが、ここで私たちには自問が必要だ。「誰が泥棒なのか?」

この数十年にわたってスーパーマーケットが普及させてきた生産、流通、消費のモデルは、農家や小規模商店、働く権利、環境に悲劇的な結果をもたらした。カレフールやメルカドナは、スペインにおいて小売業界を支配する大企業ランキングのトップに立ち、この実践を最もよく代表している企業である。2007年のデータによると、両社が食品流通市場で占める割合は約40パーセントに達するという。

スペインにおいて、わずか7つのスーパーチェーンが食品流通の75パーセントを支配している。カレフールやメルカドナに続いて、Eroski、Alcampo、El Corte Inglés、そしてEuromadi (Spar, Schlecker, Guissona…) と IFA (Condis, Coaliment, Supersol…)といった二つの卸業者だ。食品流通市場がこれほどまでに少数の手中にあることはなかった。これによって、私たちが何を食べ、消費するものにいくら支払い、どうやって生産するのかを決定する際に、こうした企業は巨大な力を有している。

同様にスーパーが農業モデルや農民の生活を決定しており、そこでは工業的で集約的で持続不可能な農業モデルをが推進されているために、家族経営や小規模農家には居場所がない。スーパーによる独占と農業生産者への圧力は、生産者が生産物によって受け取り支払いがどんどん少なくなる状況に導いた。農業組合COAGのデータによると、農業生産品の原価は消費者の手に届くまでに最大で11倍にもなっている。商品から得る最終的な利益の60パーセント以上が、スーパーに集中している。現在スペインにおいては、農業従事者は労働人口の5パーセントを僅かに超える程度だ。

スーパーの商業流通モデルは、その中で働く労働者にとってマイナスの結果も伴っている。流通センターの労働者は、集中的な労働リズム、単調な繰り返し業務、疲労やストレス、職業病などで特徴付けられる新科学的管理法による厳格な労働組織に身をおいているが、そこでは契約条件に関しては低賃金で変形労働時間が好まれているために、労働者にとっては社会生活や家庭生活との両立に深刻な困難が生じる。

メルカドナは他の巨大チェーンと同じように、従業員や消費者の福祉に心を砕く家庭的な企業のイメージを育もうとしているにもかかわらず、不当な労働条件を押し付けることで知られ、収益性を確保するために労働者に一定の圧力を与え続けることに基づいて労働力を管理するという政策を実施している。スペインにおける巨大流通業の企業に対する主要な組合闘争の一つが、2006年サン・サドゥルニ・ダノイアの流通センターでメルカドナの労働者が行ったものだ。その上、近年メルカドナは不当解雇やパワーハラスメントによって何度も敗訴している。

今回の件で、裁判官の前で釈明するべきなのは、フアン・マヌエル・サンチェス・ゴルディリョ率いるSATの組合員ではなく、メルカドナのオーナーJuan Roigジョアン・ロッチ(訳注)である。彼は、メルカドナで不当行為を実践することで、スペインを代表する莫大な富を蓄えることができた。ついでに、バレンシア政治劇場の裏で動く隠れた糸についての釈明も行うべきだろう。

SATの組合員がとった行動は違法であるかもしれないが、私たちがいる厳しい危機という状況においては、完全に正当性がある。その一方で、残念ながら労働条件を不安定化させることは合法であるが、正当性のかけらもない。そのことに気づく人々が次第に増えている。今後は正当性とこの動きに対する支援を前にして、権力が取る唯一の選択肢が弾圧と犯罪化であろう。だから、あきらめずに闘う人々との連帯しよう。

Esther Vivas- Mercadona y SAT: ¿Quiénes son los ladrones?

訳注)労働者の権利軽視と汚職で評判のあまり芳しくないメルカドナのジョアン・ロッチは『メルカドナのファン・ロイグ会長』という表記でニューズウィーク日本版の『国は破産でも意外に強いスペイン企業』という記事に登場しています。

行動するアンダルシアの農民

北部の炭鉱夫に続いて、南部アンダルシアの農民たちが抗議活動を活発化させています。その中心にいるのがJolnareroホルナレロ、いわゆる農業関連の日雇い労働者の組合SATアンダルシア労働組合)。左派でアンダルシア主義の彼らの抗議の手法は、スペインの労働運動の伝統でもあるAcción Directa直接行動です。

7月24日SATの呼びかけに応えて数百人の日雇い労働者が、セビリア県オスナにあるLas Truquillasラス・トルキーリャスに向かいました。この1200ヘクタールにも及ぶ広大な土地は防衛省の所有下にああって、兵士と役人のグループが雌馬の世話しながら駐屯するエシハ軍宿営地として利用されています。一般人は立ち入り禁止になっているこの土地に、農民たち入り込み占拠を開始。市民警察が現場にいたものの、衝突もなく占拠は平和的に行われたとのことです。

SAT総書記Diego Cañameroディエゴ・カニャメロは「馬の世話をするだけなら20ヘクタールもあれば十分なのに、1200ヘクタールもが軍の所有下にある。その保有の目的は主にEUからの補助金を受けるためだ。40パーセントもの失業率のアンダルシアにおいて、そんな風に土地を用いることは人々に対する侮辱でしかない。…組合の目的は働くための土地、公の土地、投機家のためはなくて民衆のための土地だ」と語りました。

それからちょうど2週間後の8月7日に、再びSATは直接行動を起こしました。今回の使命は、巨大チェーンのスーパーマーケットから、誰もが無料で食事できるコメドール・ソシアル社会食堂で使う食料品を調達すること。

Publico紙より)

お昼前に30人ほどの組合員がスペイン系スーパー、メルカドナの店舗からオリーブオイル、砂糖、米、パスタ、ビスケット、豆といった必需品の食品をカートにつめて持ち出したのです。会計をせずに店を出ようとしたときに、警備員、そして駆けつけた警察と小競り合いになったものの、10個のカートのうち9個を持ち出すことに成功しました。

その少し前の11時過ぎ、フランス系スーパーのカルフールに農業分野の失業者とSATの代表など約200人が向かい、20個以上のカートに食品を詰め込みます。こちらにも市民警察がかけつけますが、4時間に及ぶ交渉の末、スーパー側がカート12個分の食料品を提供することで話がまとまりました。

一夜明けた今日になって、内務大臣フェルナンデス・ディアスはメルカドナの告発を受けて、この『食料収用』の実行者たちを逮捕するとを発表しました。それに対して、実行者の一人Juan Manuel Sánchez Gordilloフアン・マヌエル・サンチェス・ゴルディリョは「これは必要な行動であり、また繰り返すつもりだ。なぜなら家族が毎日食事ができるように誰かが行動しなければならないのだから」と語り、「これが原因で刑務所に入るのなら誇りに思う。こんなことで私を止めることはできない。これで刑務所に行くのなら誇りに思う。必要とあれば何度でも。逮捕されればされるほど、私はさらに反抗的になり、私の怒りはさらに大きくなる」と全面対決の構え。また、州議員を務める彼が所属するIU統一左派も、彼らの行動を支援することを表明しています。

※この一件の背景についてはこちらの記事を参照ください。

迫る資本主義の終焉

先週バレンシア州政府が中央政府への支援要請を決定したことで、スペイン経済に対する市場の不安感が再燃しました。リスクプレミアムが640を突破し、スペイン国債の10年ものの利回りが7.5パーセントに高騰という非常事態を前にして、為す術のないスペイン政府は会見も行わず口をつぐんだまま…。

今日になって、ようやく経済相デ・ギンドスが重い口を開きましたが、具体的な対策を提示することはありませんでした。彼は明日ドイツ経済相を訪問することになっているそうで、すべては欧州中央銀行頼みというのが実際のところのようです。

そんな中で注目を集めているのが、15-M運動の誕生にも大きな影響を与えた経済学者で作家のJosé Luis Sampedroホセ・ルイス・サンペドロの発言です。

画像ホセ・ルイス・サンペドロ『資本主義システムは終わる』

作家は「もちろん危機は終わるであろう。しかし、それは私たち全員の苦しみと引き換えになるだろう」と語った。

作家ホセ・ルイス・サンペドロは資本主義システムが「終わる」ことを確信している。なぜなら、西欧世界は若者が主役の「真の変貌」に直面しており、彼らはすでに「別の時代に」生きているからだ。彼らはお金を稼ぐことに固執するしか能がない人々とは異なると彼は語る。

サンペドロは経済危機が労働者たち苦しみと引き換えに解決することを嘆いた。

彼の見解によると、西欧世界は変貌の過程にあり、この変貌によって、15世紀に始まったお金の段階から脱出することになるだろう。それは部分的には、現在の技術と社会の革新のおかげである。

その進行とそれがもたらす結果は「資本主義者には理解できないものである。なぜなら彼らはお金を稼ぐことに固執し続け、彼らの銀行、紙幣、証券に固執し続けているからだ」。

しかし、このシステムは「終わる」。その証拠は反抗し、抗議する若者たちが「すでに別の時代に生きている」ことだ。一方で、子供たちは「もっと先を」行っている。彼らはもうもう一つの世界の人間なのだ」

「もちろん危機は終わるであろう。しかし、それは私たち全員の苦しみと引き換えになるだろう。なぜなら、銀行を満たすために投入しようとしているお金の半分で、この世界で最も重要な分野、教育と医療における削減を回避することができたはずなのだから。」と作家は結んだ。

(Publico紙『José Luis Sampedro: “El sistema capitalista se acaba”』より)

経済的サディズム-イグナシオ・ラモネ

経済的サディズム-イグナシオ・ラモネ

サディズム?そう、サディズムだ。他人に痛みや屈辱を与え喜びを得る、ということを表現するのに他に適当な呼び方があるだろうか。危機が続いたこの数年間、ドイツによって提言された罰則が、ギリシャ、アイルランド、ポルトガル、スペイン、EUのその他の国々に対して、容赦なく適用される様を、私たちは見てきた。その罰とは以下のようなものである:年金の凍結、退職年齢の引き上げ、公共部門における予算の削減、福祉国家的サービスの削減、貧困対策および社会的基盤に人々をとどめるための積立金を切り崩すこと、労働改革、その他……。これらの措置によって、近年、失業率は信じられないくらい増加し、住宅から追い出された人の数もますます増えた。物を乞う人が街に溢れかえるようになったし、もちろん自殺率も同じように上がっている。

社会的諸条件はもはや私たちにとって耐えられないほど悪化している。それにもかかわらずアンゲラ・メルケル独首相とその追随者たち(そのうちの一人がマリアノ・ラホイ西首相だ)は、苦しむことは善いことだと言い張ってやまない。彼らはこう考えてもいる。責め苦は苦しいと考えるのは全くの筋違いで、「苦しみ」というものは、まさに悦びの絶頂の瞬間に他ならない。彼らによれば、私たちは新たに罰を受ければ受けるほど浄化され、私たちはそのたびに生まれ変わり、私たちが受ける拷問の日々次第には終わりに近づいているという。これとよく似た「苦しみ」の哲学とでも呼ぶべきものは、マルキ・ド・サドによって思い描かれたものではない。新自由主義の生みの親の一人、ヨーゼフ・シュンペーターの理論に書き込まれていたものだ。シュンペーターは「苦しみ」について以下のように考えていた。曰く、社会に存在する「苦しみ」というものはすべからく、経済的な枠組みの中で必要不可欠な役割を担っている。したがって、いかにささやかな手段であっても、その「苦しみ」を緩和しようと思い描くのは全くもっての間違いだというのだ。

まったくもって私たちはシュンペーターの理論に全く当てはまった状態にいる。それを支えているのはドイツ連邦銀行、ヨーロッパ中央銀行、IMF、WTOといった狂信的な金融機関や、いつものヨーロッパ貴族の面々(ドゥラン=バローゾ、ファン=ロンパイ、オリ・レーン、ホアキン・アルムニアなど)の熱い声援を浴びながら「ワンダ・ラ・ドミナドーラ」(訳注: ザッハー・マゾッホの『毛皮を来たビーナス』の主人公の妻。マゾッホはマゾヒズムの語源となったオーストリアの貴族) 役を演じるアンゲラ・メルケル独首だ。上にあげた連中全員は「民衆のマゾヒズム」がこの世に存在していると仮定してことを進めている。彼らによれば、その民衆がうちに抱えるマゾヒズムによって、ほかならぬ市民自身が、状況に対して受け身いるのみならず、「大いなるヨーロッパのために」、今よりも多くの贖罪行為を要求し、今よりも多くの殉教者を求めてやまないようになるとのだという。また、連中は警察機関が「奴隷薬」と名付けるようなものまで夢見ている。部分的に、あるいはきれいさっぱり、被害者としての意識を忘れさせ自覚がないまま被害者を襲撃者側の玩具へと変えてしまうある種の薬物だ。しかし、ことは慎重に進めるべきだ。「大衆」が唸りをあげているのだから。

マリアノ・ラホイ政権下で、「サディズム」に他ならない緊縮財政政策がとられているスペインでは(1)、社会不満の噴出、その表現方法はずいぶん多様になった。この大混乱の中で、市民たちは突然気づいてしまったのだ。経済危機および金融危機と同時に、彼らは統治をめぐる深刻な問題に直面しているということに。時を同じくして、国家を支える重要な屋台骨に無数のひび割れが入った。例えば王室(ボツワナの象を狩りで撃ち殺したという、陰鬱な事件があった)、司法権力(最高裁長官ディバールの汚職事件)、教会(不動産税をびた一文支払わない)、銀行システム(ヨーロッパで最も健全な運営をしていると言っていたが、見るも無残に崩壊した)、スペイン銀行(バンキアやその他多くの金融破綻に警鐘を鳴らさなかった)、各自治州政府(いくつかの州で決定的な汚職事件が発覚した)、大手メディア(過剰なまでに広告収入に依存しているうえに、来るべき災厄について何一つ報じなかった)…。

政府について語らずとも、スペインの宰相は、スペイン(ギリシアと一緒に)が世界の問題の中心へと変わりつつある最中に、羅針盤なしで政権運営を進めようとしているかのようだ。宰相は、もっとも重要な質問に対しては、黙っていたり、口を開いたかと思えばシュルレアリスム的な返答をしたり(「神の望むとおりに物事を進めようではないか。」など)あるいは単にインチキを主張したりしている(2)。マリアノ・ラホイと、彼の経済チームは原罪の破滅的状況に対して、大いに責任がある。彼らは銀行の危機に対して、あまりにもお粗末な対応をし続けてきた。バンキアの件を崩壊するがままにし、明らかな破産状態をブリュッセル、ヨーロッパ中央銀行、IMFとの腕相撲に変え 彼らは巷にあふれる「ネガティブ思考」を馬鹿にすらした。つまり スペイン経済にとっては深刻な結果を招くことになる救済案を条件なしの安い融資として通過させようとしたのだ(「救済策とはなんの関係もない、金融的な支援ですよ」とルイス・デ・ギンドスはのたまったし、一方ラホイは「存在するのは、融資限度でして、その融資限度というのは、公的な負債超過には至らないものです」と断言していた)。

以上、一連の事態を見るに、スペインがいかに迷走しているかがよくわかる。社会労働党にせよ国民党にせよ、与党が喧伝してやまなかった「スペイン経済の奇跡」の裏側には、無能力さと貪欲さで虫食い状態でボロボロのシナリオ(いわゆる「不動産バブル」がそれ)が隠されていたのだと、スペイン市民はすぐさま気づいた。

今日、私たちはとても高い対価を払ってではあるが、スペイン史における大きな謎の一つをある意味で理解した。植民地主義帝国、搾取の帝国によって、アメリカ大陸からあれほどの金と銀を持ち込んできたというのに、17世紀以降のスペインが物乞い、身寄りのない人物、乞食だらけの「奇跡の庭」(訳注: Le Cour des miracles: ヴィクトル・ユーゴーの『ノートルダム・ド・パリ』の舞台の一つ。いわゆる場末のこと)へと化すようなことが、どうして起こったのか。あれほどの金銀財宝はいったいどこへ行ってしまったのだろうか。こうした質問に対する答えは私たちの目の前にある。それはひとえに、見る目がまったくない無能な統治者と、貪欲極まりない銀行家たちのせいだ。

現在執行されている罰も終わってはいない。先月、2012年6月のムーディーズの格付けから、スペインの格付けは三段階下がることが予想されている、現在のA3評価からBaa3評価であり、「ジャンク債」の一つ上である。リスクプレミアムはもう保障できないところまで来ている。スペインの支払い能力は、財政救済を導くかどうかまだわからない状況だ。銀行救済と同じく国債の救済にも、恐ろしいほど社会にコストがかかる。スペインの年次報告書では、たとえばIMFはすでに、スペイン政府に対し、消費税の引き上げを要求しているし、対外債務を削減するために、公務員の給与のさらなる引き下げをすぐさま実施するよう呼びかけている。そのうえ、労働報告書では、IMFの専門家たちが、スペイン政府に、解雇のコストをさらに下げること、単一労働契約を要求すること、賃金の自動的な引き上げを行わないことを提言したという(3)。

欧州委員会も同じように消費税増税、退職年齢の引き上げ、自治州政府の予算の管理、失業手当給付の厳格化、住宅免税の廃止、公共部門の削減といった新たな「緊縮財政」計画の実施を提言した。すべて2013年以前に実行されなければならないという条件付きである。ユーロを格下げできないとなったら、その生活レベルを20パーセントか25パーセント下げて一国を格下げしてしまえばいいというわけだ。

一方で、ドイツ首相は、スペインにより深い経済、財政改革を続けるようにと強く要求した。犬並みに忠実に実行するとラホイが約束したのにもかかわらず、スペインが緊縮財政および構造改革をやめるような方策を見せると、どんなことであれメルケルは爪を立て、牙を剥いてスペイン政府の前に立ちはだかり続けている。

ベルリンは危機によって作り上げられた「ショック」状態下で甘い汁を吸すろうとしているし、この状況下で、かねてからの野望、つまりゲルマン民族の都合のいいようにヨーロッパ政治を統合するという野心を現実のものとするため、ドイツの優位を利用しようとしている。ドイツ議会を前に行った演説で、メルケル首相は以下のように述べた。「私たちの今日の責務は、(ユーロ通貨が出来上がった時に)遂行されなかったことを行い、その分を取り戻すことであり、また、永久に続く債務と規則の反故という悪循環を断ち切ることであります。私はその実現が困難であり、また痛みを伴うということをよくわかっています。実際に多大な労力を払わなければならない課題ですが、しかし、避けることはできません。」ということだ。第四帝国が現れつつあると指摘する解説者もすでに存在する。

なぜなら、仮に連邦制への移行がうまくいき、政治的な連合体へと昇華するのであれば、それはEUに加盟する諸国は共に、国家主権のかなりの部分を放棄しなければならない、ということを意味している。EU中央の権力機関が、加盟国に合意を遂行させるという名目で、各国の予算および税制に直接介入できるようになるためだ。これほどの国家主権を放棄する覚悟がある国が何カ国あるだろうか? EUのような政治統合計画には、主権の一部の譲渡が不可避だとしても、連邦制をとるか、新植民地主義をとるかの間には大きな違いがある…(4)。

財政救済に従った国々(スペインもそのうちの一つだ)において、かなりの部分の主権の喪失はもう現実のものとなった(5)。ラホイを否定し、ドイツ財務省大臣のヴォルフガング・ショイブレはトロイカ(ヨーロッパ中央銀行、欧州委員会、IMFの三団体)が、スペインにおける銀行再建を監督すると言明した(6)。そのトロイカが、改革と緊縮策を課し続けて、スペインの諸銀行がヨーロッパ諸国の諸銀行、主にドイツの銀行に対して抱えている債務の返済が最優先であることを保障するために、スペインの財政政策及びマクロ経済を統治することになる(7)。こうして、スペインは2012年6月以来自由と金融システムにおける裁量、財政主権を以前より制限されてしまっている。

これらすべての方策は、危機からの脱出を保証するものなどではない。それとは全く逆のものだ。経済学者のニーアル・ファガーソン(Niall Ferguson)とヌリエル・ルービニ(Nouriel Rubini)は以下のように指摘している。曰く、「現在の方策、国家が国内の債務市場—もしくは欧州金融安定ファシリティ(EFSF)やその後継者となる欧州安定メカニズム(ESM)—に貸付けを求めることによって銀行に資本注入するということは、アイルランドとギリシャで破滅的な結果を招いた。公的債務の急増を招き、国家は今まで以上に支払い不能の状態に陥った。というのも、さらに多くの公的債務を手にするにつれて、諸銀行が最大のリスクへと化したからだ(8)。

しかし、もしそれが機能しないのならば、サディスティックな政策である「緊縮財政」を死に至るまで」継続しなければならないのはどうしてか。資本主義が新たに動きだし、明白な目的を持って攻勢に転じたためである。その目的とは、第二次世界大戦終結後、押し付けられた福祉国家の社会プログラムにとどめを刺すことである。ヨーロッパは、その社会プログラムの最後の聖域なのだ。

しかし、すでに述べたとおり、ことは慎重に進めるべきだ。「大衆」が唸りをあげているのだから。

(訳: 高際裕哉・海老原弘子)

:1) Conn Hallinan, “Spanish Austerity Savage to the Point of Sadism”, Foreign Policy in Focus, Washington DC, 2012年6月15日. http://www.fpif.org/ blog/the_pain_in_spain_falls_mainly_on_the_plain_folk

(2) Ignacio Escolar, “Las siete grandes mentiras sobre el rescate español”, Escolar.net, 2012年6月11日. http://www.escolar.net/MT/archives/2012/06/las-siete-grandes-mentiras-sobre-el-rescate-espanol.html
(3) El País, Madrid, 2012年6月15日.
(4) Niall Ferguson, Nouriel Roubini, El País, Madrid, 10 de junio de 2012年6月10日. イグナシオ・ラモネ, “新保護国”, Le Monde diplomatique en español, 2012年3月.
(5) Una prueba de la mentalidad de neocolonizados es el esperpéntico proyecto Eurovegas que se disputan las Comunidades de Madrid y de Cataluña, basado en la especulación urbanística y financiera, y asociado al “aumento del blanqueo de capitales, la prostitución, las ludopatías y las mafias”. Consúltese la plataforma Aturem Eurovegas: http://aturemeurovegas.wordpress.com
(6) El País, Madrid, 2012年6月14日.
(7) Vicenç Navarro, Juan Torres, “El rescate traerá más recortes y no sirve para salir de la crisis”, Rebelión, 2012年6月15日. http://www.rebelion.org/noticia.php?id=151370
(8) 注(4)参照.

Ignacio Ramonet : Sadismo Ecnónico

(ル・モンド・ディプロマティク・スペイン語版20127月号より)